ねこと好奇心。それ、まぜたらダメなやつ。

志野まつこ

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2 アホの子はうるさい※

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「素手はちょっと恥ずかしいんで」
 後孔を愛撫する際はスキンを使ってほしいと言われたけれども━━恥ずかしがるポイントが完全におかしいと雅文は思わざるを得ない。

「いきなりそっちいじったりしねぇよ」
 雅文はバスローブの合わせ目から律の胸元に手を差し入れた。
 まぁノンケだし、そういうんじゃないんだからキスは勘弁してやるとして、これくらいはいいだろ。
 それにしても、とほどよく乱されたバスローブから覗く滑らかな肌を見やる。
 細身のスーツを着ていたから気付かなかったが、美しい筋や筋肉が目を引いた。

 腹筋とか、割れてなくていいんだけど。
 おそらく筋肉がつきやすいタイプではないのだろう事はすぐに見て取れた。いわゆる「バッキバキ」とまではいかない、実用的な状態。
 雅文は「細からず太からず」を好み、筋肉は求めていない。よって雅文の好みとは律は少しばかりずれていたが、あくまでも性感マッサージまがいの行為と割り切っている。むしろ都合がいいと思う事にした。

 男についていても何ら意味がないと思われた胸の小さな突起を愛撫され、違和感しかなかったのものが次第に違う感覚を呼び起こされる戸惑いに律は慌てた。
「そこは……」
 いいんで。結構です。と言いかければふっと笑われる。

「はじめに気持ちよくなっとかないと入れてもきついだけだぞ。痛い思いしたいワケじゃないんだろ?」
 暗にマゾかと揶揄われた気がした。
 それを否定して、否定してしまえば受け入れざるを得ない。
「ほら、力抜け。体ガチガチだぞ。言っとくけどリアルとフィクションは違うからな? やめとくか?」
 見るからに自分よりも年上の、軽くウェーブした黒髪と色気のある目もとが魅力的な男に苦笑混じりに問われて律は首を横に振った。

 さすがにここまで来れば緊張するか。
 今ならまだ中断できる段階で、「お互い馬鹿な事をした」と言えるだろうと提案してみたが、この怖い物知らずなノンケは続行を希望してきた。
 まぁ確かにぎこちないのは恐怖や不安からではなく、自分が何をどうすればいいのか分からないといった困惑から固まっているようではある。

 こいつ、なんというか━━
「お前ホント馬鹿だろ」
 雅文は呆れて言って、大人しくなった律の上半身を自然な手付きで剥くとそこに唇を寄せた。
 控えめに微々たる抵抗を見せる律を無視し、押し退けようとしてくる右手を左手で繋ぐようにして拘束する。固く尖らせた舌の先端で胸の小さな尖りを集中的に捏ねあげ、時々じゅっと音を立ててそこをすする。小さな突起が微かに自己主張を始めた頃、雅文はバスローブの下に隠れた律自身を自分の腹で下から先端に向けてなぞった。
「ふッ……!」
 短く息を飲み、ビクリと痙攣するように震えた律の下半身もまた反応している。それに気付いた雅文もまた自身の陰茎に熱が集中するのを感じて体を起こした。

 はー、ダメだこれ。
 さっさと終わらせよ。

 雅文は元来、ベッドでは相手を可愛がる性質だった。
 相手が自ら自分を欲するほどしつこい前戯でドロドロにする事に達成感と満足を覚えるのが常であるが。今のこの行為にはそれが期待できない。期待したところで意味がない。それをはっきりと理解していた雅文はいつもよりかなり早い段階でベッドボードの四角いパッケージに手を伸ばした。

 ※ ※ ※
 すー はー
 すー はー

 四つん這いよりは医者に見せる時のように横になった方がいいと、これまたムードも減ったくれもない事を言って、右側を下にして寝転んだ律は息を詰めた後、ふと思い出して深呼吸を意識して繰り返していた。

 そんな律の大仰すぎる深呼吸に雅文は微かに戸惑っている。
 なんだかなー、なんなんだろうなー。

「なる、ほど。こういう風に・ローション使ったら・良かったんです、ね」
「くっ……! やっぱ痛いっすね。きつ……」
「う、ぁ、これが異物感ってやつか、うわー、これは確かにちょっと気持ちワル、い……」

 ……
「うわ、うわ、うわー」
「あの! 今、第何関節まで入ってます!?」

 ……
「えっ、今、指、増やしました?」
「わわ、ちょっ、ちょ、まっ!」
「い、いまッ、いま、何本、ですか?」

 ……
「うあっ!?」
「あ・あ・あ……そこが前立腺って、やつですか、ね」
「う……あ・あッ・あ、あ、……うーわー、マジで存在すんのか」

 ……
 なんか感動してる?
 謎に盛り上がってるトコ悪いんだけどさ。

 うるさい。
 こいつ。めちゃくちゃうるさい。

 いや、声出すのはいいよ?
 出してほしい方だし。
 いいけど、そんな解説みたいな声、萎えるまでは行かねぇけど、なんだろーなー
 自分が言い出した事だからだろうが、痛い・やめろは言わないのは見上げた根性だなとも思うけども。
 なんと言うか、もっとこう、相応の態度ってのがあるだろ!?

 バスローブの紐を解かずに事に及んだため上半身と下半身がはだけた状態で、体を「く」の字にして枕を抱きこんで律は未知の感覚に耐える。
 彼はここで「何をしているんだろう」などと殊勝な事を考える男ではなかった。

「あ、の……ッ!」
 名前を呼ぼうにも呼ぶべき名前も知らない相手。
 律は何のメリットもないだろうこんな事に長々と付き合うような、お人よしの男の目を見た。

「ああ、ギブ? ま、初めてで後ろだけでイクなんて難しいしな」
 三本入ったんだ、もう充分すぎるだろ。地味に自分でも腰振ってるし。
 さすがにドライオーガズムまでは求めてない、よな……?
 何を言い出すか分からない多少の不安を覚えながらも、この不毛で馬鹿げた遊びもたいがいにするかと雅文は張り詰めた状態の律自身に手を伸ばす。
「手でイッて終わらすか」
 でもって自分もバスルームでさっさとヌキたい。
 あー、でもここまでしたんだし、抜き合うくらいはしていっかなー、などと考えていた雅文だったが━━
 
「いや、あの、ここまでしたし、せっかくだから最後まで、してみようかと……ッ」
 上がった息のまま切れ切れに告げられたそれに雅文の指に思わず力が入り、律は声にならない悲鳴を上げた。

 またコイツ突拍子もない事いい出した!
「おっまえ、ホント馬鹿だろ! こっちがやめてやれる間に満足しとけ!」
 興味本位で踏み外してんじゃねーよ。

 思わず腹が立つと同時に一瞬嫌気がさした雅文はやや乱暴に後孔から指を抜き、その衝撃に律は声を上げる。
 雅文は指に嵌めていたコンドームをベッドサイドのごみ箱に叩きつけるように捨て、律の首元に手をついて体制を変えるとすでに乱れた律のバスローブに手を突っ込んで先走りとローションで濡れそぼった陰茎を握った。
 もう手でテキトーにイかせて終わらせてやる。 

「自分の性格上、ここでやめたら後悔すると思うんでッ。すみませんがお願い出来ませんか」
「お前のその探求心はどこから来るんだ!」
 その溢れ出るバイタリティは他に使えよ!
 実に投げやりな気分になって律自身と自分のそれを一掴みにした。
 律にとって男の大きな手で、他の男のものと密着した状態で擦り上げられる感覚は完全に未知の物だ。それなのに戸惑いは一瞬で消え去り、あとは聴覚を満たす粘性のぐちゅぐちゅというあられもない音と直接的な快感に支配される。

「お前なんでもかんでもそんな試してたらそのうちホントに後悔するぞ」
 眉間に皺を寄せ、奥歯をかみしめたような険しい表情は快楽に耐えるせいか。そんな色気をにじませた表情で苦言を呈する雅文に、律はゾクリとしたものを感じた。
 もっと見ていたいと思ったが、それ以上は下半身への強烈な刺激に目を開けていられなかった。

「好奇心、ネコをも殺すってやつですね」
 はーはー、と荒く太い息のまま絶え絶えに言って無理に笑ってから、律は快感を求めひたすら衝動のまま腰をつき上げ始める。
 それに雅文は突如として煽りに煽られたのを感じた。

「えと……」
「フミ」
 ふと戸惑った表情を浮かべる律に、察しのいい雅文はさらりと名乗った。

「フミさんみたいに、良識的な人に当たる確率を考えた、ら、こんな機会はないと思うんで」
「良識的な奴は会った直後に男ホテルに連れ込んだりしねーよ」
 雅文のぶっきらぼうな口調に律は、はは、と熱のこもった吐息とともに笑いをこぼす。

「後で散々後悔するんだな。俺は知らねぇからな」
 律の用意した避妊具を一瞬で装着する早業に、律は同じ男としてコツを伝授してもらいたいとどうしようもない事を考えながらなんとか笑って見せる。

「だから、中途半端なほうが後悔するんですって」
 こちらを振り返って見せる、潤んで赤らんだ目元が壮絶なまでに扇情的だった。
 やや乱暴に律の腰を上げさせ、這う姿勢に固定する。その勢いのまますぼまりに自身をあてがうが、そもそもこんな事態を引き受ける人のいい彼は乱暴に突き入れるようなことはしなかった。
「ホントどうしようもねぇな」
 艶やかな髪を無造作にかき上げ、雅文は心底からの言葉を吐いた。
 それからゆっくりと腰を進め、勉強熱心で覚えも良い律は思いのほかスムーズにそれを受け入れ━━

「圧迫感が指の比じゃない!」
「おッ前は、ほんとにッ! もう少しあるだろうが!」
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