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1、ヤギのペーター君

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 絵本の「オオカミと七匹の子ヤギ」の子ヤギたちを思い浮かべてほしい。

「パン屋のお姉ちゃーん」
 そう無邪気に駆けてくるヤギの男の子。
 頭はヤギで、首から下は人間のお洋服を着ている、あのキャラクター。
 シャツにサスペンダー付き半ズボンの、まさに絵本に出てくるヤギの男の子が満面の笑顔でこちらに駆けて来る。

 超リアルなヤギ。
 イラストやらデフォルメとは無縁なそのビジュアル。
 それでも慣れとは恐ろしいもんで━━

 ちっくしょう、可愛いぃぃ!

 だがしかし!
 このままだと「ご挨拶」と言う名の悶絶級の頭突きが下半身に繰り出される事になる。
 ヤギ同士のご挨拶は当たった瞬間に「ゴッ!」と重低音を響かせるような頭突き。
 もう何度となく食らって、そのたびに青痣が出来てきた。
 それは青とは言えず、どす黒かった。
 最近はヤギ少年も大きくなってきたのでちょっと内出血じゃ済まなくなってきてる。

 さあ、受け止めるか、否か。
 あ、いや、待てよ。
 ペーター君には悪いけど派手に吹っ飛ぶ演技をして、ちょっと加減を覚えてもらうというテはどうかな。

 その一瞬の思い付きで集中が途切れたのがまずかった。
 ハッとした時にはペーター君はもうすぐそこで、条件反射で手を伸ばしたけどそれはものすごく無意味な動作で。
 衝撃に耐える心構えも、体勢も不十分で。

 あ。これ、ダメだ。
 大惨事になる未来しか見えない。
 仕事に支障が出ない範囲でお願いしますッ。

 リアルに吹っ飛ばされる衝撃を覚悟したけれど、その瞬間はいつまでたっても訪れず、その代わりに振ってきたのは低めの、まさにバリトンボイスと評されるようないい声。

「こーら、そんな勢いでぶつかったら奈々ちゃん痛いよ」
 たしなめる内容とは裏腹に、その口調は信じられないくらい穏やかで、妙に優しい。
 思わずほっこりしてしまうな声の主を見上げた。
 ちょっと見上げたくらいでは足りない長身なので、首が痛くなるくらい見上げた先には高々と持ちあげられ、それは楽しそうにキャッキャとはしゃぐペーター君。

 ペーター君を高く掲げた、実にガタイのいい黒いライオン頭のお兄さんが「ね?」と言うようにこちらを見下ろして白い大きな犬歯を微かにのぞかせて笑った。
 ちゃんとプレスされた清潔感溢れる白いワイシャツに、黒いエプロン。
「cafeだんでらいおん」のマスターで、この街の商工会青年部の部長さんでもあらせられる春川はるかわ 千秋ちあきさん28才。
 イベント事では毎回奔走させられている人のいいお兄さんは首から下は人間なんだけど、右腕の肘から下だけはなぜか肉球があるライオンさんの手。

 ああ、今日も艶やかなたてがみが大変お美しいです。
 漆黒ってこういうのを言うんだろうなぁ。

 こんなアニマルでファンシーファンタジーな世界に家族でやって来て、もうすぐ3年になりますわ。
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