会社一のイケメン王子は立派な独身貴族になりました。(令和ver.)

志野まつこ

文字の大きさ
上 下
5 / 47
第1章 はじまるまでの5週間

5、たろさんの「堀ちゃんと再会した」話

しおりを挟む
「あの頃、『細くて顔色悪いけどこの人大丈夫か』みたいな人とか、『自分からは告白しなさそうな人』みたいな、そういう感じの人がタイプだったんですよ。でもわたしは告白してほしい派なんですよね」

 母性本能をくすぐられるタイプがいいという事なんだろうか。
 しかし堀ちゃん、そこには矛盾が無いか。

「堀ちゃん、それどうにもなんないじゃん」
「ですよねー。もっと早く気付くべきでした。たろさんの好みのタイプはどんな感じですか?」
 お互い酒の力を借りた体であけすけに話せる空気になっていた。

「タイプ、タイプねぇ」
 そう聞かれると返答に困る。

「だって合コンとか多かったんですよね、こう並んだ時に目が行くというか、あるじゃないですか。可愛い系ときれい系とか」
「可愛い系……かなぁ」
 出された二択からとりあえず選んだ。

 この年になると出会いも本当になくなる。
 最近そういった会話が無いのでとっさに答えられずにいると、堀ちゃんが「まさか」という顔をした。

「もしかしていつも女の子から言ってくるから付き合うパターンですか」
「そういう時もあるけど。付き合ってみないと分からないしさ」
「うわ~、さすが」

「出たよ、これ」みたいな言い方だった。
 堀ちゃん、リアルに引くのやめてくれないかな。

「ちゃんとしたお付き合いしますよ、俺は。今は好みのタイプとか贅沢言ってられる身分じゃないんです」
 婚活イベントのような存在も知ってはいるが、そこまでガツガツする気にもなれない。
 多分、最後の無意味な矜持みたいなものがあるんだと思う。
 認めたくないけど。
 堀ちゃんは「またまたぁ」と社交辞令的な返しをしてくれた。

「たろさん、実は『合コンとか行かなさそうな子』がタイプだったりしません?」
 ふと堀ちゃんが衝撃的な一言を発した。

「いやいや、それはないって」
 何を突拍子もない事を。
 否定はしたが、いや待てよ、と思う。

「あーでも確かにそう言われると、そういう子、いいかもしれない」
 というか、男ってみんなそうかも。
 スレてない感があるというか。

「でもそれ言ってたら出会い無くない?」
 堀ちゃんはそれは楽しそうに「ですよねー。難しいもんですねぇ」と笑いながら深く頷いた。
 こんなに充実した飲みは久し振りな気がする。

 日付が変わりそうな時間になって堀ちゃんが「そろそろ」というので一緒に席を立った。
 店に長居していたし、昨今は物騒なので女性を一人で歩かせるのも心配だった。

「忘れてるよ、これ」
「うわっ、やばい、わたし酔ってますかね」
 引き出物を忘れかけたので手に取って声を掛けたら、堀ちゃんはとても恥ずかしそうに「えへへ」と笑った。

 とても楽しい時間を過ごす事が出来たおかげで特に考えもなく、全額出そうとしたら「いやいやいや、めっそうもない」と断固拒否された。
 マスターが笑いながら「女性千円、男性4千円になります」と助け船を出してくれた。

「お気をつけて」というマスターに堀ちゃんは「ごちそうさまでした」と言った後、こちらを見て困ったように笑った。

「ごちそうになります。たろさん、相変わらずですねぇ」

 大通りからタクシーを拾うというので連れ添って歩いたら、ふいに彼女は見上げてきた。
 あれ、この子こんなに小さかったっけ。

「たろさんももう帰られます?わたし東山本なんですけど、おうちってどの辺ですか? 相乗り出来るなら割り勘にしません?」
「あ俺、西山本のあたり。じゃあ途中で降ろしてもらおうかな」
「近くまで回るからちゃんと言ってくださいね。えと、山本タクシーさんいるかな~」
 堀ちゃんは背伸びしてまばらに停まったタクシーを見渡した。

「山本タクシーがいいの?」
 ご希望のタクシー会社があるなんて結構飲みに出てるんだろうか。
 さっきは久々の街飲みだとは言っていたけど。 

「地元のタクシー会社だから家の説明するのがラクなんですよ。昔は地元だと昼料金にしてくれるってサービスあったけど、不景気だしもうやってないかな。あぁ、いないなぁ。電話して来てもらっていいですか? すぐ来てくれると思うんですけど」
 若い頃はこの通りにも客待ちのタクシーが並んでいたがリーマンショック以降、どこも減っている。意外と持ちなおさないもんだ。

 堀ちゃんは慣れた様子で電話し、「5分もかからないそうです。すみません、つきあわせちゃって」と済まなさそうにした。
 慣れたタクシーの方が女の子は安心だろうから、そんな顔しなくてもいいんだけど。

「なんか、さすがって感じだね」
「いえいえ。電話してもらった方が確実にお客さん乗せられるから、いなかったら電話してって、電話番号の入ったタオルもらった事あって。それ以来お世話になってるんです」
 楽しそうに笑っていた。
 さすが元経理部。
 本当にしっかりしている。

 飲み会では釣り用に万札を千円札に崩して持参、会計時には集金してプロの手つきでお金を数えていた気がする。
「清算になると酔いが綺麗に冷めるんですよ。嫌な職業病ですよ」と言っていたのを思い出した。
 年下なのに、とにかくしっかりした子だった。

 ふと会話が途切れた時、なんとなく堀ちゃんの頭に手を乗せてみた。
 タクシーの到着を見るためやや斜め前に立つ堀ちゃんの頭が、自分の胸の高さにあるのを見て、なんとなくそんな気分になった。
 堀ちゃんはしばらくそのまま動かなかったが、やがてこちらに首を回して呆れたような顔をした。

「これ、たろさんの癖ですか。女の子が誤解するから気を付けた方がいいと思いますよ」

 ……あれ、俺、前にもしたっけ?

 ※

 彼女が退職する前の年、クリスマスの日に偶然退社時間が一緒になった。
 いつもは俺が残業で遅いので初めての事だった。
 翌日から出張で、機械を出荷した後だったから早く上がれた日だった。
 次に会社に出社するのは1月下旬の予定で、クリスマスなのに「良いお年を」と言って別れた。

 来年は、もう少し彼女と話してみたい。

 そう思っていたが、年が明けて出張が延びたり、立て続けに次の出張が入ったりして次に堀ちゃんに会ったのは2月下旬だった。
 出張費の精算に行った時、彼女の左手の薬指にはシンプルな指輪が嵌められていた。

「堀ちゃん、年末年始の休みのうちに彼氏出来たってさ」

 俺と高校の同級生であるが、堀ちゃんと同期入社した高田がビッグニュースと言わんばかりに教えてくれた。
 あか抜けてどんどん綺麗になる年頃にもかかわらず、入社以来彼女に浮いた話はなく、だから「来年から」とタカをくくっていたのだ。

 その年の夏、彼女は退職した。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...