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8、『○○○しないと出られない部屋』
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二人が部屋を出たのは翌朝七時を過ぎた頃だった。
数日閉じ込められるという噂もあるがそれは完全に監禁事件だ。企業活動におけるコンプライアンスどころの騒ぎではない。
残業しても22時完全終業という就業規則に則り本来ドアは当日21時50分に自動開錠するのだが散々ハッスルした挙句、二人して完全に寝こけていて今になった。
「は? 『SEXしないと出られない部屋』?」
帰る時間はない。朝食をどうしようかと考えながら部屋を出た大久は心の底から馬鹿にした声で優士屋を振り返った。
「電マとかローションあったらそう思うだろ」
『○○○しないと出られない部屋』と言えばSEXと相場が決まっている、と優士屋は主張するが第6打合せ室は、この会社がブラック企業だった時代に整えられた社員の宿泊施設だ。かつて何日間も帰宅できない社員のためにミニキッチンとシャワールーム完備という負の時代に作られた負の遺産だ。
今では人間関係がこじれたり問題のある社員との面談や力自慢の魔族の説教部屋として使われ、体調の悪くなった社員の救護室としても便利なため設備はそのままだ。
電マは文字通り電動マッサージ機で肩こりなどに使う物であり、ボトルの中身はマッサージに使うオイルだ。福利厚生に経費で用意された立派な備品である。大久の所属する総務が在庫や備品を管理している。
それを勇者たるものの持つ知識としてDNAに刻まれた記憶から優士屋は「SEXしないと出られない部屋」だと思い込んだが総務部ではそこは『仲良くしないと出られない部屋』と認識している。
二人きりで腹を割って対話するための部屋だ。
大久はひどく残念なものを見る目で優士屋を見た。
「え、アンタ達いま出たの? 仲悪すぎるでしょ」
打合せ室のあるエリアから戻れば廊下にて営業部の女性体淫魔の佐九場 すみこが呆れた声を上げた。出社してきたところのようだ。
「おはようございます」
「あれ佐九場さん、めちゃくちゃ早くないですか?」
大久は丁寧に朝の挨拶を、優士屋は驚いたように声を上げた。
「アンタが出てこないから私がアンタの昨日の分、代わりに処理したんですけど? 自分の分が終わってないから早出するしかなかったんですけど? 課長からも海外の祭りの時期は海外出張は避けろって言われてるのにアンタが無茶言ったんでしょ? 営業の印象悪くするような事してんじゃないわよ。このあいだのコンビニのおっさんからもクレーム入ったらしいじゃない」
言われた優士屋は慣れたものでどこ吹く風であるが、美女の皮肉から始まる説教は大変迫力のあるものだった。
やっぱり飛行機が取れない時期は出張するなって言われてんじゃねぇか。せっかく忘れていたのに海外出張やらクレーム電話やらを思い出した大久は眉をひそめる。
優士屋と彼女は営業部の営業成績ツートップだ。
二人とも顔の良さから枕営業の成果だろ、と他の営業からの妬みによる陰口をたたかれることもあるが━━佐九場は「寝ていいなら今の三倍仕事取って来るわ。処理しきれるなら、だけどね」と言い放つような女傑で日頃からマシンガントークだ。後輩の優士屋に弾丸のように文句を言い連ねたあと大柄な男二人を見上げてふと首を傾げる。
「あら? あらあらあら? ゆうべはお愉しみかしら? 励まれたみたいね。もしかしてそれで出られたの?」
嫣然とした表情で言われた優士屋はひゅっと息を飲んだ。
「『SEXしないと出られない』とか訳の分からない事を言う勘違い野郎に巻き込まれました」
大久は否定することなくうんざりとした顔で平然と答える。
「ああ、『しないと出られない部屋』ってやつ!」
佐九場は可笑しそうにからからと笑った。
「大昔、一時期はやったらしいわね。意味がなさすぎてすぐ廃れたみたいだけど。優士屋、アンタよくそんなの知ってたわね。ご先祖様にトラップにかかった人でもいたの?」
「は?」
「血の記憶ってやつ」
佐九場は思わせぶりに笑んでみせる。
卵から孵ったばかりのウミガメが海を目指すように、海に出た魚が生まれた川に還るように。親に教えられずとも生き延び、子孫を残すために脈々と受け継がれる記憶を魔族も人も何かしら備えているものだ。
数日閉じ込められるという噂もあるがそれは完全に監禁事件だ。企業活動におけるコンプライアンスどころの騒ぎではない。
残業しても22時完全終業という就業規則に則り本来ドアは当日21時50分に自動開錠するのだが散々ハッスルした挙句、二人して完全に寝こけていて今になった。
「は? 『SEXしないと出られない部屋』?」
帰る時間はない。朝食をどうしようかと考えながら部屋を出た大久は心の底から馬鹿にした声で優士屋を振り返った。
「電マとかローションあったらそう思うだろ」
『○○○しないと出られない部屋』と言えばSEXと相場が決まっている、と優士屋は主張するが第6打合せ室は、この会社がブラック企業だった時代に整えられた社員の宿泊施設だ。かつて何日間も帰宅できない社員のためにミニキッチンとシャワールーム完備という負の時代に作られた負の遺産だ。
今では人間関係がこじれたり問題のある社員との面談や力自慢の魔族の説教部屋として使われ、体調の悪くなった社員の救護室としても便利なため設備はそのままだ。
電マは文字通り電動マッサージ機で肩こりなどに使う物であり、ボトルの中身はマッサージに使うオイルだ。福利厚生に経費で用意された立派な備品である。大久の所属する総務が在庫や備品を管理している。
それを勇者たるものの持つ知識としてDNAに刻まれた記憶から優士屋は「SEXしないと出られない部屋」だと思い込んだが総務部ではそこは『仲良くしないと出られない部屋』と認識している。
二人きりで腹を割って対話するための部屋だ。
大久はひどく残念なものを見る目で優士屋を見た。
「え、アンタ達いま出たの? 仲悪すぎるでしょ」
打合せ室のあるエリアから戻れば廊下にて営業部の女性体淫魔の佐九場 すみこが呆れた声を上げた。出社してきたところのようだ。
「おはようございます」
「あれ佐九場さん、めちゃくちゃ早くないですか?」
大久は丁寧に朝の挨拶を、優士屋は驚いたように声を上げた。
「アンタが出てこないから私がアンタの昨日の分、代わりに処理したんですけど? 自分の分が終わってないから早出するしかなかったんですけど? 課長からも海外の祭りの時期は海外出張は避けろって言われてるのにアンタが無茶言ったんでしょ? 営業の印象悪くするような事してんじゃないわよ。このあいだのコンビニのおっさんからもクレーム入ったらしいじゃない」
言われた優士屋は慣れたものでどこ吹く風であるが、美女の皮肉から始まる説教は大変迫力のあるものだった。
やっぱり飛行機が取れない時期は出張するなって言われてんじゃねぇか。せっかく忘れていたのに海外出張やらクレーム電話やらを思い出した大久は眉をひそめる。
優士屋と彼女は営業部の営業成績ツートップだ。
二人とも顔の良さから枕営業の成果だろ、と他の営業からの妬みによる陰口をたたかれることもあるが━━佐九場は「寝ていいなら今の三倍仕事取って来るわ。処理しきれるなら、だけどね」と言い放つような女傑で日頃からマシンガントークだ。後輩の優士屋に弾丸のように文句を言い連ねたあと大柄な男二人を見上げてふと首を傾げる。
「あら? あらあらあら? ゆうべはお愉しみかしら? 励まれたみたいね。もしかしてそれで出られたの?」
嫣然とした表情で言われた優士屋はひゅっと息を飲んだ。
「『SEXしないと出られない』とか訳の分からない事を言う勘違い野郎に巻き込まれました」
大久は否定することなくうんざりとした顔で平然と答える。
「ああ、『しないと出られない部屋』ってやつ!」
佐九場は可笑しそうにからからと笑った。
「大昔、一時期はやったらしいわね。意味がなさすぎてすぐ廃れたみたいだけど。優士屋、アンタよくそんなの知ってたわね。ご先祖様にトラップにかかった人でもいたの?」
「は?」
「血の記憶ってやつ」
佐九場は思わせぶりに笑んでみせる。
卵から孵ったばかりのウミガメが海を目指すように、海に出た魚が生まれた川に還るように。親に教えられずとも生き延び、子孫を残すために脈々と受け継がれる記憶を魔族も人も何かしら備えているものだ。
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