会社一のイケメン王子は立派な独身貴族になりました。(令和ver.)

志野まつこ

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第1章 はじまるまでの5週間

27、お互い色々と準備とかありますよね

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 軽い協議の結果、夕食は回転寿司に決まった。
 待たなくていいし、食べたい量が食べられるので便利んだよね。
 20時を過ぎているのですぐ座れるだろう。

「ごめん、さっきは。堀ちゃんっておそろしく大人で、物分かり良すぎるからさ。やきもち焼いてもらえるなんて思ってなくて取り乱した」
 大人って……そりゃ32ですから。
 着いた回転寿司の駐車場のライトは明るくて、たろさんの表情を確かめるには十分だった。

 取り乱したと言うたろさんの顔は━━甘かった。
 甘いマスク、とは違うのだ。

 この世には「甘い」って表情があったのか。
 やきもち焼かれると甘くなるのか。
 やきもちってあんこ餅だったのか。
 何とも言えない、いや甘いとしか言いようがないたろさんの表情に羞恥に悶えたい衝動に駆られた。

 車に預かり部品を残しているのが気がかりで、食後は早々に店を出ることにする。
 食後まったりし過ぎない回転寿司で正解だったなぁ。

「これから千佳さんち行ってもいい?」
 車に戻るなり、初めての「千佳さん」呼びで攻めてくるという新たな手法が披露された。
 俗に言う、おねだりモード。
  しかもなんとも強力な━━つい頷いてしまいたくなるやつだ。
 だがしかし。
 ここで頷きませんよ、わたしは。
 
「このところずっと夜も遅かったんだから、今日はおとなしく帰って寝た方がよくないですか?」
 仕事が終わったと言うメールは基本22時を回っていた。
 まぁ、わたしが在籍した頃は午前様も当たり前、みたいな所があったとはいえ。
 食い下がられそうだな、と思いつつなだめにかかろうとすると━━

「じゃあホテルいこっか」
 血が一気に顔に上った気がした。

 ナチュラルでありながらストレート過ぎる。
 たろさんには申し訳ないけど、本っ当に申し訳ない話なんだけど、すみません、それはまったくもって想定していませんでした。
 今日はお疲れのたろさんを送り届ける事しか考えていなかったですよ。

 思いがけず絶句してしまったわたしに、たろさんは安心させるように言った。
「ごめん、それは冗談だけど今日は堀ちゃん、めちゃくちゃ可愛い事言うからもう少し一緒にいたくなっちゃって。女の子に運転させてホテルもなんだしね。堀ちゃんも嫌でしょ?」

 くっ、わたしのアパートかホテルの2択?
 それは年の功ですか、それとも元王子の習得した技なのですか。
 てか32にもなってこんな事で動揺するのも情けないやら恥ずかしいやらですよ。

「したくて行きたいって言ってるわけじゃないから。堀ちゃんがまだって言うなら尊重します。この年になると抑えが効くものですので」
 たろさんはそう言って茶化すよう言った。
 一瞬盗み見るように確認した表情は穏やかで、優しい微笑があった。

 ちょっと泣きそうなんですけど。
 うぅ、たろさん、なんだかめちゃくちゃ嬉しいです。
 掃除しといてよかった。
 製作途中の入園用品の材料とミシンが出ているけど、洗濯物など見られて困るような物は片づけてきたはずだ。
 
「おうち、帰らなくて大丈夫なんですね?」
「出来れば泊まりたい」
「話聞いてます?」
 そしてお泊りともなれば、ですよ。
 さっきと話が違ってくるわけですが。
 きれいさっぱり緊張がゆるんで、わたしも笑ってしまった。

 お疲れの所、一緒にいたいと言ってもらえるのは嬉しい。
 普段、不規則な生活をしているたろさんはこちらの予定を気にかけてくれるし、急な訪問はしないタイプだと思う。
 そんなたろさんが急に言い出したんだから、本当に突然そう思ってくれたんだろう事も分かる。

「うち来るなら家でご飯食べればよかったですねぇ」
 そうと分かっていればこの間の手抜き料理を挽回したかった。

「出張中ってずっと外食なんですよね?」
「朝はホテルの朝食取ったり、コンビニかな。昼間は得意先の食堂使うからけっこう健康的な物食べてるよ。夜は外食とか、遅い時はコンビニ弁当とかになっちゃうけど」
 たろさんはお腹がいっぱいになったからか少し眠そうだった。

「シート倒しちゃってていいですよ。コンビニ寄りますか? 歯ブラシは買い置きあるんですけど」
 ていうか、寄らないといけない気がするんですけど。
 必要なものがあると思うんですよね。
 一応、念のため。

「出張中の着替えとか、むこうで洗濯したの残ってるから大丈夫」
「そうですか、あ、便利ですね」
 あぁ、困った。
 妙な沈黙が落ちた。

 なんで歯ブラシの買い置き言っちゃったんだ自分!
 歯ブラシ買いに行く手があったじゃないか!
 出張慣れしてるから歯ブラシは備え付けを使って捨てて帰るはず。

「歯磨き粉! 歯磨き粉が共用になっちゃうんですけど、そういうの大丈夫な人ですか?」
「歯ブラシと歯磨き粉も持ってるから大丈夫だよ」
「さすが完璧ですね」
 歯磨き粉、失敗。
 隙が無い。

 あぁ、出来れば言いたくない。
 いやしかし、これは言っておかないと絶対的にマズい。
 あれはわたしにとって絶対に必要な物のワケで。
 もし、そうなった時、いざという時になって協議するのもキツイ。

 いや、たろさんがおっしゃるようにそういう状況にならない可能性もあるワケけど、それはそれで女としてどうなんだ、というワケで。
 て言うかそんな事を言ってくれるたろさんの要望があれば、お答えしたいわけで。

 たろさんは「まだいいよ」って言ってくれてるけど、空気によってはそうも言ってられないと思うんですよ。
 それに、そんな事を言ってくれるたろさんを耐えさせたくはないので━━

 今の恥を取るか、その時になって慌てるか……答えは明白だった。
 はぁー、とそれは大きなため息が出た。
 
「堀ちゃん?」
 もっと倒していいのに、と言いたくなるくらいほんの少しだけシートを倒したたろさんが、上半身を起こしてこちらを心配そうに見ているのが分かった。
 まぁ、不審がられるわな、と思う。

「あのですね、えーと、我が家にはその、在庫が、無くてですね、その、もし有事の際に至った場合はいかがいたしたものかと……」
 あぁ、もう顔が熱い。
 ほっぺなんか特に。
 おかしな日本語にたろさんは少し首をかしげてから、息を飲んだ。
 その音が耳に届いた。
 あぁ、耳たぶも熱い。
 運転していなかったら顔を覆ってしまいたい。

「ごめん、堀ちゃん!」
 突然、たろさんが声を上げて完全に体を起こす。
 いつも穏やかな口調のたろさんが、聞いた事のないような大きな声でかなり慌てたように言ったので驚いて思わずビクリと肩が跳ねた。

 おおぅ、事故起こすトコだったよ。
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