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4、メリーさんはひつじ、のおばあちゃんです

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注) 筆者の人生において身近にいたのはネコ・ウサギ・ニワトリ・ヤギですので、その他の動物に関しましては描写や抱っこの仕方など扱いが間違っている場合があります。
 間違った知識を拡散してもいけませんので、本作に出てくる動物は「地球の動物と似て非なるもの」という認識でお願い出来たらと思います。
 ヤギアタックがマジで痛いのはホントです。
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 午後3時を過ぎた頃、今日もパンはほぼ完売。
 そろそろ店じまいだけどそれは母がすると言うので、干していた冬用の布団を取りこみに裏庭に出ると、お隣でも千秋さんが出てきた。
「この時間になると冷えますねー」
 そんな事を言いながら、少し離れた所で洗濯物やら布団を取り込む。
 まずは衣類。
 さすがに妙齢の男性の視界に女物の下着類を入れるのも申し訳ないので、布団やバスタオルで隠れるように干しているけど、その辺りを一番に片付けた。

 もうすぐ冬が来る。
 その証拠に千秋さんの毛もすこし変わって来た。
 俗に言う「冬毛ふゆげ」。
 寒い時期は毛のある方々は皆さん、毛がふわっとしてボリュームアップする。
 自前の防寒着。
 いいなぁ、人間だとお肉がつくのに。
 あー、ふこふこしたい。
 手つっこんでみたい。
 おっと、いかんいかん。
 思考がセクハラ傾向に流れてた。

 この辺りは年に数回雪が降るだけ出し、それもそんなに積もらないので過ごしやすい方だと思う。
 ここ最近、朝夕寒くなってきたので冬用の布団やら膝掛やらをまとめて干した。
 さてここで、母からとある任務を仰せつかっているわけだけれども。
それは「千秋さんに今年の『冬ごもり』どうするか聞いといてね」という難度の高いやつで。

「冬ごもり」
 それは海外のクリスマスみたいなもんで、家にこもって年明けを家族か恋人と過ごすという行事のこと。
 冬眠の名残りで年末年始の2日間は外に出ないから「冬ごもり」というんだけど、今現在冬眠する方は世界中見渡してもゼロらしい。
 図書館の本にそう書いてあった。
 ちなみに家族と離れていたり、恋人がいない人は一人で過ごす事になり、その状態を「一人ごもり」。
 2日間外出しない、という風習の為か「独り身のメンバーで集まって浮かれてパーティー」という救済措置的なものはない。

 さすが大自然。厳しい。
 家にこもって何をするかと言えば「新年を無事迎えられる事に感謝しながら、ちょっといいものを食べる団らん」。
 恋人同士で過ごすにしても日本のクリスマスみたいに「熱い夜を過ごすゼ」的な意味合いはないっぽい。

 というワケで私的には「海外のニューイヤーシーズン」というちょっとこじゃれた認識なんだけど、両親は完全に「日本の正月」という認識らしく一人だという千秋さんを誘いたがる。
 でも「一人ごもりだよ」なんて自嘲的に言う若者もいるし、ナイーブな話題じゃないかなー、と大変聞きづらいんだよね。
 都会の方では「現代化」というやつなのか厳密に2日間こもるなんてしなくなってるらしいんだけど、こちらは田舎なので割とみなさんしっかりお籠りになる。
 そう、わりと田舎なんです。
 若モンが仕事がないからと都会にちょこちょこ流出しちゃうレベルの。
 我がベーカリーがある商店街の周囲は住宅街で、ちょっと離れると河原とか田畑が広がって、もう少し行くと里山になっちゃう。
 生活に不自由はしないのでガチ田舎、というほどではないというニュアンスの伝わりにくい、絶妙な環境です。

 困ったなー、やっぱお母さんが聞くべきだって、なんて思っていたら「奈々ちゃん、奈々ちゃん」と名前を呼ばれた。
 いつも取れたお野菜をくれるご近所の羊頭のメリーおばあちゃん。
 ふくっとした体形に、鼻に小さな丸眼鏡を乗っけて前掛けエプロンという童話に出てくるようなお姿がなんとも可愛いんだよ。
 またカブがいっぱい出来たのかなー
 あれ、今日は薄い箱をお持ちですね。
 湿布貼ってくれとかかな。この間は針に糸を通してくれだったしな。

「これカブの色粉いろこかどうか見て欲しいんだけど」
 
 ふえ??
 カブの、イロコ……?

 初めて聞く言葉なんですけど!
 内心激しく動揺しながら受け取った紙箱の表を見て、よく分からずにひっくり返して裏を見て、を繰り返すと手に赤い粉がついた。

「カブを漬けようと思ったんだけど、色粉かねぇ。塩と砂糖は量ったんだけど、色粉なのか分からんでねぇ」

 ああ、分かった!
 冬ごもりの時に食べるピンクのお漬物の事だ!
「合ってる、合ってる! ピンクにするやつだよね? もうそんな時期だもんねー」
 おばあちゃんは高齢で目も見えにくいといつも言ってるし、耳も聞こえにくくなってるのでいつも私は大音量で話す。
 高齢者にタメ口なのは、敬語を使うと余計に聞き取りづらいからですので。念のため。

「ごめんねぇ、こんな事で聞きに来て」
「いいんよー、違うの入れたら大変だもんね」
 恐縮して言う羊のおばあちゃんに大声で言う。
 おばあちゃんと話していると方言的な言葉がうつるようになった。
「そうなんよ、毒でも入れたらいかんし、間違えたらおじいさんにまた怒られるわ」
 ご家庭に毒があるんですか。そりゃ羊の旦那さんも怒るわ。
 もう面白いなー

「忙しいのにごめんねぇ」
「いいんよ、いいんよ。なんでも読むからいつでもどうぞー」
「もうこの年になると目も耳もいかんので、いかんわぁ」
 動物さんはそいう能力がすごそうだけど、そう言えば元いた所でもご高齢でほとんど目が見えないってワンコもいたしな。
 というか、おばあちゃんのこの話は毎回の事なので「うんうん、そっかー」と聞き手に徹する。
 こうなると30分近くあっという間に過ぎちゃうんだけど、どうも私はもともとお祖母ちゃんっ子だったらしくお年寄りと話すのは楽しい。

 私の祖父母はだいぶ前に他界している。
 だからうっかりこっちに来てしまったワケだけどその辺りはある意味心配なくて、心残りがあるとしたらお墓。
「問題があるとしたらそれくらいだけど、まあ兄貴がいるし、なんとかなるだろう」と次男である父は言い、母も「こうなったら不幸中の幸いってやつかしらねぇ」なんてのんきに言ってたけど。

 え、問題ってそれだけなの?
 そう思ったらついでのように「あんたは彼氏いなくて良かったわね」なんて暴言も吐かれたんだっけ。
 時々「うちの両親はまだ夢だと思ってるんじゃないだろうか」と思う事が……今だに割と多々ある。
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