会社一のイケメン王子は立派な独身貴族になりました。(令和ver.)

志野まつこ

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第1章 はじまるまでの5週間

24、4週目は出張中で不在でした

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 空港にお迎えに行くと見知った顔と目が合って、無邪気な笑顔で手を振られた。
 たろさんの会社の後輩の松下くんだった。
 と言ってもわたしの後輩でもあるわけで、4つくらい年下の彼はお姉さんがいるせいか妙になついてきて特に仲の良かった子だ。
 どちらかというと可愛い顔立ちで、やんちゃな感じだった彼も数年前に結婚し、大人になっていた。
 退職後も会社仲間の飲み会に呼んでもらったり、しばらくは付き合いがあったし、ショッピングモールで奥様とデート中の彼と偶然何度かあった事もある。

「堀川さんじゃないですかー。お久しぶりです。誰かのお迎えとかですか? あ、昔うちの経理にいた堀川さん」
 彼は連れの、これまた若い男の子に紹介してくれた。
 男の子はなぜかポカンとした表情になった。

「え、経理の堀川さんって、製造部の部長と大喧嘩して、経理部長が止めに来たっていう堀川さんですかっ」
 え、何それ、なんでそんな武勇伝みたいになってんの。
 松下君は大笑いしていた。

「ちょ、違うよねぇ。あれでしょ? 中国の旧正月のチケットが取れなくて部長にすごい怒られて、後で課長が『旧正月に急な飛行機なんか取れない。1日社員を空港でキャンセル待ちさせても取れません』って説明に言ってくれただけじゃなかったっけ。あの部長とケンカとか普通に考えてあり得なくない?」

 経理部長は経理部長で「製造部長が、『とんでもない飛行機を予約した。二度とあの航空会社は使うな』ってぶちぶち文句言うから『うちの子は出張したこと無いんです。うちの子が出張してから言ってください』と言ってやった」とお偉方の会議の後言っていた。
 日頃、経理部の人間が海外出張の手配に追われている事に日頃から思うところがあったのだろうとは思う。
 多分その辺りが混ぜこぜになったのだろう。
 本当にありがたいんですけど、わたし出張行きたくないです、と思った。

 経理の上司には本当に大事にしてもらった。
 テープカッターの金属の刃に『危ないから。労災防止ね』と厚紙で作ったカバーをつけてくれたほどだ。
 3歳の姪っ子だって使ってるというのに。

「もー、今度その話聞いたらちゃんと説明しといてよ」
 シゲさんあたりが面白おかしく話してるに違いない。

「シゲさんが新入社員が入るたびに言ってますよ」
 やっぱりか!
 わたし自身、社内で語り継がれていた武勇伝のほとんどはシゲさんから聞いた。
 という事はあのいくつかはガセの可能性があるって事か。

 みんなあの頃は海外進出でピリピリしていた。
 それが落ち着いた時、今がチャンスだ、またすぐ似た状況になると判断して、わたしは逃げた。
 心身ともにおかしくなる前に、今なら行動出来る、転職も出来る年齢だ、って判断したんだよね。

「他にたろ先輩も一緒なんですよ。今預けた荷物取りに行ってるんですけど、覚えてます?」
「あぁ、うん。覚えてるよ」
 その人を迎えに来たんだけど、はたして言っていいものか。

 あの会社の社員さんって彼女の事、秘密にしたがる人多かったんだよね。
 上司にからかわれたり、短期間で別れるからかなぁ。
 単に恥ずかしがりなのかも?

 あぁ、他に会社員さんが一緒の可能性とかは考えなかった。
 迂闊過ぎた。
 考えずとも分かろう事なのに。
 ……浮かれてたのかなぁ。

 ほとんどの営業さんは金曜の最終便で帰って来るから大丈夫だとは思うけど、技術者さんは仕事が終わり次第曜日関係なく最終便で帰る人が多かった気がする。
 退職して8年。
 わたしが知らない社員さんも大勢いるわけで、他にも見られるかもしれないな。
 その辺りを確認しとくべきだった。

「先に帰っていいって言ってくれたんですけど、さすがにそれもなー、と思ってたら堀川先輩に会ったんですよ」
 たろさん、後輩にも優しいなぁ。
 と言いたいところだけど、そういう事ならやっぱ秘密にしときたいパターンな可能性大かな。

 若人達と話していたら、たろさんが大きな荷物をカートで押してやってきた。
 細身のブラックジーンズに黒いダウンジャケット。
 一見ラフな姿なんだけど、ノートパソコンが入っているビジネスケースがいやおうなしに大人の魅力をアップさせて、「なんでそんなにカッコいいのかなぁ」としみじみしてしまった。
 恋人が帰ってきた! という喜びよりも、他人事のようにうっとりと観賞するという感覚に近かった。

 こちらに気付いたらしいたろさんは軽くショックを受けたような、何か複雑そうな顔になった。
 あぁ、やっぱり後輩に見られたくなかったパターンか。
 やらかした。
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