会社一のイケメン王子は立派な独身貴族になりました。(令和ver.)

志野まつこ

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第1章 はじまるまでの5週間

8、第2回 無礼講ですよ <上>

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 ああ、ついに来てしまった。
 今日は素面しらふからのスタート。
 会話、進むかなぁ。

 たろさんとの約束を飲みにした一番の理由は、素面のたろさんの扱いや距離の取り方が分からなかったからだ。

 ……なぜだ。
 なぜに田舎の駅にファッション誌のモデルさんがいるんだ。

 山田駅の電車の改札を出ると、先週と同じ濃いグレーのウールコートと黒のパンツという、ものすごくシンプルなのにそれはそれはおしゃれ男子感満載なたろさんが壁に上半身を預けた姿でいらっしゃった。
 
 
 店で合流かと思っていたので完全に不意を突かれた。
 目立ってますよ。
 スタイル良すぎです。
 そのコートのライン、とてもきれいだと思います。
 ええもう、本当にお似合いですよ。
 こてぞきれい目ファッションのお手本!みたいなカンジで雑誌に載っててもおかしくなさそう。

 たろさんはこちらに気付くと上半身を起こし、表情をほころばせた。
 ほころばせたんですよね、今!
 なぜ!

 イケメン笑顔の先制攻撃をまともに食らってしまう。
 くっ、たいして明るい駅でもないのに妙に眩しいっ。

「お疲れ様です。お待たせしました」
「時間ぴったりだったって。バスは結構時間ずれるのに、やっぱ電車はいいね」
 言いながら、自然と足は目当ての店に向かった。

 先に着いていたたろさんがお店に声をかけて2席確保してくれていたので問題なく座る事が出来た。
 さすが合コンで鳴らしたであろう、たろさん。グッジョブです。

 1杯目は「とりあえず生」、ではなく「当然、生」で。
 ビールは1杯目だけは本当に美味しい。

 2杯目からはカクテルや果実酒になるのがパターンだ。
 ずっとビールを飲んでる女性ってかっこいい。
 そういう女の先輩がいて、彼女が普段から頼れるかっこいい人だったから「いつかわたしもそうなるのかな」と若い頃はなんとなく楽しみに思っていたが、わたしはその域には到達しなかった。
 
 お店はハズレではなかった。
 良かった。
 お店の希望を出しておいてハズレのお店だったらいたたまれない。
 小さくて、妙にくすんだ感のある外観なので不安だったが、昔から営業しているお店だけはあった。

「お仕事、大丈夫でした? 男の人で定時ダッシュしてる人ってほとんど見た記憶がないんですけど」
 今になって思う。
 本当になんという会社だろう。

「最近ちょっと落ち着いてきた所だったから大丈夫。最近はけっこうみんな早いよ。世間で鬱とか多くなってるから、会社も色々予防に努めてる感じ」
 それを聞いて少し安心した。

 しばらく話して━━

「堀ちゃんなんで彼氏いないの?」

 くっ。

「ズバリと来ますねー。ものすごい決めつけてきましたねー」
 それはもう、日本酒はまわるのが早いんだと言わんばかりにぶっこんできましたね。
 それとも38歳になると遠慮がなくなる物なのかもなぁ。

「彼氏いる子はあの時間にタクシーで帰ったりしないかな、と思って」
 何この洞察力というか、男女かけひきプロフェッショナル的な。
 すごい、すごすぎてちょっと怖いよ。

「たろさんだって人の事、全然言えないじゃないですか。んー、30になる時まではそれなりに焦ってた気もするんですけど……最近、妹に二人目が生まれたんですよね。親も孫の顔見られたし、とか思うとなんか安心しちゃって。気が抜けたというか。まぁ、強がりなのかもしれないですけど」

「堀ちゃんモテてたじゃん」

 はい? どの口が言いますか。
 無礼講で行きましょう。
 社交辞令は無用です。

「いや、あの会社、社員300人で女子1割くらいしかいないのに6年いて何にも無かったんですよ」
 うぅ、何度言ってもつらい。

 一人だけ10歳近く上の人に誘われて遊びに行ったものの、ハタチそこそこのわたし相手に結婚願望が強すぎて即お断りしたケースはあったが、その人は今も在籍しているだろうからそれは秘密とさせていただきます。
 女には秘密の一つや二つあるもんだ。

「既婚者の四、五十のおじさんにはモテましたけどね。わたし社内でもセクハラ発言しても許される女子社員トップ2でしたから」
 もう一人は金髪に近いギャルだ。
 あの会社は時々、大型新人を入れて何か方向転換を図ろうとする所があった。
 たろさんは「そう言えば、たしかに」と笑っていた。

「あ、でも一応モテ期はあったんですよ、退職してからですけど。短かったですけど」
 モテ期ってあるんだ、と実感した時期が1年弱。
 まぁ飲み会好きが高じ、友達開催に出席したら次は幹事、の繰り返しで、単に「この子簡単そう」と思われただけかもしれないけど。

「自分を偽っても仕方ないので素のままでいたら大抵デート数回で終わりました」
「え、何それ。すごい聞きたい」
 言いましたね?
 じゃあ言いますよ?

「初デートでヤモリにときめいたり、ボクシングジムに行ってるって言ったらドン引きされたり、まぁ色々ですよ」
 飲食店にいるので爬虫類に関しては声を潜めた。

「爬虫類好きなの? ジムは健康的だと思うけど……」
「爬虫類は犬や猫と同列なだけなんですけどね」
 たろさんは「同列なんだ」とつぶやいていた。

「たろさんが考えてるジムはボクササイズじゃないかと。わたしが行ってたのは元プロボクサーとか、アマチュアの選手の方が個人が趣味で教えてくれてる所で、平日の夜1時間しか空いてないんですけど、月三千円なんですよ。安くないですか? そこで縄跳びして、シャドーボクシングして、ミット打ちとサンドバッグ殴ってました。ほんとね、あの頃ものすっごいストレスたまってて」
「もしかしなくてもうちの会社にいた頃なんだ?」
 当時の精神状態を思い出し思わず力が入ったわたしに、たろさんは笑った。

 実は最近また行き始めたんですけどね。
 いやぁ、ウエスト回りが気になって仕方ない、というか危機感を抱くようになりまして。

「ボクシングすごいんですよ、ウエストめちゃくちゃ絞れます。わたし20代前半の頃、腹筋縦に割れるところまで行きました。おススメですよ」
「まじで」
 たろさんは愉快そうに喉を鳴らして日本酒を軽く傾けた。

 ……日本酒のコマーシャルかな。
 うわー、これが男の色気というものか。
 まさか生でお目にかかる日が来ようとは!

 あの頃、平気そうな顔して男の子は実はみんな引いてたんだよなぁ。
 合コンで知り合って誘われて何度か遊んだ後、最終的に友達になった男が「あれ、実はひいてたんだよね」と後に告白した。

 そうだったのか、素直に言ってくれてありがとう。
 もうね、あの時はその男の子に感謝さえ覚えたわ。
 たろさんも笑っているが、その魅力的な仕草には騙されませんよ。
 
「年下キラーって聞いたけど?」
「えぇ? あの頃ですよね? あの年で年下キラーってなんかすごい嫌なんですけど」
 20代前半ではあまり言われたくない気がする。

 わたしは3人姉弟の一番上で、下に妹と弟がいる。
 新入社員を見ると男女問わず応援したくなっちゃって、経理に来た子にもついつい一言言っていたからか。

 当時仲良くしていたシゲさん達一部の男性の先輩方からは「かあさん」と呼ばれていた。
 ハタチそこそこだったのに。
 そうか、「かあさん」、「年下キラー」、おまけに「男前」って、今思えば私の評価、散々だな。
 そりゃ浮いた話も出ないわけだ。納得するしかない。

「たろさんこそ、どうなんですか」
 先週も話したけれど「最近」の話には至らなかった。
 社員さんの話はいろいろと先週聞いたので、今回は思う存分その辺りが突っ込める。

「実はたろさんの浮いた話を聞いた事がないんですよ。まぁ知らないだけなんだと思うんですけど、興味あります。社内恋愛とかありました?」
 イケメンの女性遍歴とか婚活状況とかめちゃくちゃ気になります!
 すご過ぎて引くような内容だったらどうしよう、という不安も無きにしも非ずだけど。

「いや、もうね。残業と出張で長続きしないしない。社内は女の子少ないし、新入社員はもう年が離れすぎてるし」
「あの会社の人は勤務形態が不規則な看護師さんとは上手くいきやすいって聞きましたけど」
「お互い忙しすぎて、ほとんど会わずに終わった」
 あ、そりゃそうか。

「てかえらくナース押しで来るね」
 たろさんは苦笑した。

 いえいえ、そんな事はないんですけどねー
 保母さんとナースの印象が強すぎて、もう。
 というか、やっぱりナース彼女いたんじゃないか!
 もうあっぱれとしか言いようがないよ。
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