クズとスキモノ、おいしいごはん。

志野まつこ

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12、軽い気持ちで挑発し後悔先に立たず<前>※

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 身体をまさぐられる感覚に、同じ間違いは犯さまいと太吾は「おー、おつかれー」と気だるげに口にした。
 途端その口に分厚い舌が侵入する。

「……」
 こっちは完全に寝ていたのだ。
 起きてなるものかと放置すると無遠慮に口付けられ、寝間着をたくし上げられて胸の小さな尖りを食まれ好き勝手される。直接的な刺激は鬱陶しいが、大きなあたたかい手でウエストを撫でられるのは心地よかった。

「怒ってるのか?」
 立花は太吾の陰茎にべろりと舌を這わせながら応じない太吾に尋ねる。いや、太吾の陰茎は兆しの反応を見せているのだが。
 まるで「いじけているのか」とでも言うような悦に言った言い方に太吾は思わず立花の頭をしばいた。髪の感触からしてシャワーを浴びた後らしい。

「お前な、先に言う事があるだろうが」
「妬かなくてもあいつとは寝てないぞ」
 言いながら立花は焦らす様に陰茎を柔らかく舐めまわす。
 そんな事聞いてねぇよ。人が話している時はそれをやめろ。

「今日のカネは返す、だ。馬鹿が」
 自分に都合のいい事ばかり並べる立花に吐き捨てるように正解を教えてやった。
 なんで俺が見ず知らずの他人に飯をおごる羽目になるんだ。
 俺の分まで払いやがれ。

 立花の弟は清算のおりレジに目を落としたまま「領収証切りますか?」とぼそりと聞いて来た。しっかりしている。なるほどと思い、普段はレジ横のレシート入れに入れてしまうレシートを今夜はしっかり財布に仕舞って帰ったのだ。
 思い出すとせっかく月に2、3回しか行かない「タチバナ」なのに不味い夕食になったと腹立たしくなる。

 べったりと陰茎に舌を当てて舐め上げられていたが、口に含んでズズッとすすり上げられた太吾は思わず腰が跳ねた。
「今日のアイツ大丈夫なのかよ」
 また来るのではないかと、そうなると店に被害が出るのではないかと気になったが立花は悪びれもせず言った。

「知り合いに相手を頼んだ。ああいうのが好みイイって奴がいる。店で会えたってよ」
「クズかよ」
 もとはテメェの相手じゃねぇのか。本当にコイツはクズだなと思った。

 あの男も可哀想に、とは思うが立花のような男と一緒にいるよりは好みだと言ってくれる相手の方が何倍もマシな気もする。
 そう思ってから、ではそんなクズのような立花と一緒にいる自分は一体何なんだろうと嫌気がさしたところで立花が太吾の内腿を強く吸われ思考が中断された。

「あんな細いの勃つ気もしねぇし、牛もカニも食わす気にもなんねぇ」
 立花の言葉はなぜか胸をくすぐる物があったが、太吾はそれを「その牛へのこだわりは一体何なんだ」と心中でツッコむ事で払拭した。
 そして納得する。
 なんだ、単に言い寄られただけか。まぁ確かにあの男と話していて違和感はあったのだ。
 どうやらあの男は地雷系らしい。誘いに乗らなくて良かった。
 それはそうとまた人を言外に小太りだという立花に苛立つ。

「やんねーぞ」
「ああ。あとで太ももだけ借りる」
 あーあー、肉付きがいいもんな。
 さぞ気持ちが良かろうよ。

 腹立ちまぎれにやる気なくだらだらと転がっているとそれをいい事に撫で回され舐めまわされる。ただいつものようにひどく追い詰めるような行為はなく、随分と穏やかだった。
 柔らかく心地いい愛撫にこのまま身を委ねていたい欲求もある。
 撫でさすられ、深く口付けられる。それに応じる事はほぼないが、それでも立花は一向に飽きずやめようとはしない。

 これ、やんなきゃ終わらねーやつじゃん。
 このまま放置して寝るのもいいが、立花にあまりにも的確かつ真摯に奉仕された息子はすっかりその気になってしまっている。
 このバカ息子め。

 店にいた男によると以前の立花はずいぶんとモテたようだ。
 切れ長の目が特徴と言えば特徴だがそれ以外は地味だ。だがなんせ体がいい。そうなると体が好みだという相手にとって平凡な顔立ちは強みにもなろう。家族経営の店に立つようになってすっかりおとなしくなったようだが。
 普段は貪るように激しいセックスが多いが、こうして相手に尽くす様なセックスも出来るのならモテもしよう。

「なぁ」
 何が楽しいのか無駄にリップ音を響かせながらそこかしこに口づける立花に声を掛けた。

「お前、優しく抱いたり出来るワケ?」
 いつものように「優しくされたいのか」などと馬鹿にしたように言われるかと思ったが、体を起こした立花は珍しく少し驚いた顔をしてからすぐに表情を緩めた。

「試してみるか?」
「出来るもんならやってみろよ」
 立花の穏やかな声に、太吾は柔らかく鼻で笑った。

 恋人同士の戯れのような口づけから始まった夜は驚いた事にそのまま最後までその調子で、太吾は内心ひどく戸惑い、うろたえた。
 絶対に途中からいつもの自分本位ながらも決して太吾を本気でキレさせない、ギリギリの境界を攻めて人を追い詰めるようなセックスになると踏んでいたのに。

「まて━━ッ」
 舌の裏側の付け根の辺りを立花の舌先でしつこくなぞられイキかけた。
 精神的にツラい。

「はぁ」と熱い吐息がこぼれる。
 耳たぶを食まれ、首筋を舐め上げられただけで馬鹿みたいに体が反応した。
 精神的にキツい。

「しつこっ、ンぅッ」
 柔らかく優しい愛撫で乳首で甘イキさせられた。
 ぬるい愛撫がひたすら気持ちがいい。
 このまま終わってもいいと思う反面、物足りなさを感じてしまう。
 死にたい。

 いたる所を優しく噛まれその度に体が跳ね、それをなだめるように撫でられる。
 普段とは明らかに違う穏やかな行為は密着度がいつもの比ではない。
 言うなれば、甘い。
 まるで恋人同士の濃厚な絡み合いのようだ。

 なんだこれヤベェ。
 いつものヤバさとは全く意味が違う。
 こんなの違うだろ。

 恥ずかしい。
 なにかとてつもなく恥ずかしいのだ。
 これまで立花相手にそんな感情を持った事など無いのに。

 恥ずかしいと感じている事がまた、恥ずかしい。
 人間辞めたい。
 恥の上塗りじゃねぇかと意識を逸らしてみても立花の愛撫は続き翻弄される。

 どれも射精には足りず、もはや体はぐずぐずに脱力していた。
 後ろを拡げながらあちこちを舐め、時に歯を立てていた立花が久し振りに唇に軽い口付けを落とし、太吾の顔をじっと見詰めてから「着けるな」と宣言した。
 普段はそんな事言わず、勝手にゴムを着けて挿入してくるのに。
 まだ挿入前だというのにぐったりと脱力した太吾はこくこくと頷くしか出来なかった。
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