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第2章 その後のふたり
15、たろさんの「こんな事になって非常に申し訳ない」話
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「ごめん。堀ちゃん」
堀ちゃんは俺が何を言っているか理解すると同時に愕然とし、次にそれはそれは悲壮な顔をした。
いつも朗らかな、それこそ春の日だまりのような堀ちゃんだ。
これまでそんなつらそうな表情は見た事もなくて、動揺した。
本当に申し訳なく思う。
こんな事になるなんて、思ってもなかった。
機械トラブルで急きょ現地から呼びつけられた。
問題は現地では対応しきれず、結局持ち帰りになったので出張自体は1泊2日で済んだけれど、持ち帰った問題案件と、席を空けた間に本来担当していた機械の納期が迫っていて、その週は本当に忙しかった。
久々に日付が変わるような残業が続いた。
深夜残業の許可申請書を連日提出しに行けば、上司は何か言いたげに判をくれた。
高田からは「そんな顔して残業申請すればねぇ」と言われた。
どんな顔だと言うのか。
仕事は仕事だ。
不満顔をしているつもりはなかったのだが。
結局、堀ちゃんのアパートを尋ねる事が出来たのは日曜になってしまった。
まず何から、どう言えばいいのか。
気が重かった。
そして、玄関に流れるこの沈痛な空気。
「一応習ったし、やった事はあるんですけど……わたしがやると、すごい時間かかるし、見た目がかなり悲惨な事になって身がなくなっちゃうんですよね」
お袋に持たされた、レジ袋いっぱいのアジを見て堀ちゃんは申し訳なさそうに、悲しそうに言ったのだった。
近所の人に大量にもらったからと、出掛けに無理矢理持たされた。
勝ち誇ったような顔の母親に「魚を捌ける男は見直されるわよ。やっといて良かったわねぇ」と言われて。
ああ、やっぱり堀ちゃんの存在には気付いていたか。
隠すつもりは一切無かったが、改まって言う事にも気後れして言っていなかったのだが。
言って恥ずかしい相手じゃない。
むしろ自慢の彼女なのだから、ちゃんと宣言しておけばよかったのだろうが、要は気恥ずかしい気がしただけ。
この年で。
子供じゃあるまいし、とは思うのだけど。
「一人暮らしよね? あんまり多いと困っちゃうだろうし」
出張とは明らかに違う装備で週末に外泊してるしな。
一人暮らしまでお見通しか。
そして、そんなに俺に捌かせる気か、とは思ったけれど。
「どれだけもらったんだよ。彼女の実家も近いから、困ってるなら持ってく」
お袋は一瞬目を見張ったが、次に笑んだ。
うわ、嫌な笑い方だな。その顔やめてくれ。
ああ、はいはい。
彼女の実家にも行きました。満足ですか。
「あ、まだ挨拶に行ったとかじゃないから」
そこまで期待して盛り上げさせてしまうと、こちらの精神衛生上も良くない気がする。
聞かれてもいないが宣言しておいた。
堀ちゃんは俺が何を言っているか理解すると同時に愕然とし、次にそれはそれは悲壮な顔をした。
いつも朗らかな、それこそ春の日だまりのような堀ちゃんだ。
これまでそんなつらそうな表情は見た事もなくて、動揺した。
本当に申し訳なく思う。
こんな事になるなんて、思ってもなかった。
機械トラブルで急きょ現地から呼びつけられた。
問題は現地では対応しきれず、結局持ち帰りになったので出張自体は1泊2日で済んだけれど、持ち帰った問題案件と、席を空けた間に本来担当していた機械の納期が迫っていて、その週は本当に忙しかった。
久々に日付が変わるような残業が続いた。
深夜残業の許可申請書を連日提出しに行けば、上司は何か言いたげに判をくれた。
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どんな顔だと言うのか。
仕事は仕事だ。
不満顔をしているつもりはなかったのだが。
結局、堀ちゃんのアパートを尋ねる事が出来たのは日曜になってしまった。
まず何から、どう言えばいいのか。
気が重かった。
そして、玄関に流れるこの沈痛な空気。
「一応習ったし、やった事はあるんですけど……わたしがやると、すごい時間かかるし、見た目がかなり悲惨な事になって身がなくなっちゃうんですよね」
お袋に持たされた、レジ袋いっぱいのアジを見て堀ちゃんは申し訳なさそうに、悲しそうに言ったのだった。
近所の人に大量にもらったからと、出掛けに無理矢理持たされた。
勝ち誇ったような顔の母親に「魚を捌ける男は見直されるわよ。やっといて良かったわねぇ」と言われて。
ああ、やっぱり堀ちゃんの存在には気付いていたか。
隠すつもりは一切無かったが、改まって言う事にも気後れして言っていなかったのだが。
言って恥ずかしい相手じゃない。
むしろ自慢の彼女なのだから、ちゃんと宣言しておけばよかったのだろうが、要は気恥ずかしい気がしただけ。
この年で。
子供じゃあるまいし、とは思うのだけど。
「一人暮らしよね? あんまり多いと困っちゃうだろうし」
出張とは明らかに違う装備で週末に外泊してるしな。
一人暮らしまでお見通しか。
そして、そんなに俺に捌かせる気か、とは思ったけれど。
「どれだけもらったんだよ。彼女の実家も近いから、困ってるなら持ってく」
お袋は一瞬目を見張ったが、次に笑んだ。
うわ、嫌な笑い方だな。その顔やめてくれ。
ああ、はいはい。
彼女の実家にも行きました。満足ですか。
「あ、まだ挨拶に行ったとかじゃないから」
そこまで期待して盛り上げさせてしまうと、こちらの精神衛生上も良くない気がする。
聞かれてもいないが宣言しておいた。
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