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1、人の話を聞かない勇者筋の営業

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 人魔最終大戦渦に誕生した何代目かの勇者は大変な頭脳派であった。賢者のような勇者の働きかけにより人と魔族は共存の道を選び幾千年、人も魔族もスーツ姿にネクタイを締めみな立派な社畜となった。

大久おおく、中国行きの飛行機取れた?」
 逞しい体を既製品のスーツだというのに誂えたように完璧に着こなす美丈夫、優士屋ゆうじやレンは総務部を訪れると偉そうに尋ねた。眩いばかりの金色の髪に緑の髪、通った鼻筋に涼やかな目元。それらパーツがすべて計算され尽くしたように完璧に配置され、見た者すべてを魅了するほどの美貌だ。

「日本から中国むこうまでのチケットだけ」
 ノートパソコンのディスプレイから目を離すことなく淡々と答えたのは優士屋よりもなお体格が良く、鋭い目つきでこれまで何人の人を縊り殺してきたのかと疑いたくなるような人相のオークの名残を残した大久だった。
「はぁ? 乗り継ぎは」
「取れるワケねぇだろうが、春節だぞ」
「現地でキャンセル待ちなんか出来ねぇからな。さっさと取れよ、客先に連絡しねぇといけねぇだろうが」
 清算の領収証が溜まっているはずなのに手ぶらで訪れた同期入社の優士屋に大久は嘆息して顔を上げる。人との交配が進みオークである大久もほぼ人に近くはなっているが体格と腕力は人より格段に優れ、その肌もうっすらと緑がかっている。

「ずっと言ってるよな、春節は無理だって。春節は考えてスケジュール組めって毎年言ってるよな」
「客先の要望なんだからしゃあねぇだろうが、文句があるならうちの上司と客先に言え」
「部長会議でもうちの部長はしっかり言ってるんだよ。各部署に通達もあっただろうが。リモートって知ってるか? リモートでやれ」
「直で顔合わせるから通せる商談もあるんだよ。俺も毎年言ってるよな、そのデカい耳と頭はお飾りか、あぁ?」
 優士屋は破落戸ごろつきのように下品に大久に絡む。
『お前こそ本当に賢い勇者の末裔か? それにしちゃ随分と物覚えが悪いじゃねぇか』
 大久はそう言い返したいのをぐっと堪えた。現在、ルーツに対する発言はモラルに反し、その批判などもってのほかだとするとされている。
 にもかかわらずデリカシーがないにもほどがある発言を好き放題散々言い放ち、優士屋は総務部を退室した。

「はー、うちの上司が留守だからって言いたい放題していきましたね。あのモラハラ野郎。毎回毎回、タチ悪い」
「ほんとクソ腹立つ。何様だって話ですよ。大久先輩よく耐えられますね」
 向かいの席で女性事務員が言えば、隣の席でも後輩がそれに乗っかる。
「勇者のさがで魔族にはああいう態度になるんだろ。気にするな」
 ごく普通の『人間』である二人を宥めつつ、大久は手を休めることなく仕事をこなしていく。見た目は強面と言われる大久だが、たけるの名に反して常識人で落ち着いた人格者だ。
「大久先輩マジ寛容。人の鏡。」
 まだ少年のような顔立ちの後輩が言えば向かいの席に座る女性事務員も同感だと頷く。
「優士屋さんも顔が良くてもアレじゃあねぇ。アレはひどいわ。よそじゃ猫被ってんでしょうけど━━アレはないわ」
 そう、猫を被っているからこそ営業成績はいいのだ。だからこそ余計図に乗る。
 後輩の女性事務員にネチネチと絡んだ優士屋に大久がついに切れたのはそれからそう日も経っていない頃のことだ。

「サポートするしか脳のないヤツはそれぐらいの仕事こなせよ。営業のおかげで仕事があるんだろうが」
 優士屋の言葉に青ざめた女性事務員に代わり、ゆっくりと大久は椅子から立ち上がった。

「誰のおかげで営業に専念できると思ってるんだ。テメェ一人が偉いと思うなよ」
 怒気も顕わに低い声で言って優士屋を睨みつけ、事務所の真ん中で大柄な男二人が対峙する。

「お前がガタガタ言ってる間にこっちの仕事が滞るんだよ、テメェが黙ればこっちは進められるんだよ。全体に迷惑かけてるって分かれよ」
 普段は冷静に対処する大久の口調がいつになく荒い気がして違和感を覚えた後輩はハッとした。大久は午前中、『お前のトコの社用車がコンビニの駐車場で斜めに駐車してた』というクレーム電話に対応していたのだ。特徴からして優士屋らしい。

「テメェみたいなごく一部のヤツがまともに生活してる人間を不快にさせてんだろうが。いい迷惑なんだよ」
「ああ゛? 営業が仕事取って来ないと社員の給料出ねぇだろうが」
 あ、ヤバいな。
 そこに居合わせた皆がはっとして体を強張らせた。もとは力も強く血気盛んなところのある魔族や勇者筋といった人間は腕力を以て対話しようとする傾向がある。なんだかんだとヒートアップする二人を皆が見守るなか、やがて大久は大きく嘆息した。

「仕方ねぇ。もう骨、るしかねぇか」

 骨は折れるが仕方ない、優士屋は大久がそう言ったのだと思った。

 優士屋は勝ち誇った顔を見せ、大久の性格を知る総務部所属の面々は『まさか承諾するのか』と訝しそうに大久の表情をうかがう。その視線の先で見たのは完全に目の据わった大久だった。
「はじめからそう言えよ。めんどくせぇな。じゃ頼んだぞ。今日中な」
「両足の骨、折るから出せ」
 言いたいことを言ってさっさと部屋を出ようとする優士屋の背に大久は何でもないことのように告げる。書類を提出しろと言うテンションと何ら変わらない口調だった。

「両足骨折したらさすがに出張どころじゃねぇだろ」
 日頃真面目な人間が切れるとヤバいとはこのことか。事務所の面々は血相を変えた。

 魔族が共存する現在、こうした口論から肉弾戦のいさかいになる事もまれに生じる。基本的には魔族同士の乱闘になるが社内壊滅、労災発生などという最悪な事態にならないようにするために上司は存在すると言っても過言ではない。
「はーい、きみたち話し合いは第6打合せ室ね」
 早々に呼ばれた製造部長がいがみ合う二人のそばに立つなりのんびりと宣言する。
 第6打合せ室は別名「〇〇〇しないと出られない部屋」とまことしやかに囁かれている開かずの間だ。条件が満たされるまで何日かかろうとも出られないと言われている。

「えっ、いやっ、そこまで」
「うん、ガタガタ言わずに行って」
 優士屋は愕然として慌てたがこめかみに青筋を立てた竜族の製造部長が笑顔で言葉をぶった切る。
「大久くん、頼んだよ」
「はい」
 大久はそれはそれは気が重そうに返事をすると打合せ室の方へと顎をしゃくった。

「いや、おまっ、ちょっ、えっ」
 なんでお前はそんなに冷静なんだ。狼狽し抵抗を示す優士屋の首に大久は逞しい腕をひっかけるようにして総務部をあとにする。
「テメェのせいだろうが、ガタガタ言うな。さっさと行ってさっさと終わらせるぞ」
 ひどく低い声で言う大久に優士屋は本気の抵抗を見せるオークの体格と腕力には敵わない。

「待てって……っ、このくそオークっ」
 優士屋の言葉に残された者みなが眉を顰めた。貶める意味で種族を口にすることはモラルに反し良識を疑う行為だ。

 あーあ。何日かかるんだろ。
 皆は打合せ室のある方向へ向かう大柄な二人の背を静かに見送ったのだった。
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