とあるネコのひとりごと

志野まつこ

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<中> 無機物による幸福論。

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 結論から言う。
 二人は交尾をするであろう関係だった。

 我が主ハルカはどうも一日中自宅にてパソコンを見るのが仕事らしい。そんな奴が俺達の受け取りにたまたま不在って、なんて危機管理能力の低い男なのか。ちゃんと配達指定サービスを使えよ。マジで。
 対して黒髪のフェロモン男、まさとまさとはサラリーマンらしくスーツで出勤している。
 家事は二人で折半、朝ハルカが朝食の準備をしている間に雅人が布団をバサバサやって湿気を払ってベッドメイクをする。マメなやつだ。

 雅人は寡黙なタイプらしく二人の会話が盛り上がっている事は少ないが、俺はコイツが悪い奴じゃないと知っている。
 天気のいい休みの日にはしょっちゅう俺を干してくれるからだ。
 洗濯表示には陰干し推奨になっているはずだが、俺は断然直射日光派だ。
 色褪せが進むのが早いかもしれない。そうなると寿命も短くなるだろうが、ハルカは俺を気に入ったらしくほぼ毎晩俺を使っているし、夜寝る前に雅人はハルカの為に俺を布団にセットしてくれる。

 就寝時ハルカにはよくゴリゴリと固くなったものを擦りつけられるがそれももう慣れた。いや、心を殺して慣れざるを得ない。
 なんせ俺は格安だったのだ。使用感が良くないとあっさりと捨てられる可能性もある事を思えばこの待遇は破格のはずだ。
 雅人がたまに恨めしそうに俺を見て来るのと、俺と一緒にこの家に来たバイブとゴムの姿を一向に見ないのが気になるが。

 あとここに来てから一か月以上経つけどこいつらが全然まぐわってない事も、まぁ気になると言えば気になるな。
 毎日必ず同じベッドで寝てるし朝はたまに寝起きに軽くチューとかはしてるのに。
 人間ってのはどうもよく分からない。

 そんな中、ついにゴムとバイブの出番が来た。
 ひゃっはー! やっぱシャバの空気はたまんねぇな! とベッドの上ではしゃいでいる。
 平日の午前十時。
 雅人は出勤し、部屋にはハルカ一人だ。
 そうなればここからの展開は一つしかない。
 俺はベッドヘッドの方へ追いやられ、その様子をつぶさに見せつけられた。

「よっっしゃぁ! 俺の生きざま見せてやるぜぇぇ!」
 そうだな、ゴムは一発勝負だからな。

「安心しろ、お主の骨は拾ってやる。バッチコーイ!」
 バイブも初仕事にテンションがおかしくなってやがる。

 ハルカはどうも交尾の際はメス役のようだ。
 うん、そんな気はしてた。
 そして俺は目の前で繰り広げられる一人劇場、いや三人の競演を俺は心を殺して見守るしかなかった。
「あ、あ……ふ……ん、んンっ!!」
 やがて声を押し殺すように果て、くったりと体を横たえ余韻に浸るハルカ。
 ゴムとバイブは初仕事をそれは見事にやり遂げた。

 長かったな、良かったな。
 お預けが長かったせいかバイブの働きがえぐかったように思うが、本人にしてみれば「ふ、日頃から飢えておられたのであろう。それがしはその手助けをしたまで」と地味に勝ち誇った様子で笑った。
 そしてゴムは完全に沈黙した。
 立派だった。感動した。
 俺、お前のこと忘れねぇよ。
 次が99個控えてるけど毎回こんな気持ちになるのかな。せちがれぇぜ。

「まぁ、それでもやはり本物には到底及ばぬようであったがな」
 バイブがポツリと漏らし、追求しようとしたがハルカに持って行かれた。
 その後、ハルカはバスルームの方へ行ったが少しドキドキした。
 破棄される可能性も捨てきれず不安でいっぱいだったがバイブはちゃんと戻ってきた。
 バイブ侍の含みを持った言葉についてもっと聞きたかったが、距離があると俺達は話せない。
 その後も時々、侍と一回勝負の勇者の戦いを見掛けるようになった。
 良かった良かった。
 俺達の存在意義は使ってもらってなんぼだ。

 ※ ※ ※
 いつもはテキトーな服に髪も髭も無頓着なマッシュルームハルカだが、今日は目が見えた。
 外での仕事とやらで寝室のクローゼットから出したジャケットを羽織るハルカ。
 ほほう。髪を整えてまともな格好をすると、なんと言う事でしょう。なかなかに目映えのする男だったらしい。

「久し振りに見た」
 寝室の入り口に凭れるようにして満足げに目を細めるのは朝からフェロモンを無駄に垂れ流す雅人。
 お前も見る機会少ないのかよ。
 一緒に住んでんのになんつー話だ。
 カーテンを開けて空を見て天気を確かめるハルカの背後に立った雅人はその腰を抱く。
「なに」
 そんなフェロモン雅人に対し、ハルカは何かぶっきらぼうだ。
 うんそうだよな。出がけにうっとおしいよな、分かるわー。
 しかしフェロモン男はそんな事ではめげなかった。
「いや、今日一日他の人間に見られるのは癪だと思ってな」
 ふっと気障に鼻で笑ってそんな事を平然と吐いちゃうんだぜ? さすがだわ。
「ばーか」
 そうだそうだ、いいぞハルカ、言ってやれ。と思ったがハルカも照れくさそうに柔らかいひょじょうを浮かべていた。
 くぁー! むずがゆ! かゆっかゆっ!
 今日は天気が良さそうだから干してくれ。

 ハルカを玄関まで見送った雅人が寝室に戻ってきた所で干してもらえるかと期待したのだが、ベッドに腰掛けたヤツはあろう事かおっぱじめた。
 何をって自慰をだ。
 いや、俺を干してからやれよ!
 あーもー、こんな天気のいい休日に何やってんだよ。
 あ、休日だから心置きなくやれるのか?

 てか滅多にお前ら交尾しないのになんで無駄打ちしてんの?
 相手いるんだからちゃんとすりゃいいじゃねーか。
 そりゃ三十過ぎの男だから仕事で帰りや就寝が遅い事も多いけど、出来ないほどブラックな仕事してる訳じゃねーだろ。

 ハルカなんてしょっちゅう固いものゴリゴリしてくるぜ?
 なんか切なそーなため息押し殺して、俺のことぎゅうぎゅう抱きしめて股で挟んでくるぜ?
 お前だって先に寝てるハルカの寝顔をそれは優しそうに見て、起こさないようにキスしてるじゃねぇか。
 朝はしょっちうキスしてるけど時間無いからキスどまりで溜まってんだろ?
 なんなんだよ、てめーら。
 なんかイライラするわ。

 とか思ってたら雅人が息を詰める。
「━━っ!!」
 はいはい、お疲れさん。
 大量消費したティッシュをベッドサイドのごみ箱に捨た雅人とふと目が合った。

 ……おい。
 なに見てんだよ。
 なんでそんな切なそうな顔で俺見てんだよ。
 ここにはそんな顔見てきゃーきゃー言ってくれる女も、「なんて顔してんだよ」とか言って笑いかけるお前に甘いハルカもいねぇぞ?

 って。
 ちょっ、オマ、ちょ待て!
 その手で触んじゃねーぞ!
 もともと安物。カバーなんてついて無いんだよ!
 派手に汚れたら終わりなの!
 丸洗いできないの!
 匂いついても洗えないの!
 そうなったら捨てるだろ!?

 ぎゃー!
 やめて! 触らないで!
 けがされるぅぅぅぅ!!

 ふと雅人はそこでぴたりと手を止めると大きなため息をついた。
 ……あー、危なかった。
 お前なんで俺に手を伸ばしたんだよ。

 てかお前。
 なんで抜いた後にそんな何とも哀愁漂う顔してんの。
 抜いた後ってのはスッキリするもんじゃねーの?
 そういやハルカもこの間そんな顔してたっけ。
 え、賢者タイムってやつ?

 俺は無機物だからさ。
 男同士だからって何かれ言いませんよ。
 そりゃ女の子の股に挟まるウハウハ人生だと信じて疑ってなかったから最初は戸惑ったけどさ。
 そんで大騒ぎの一つもしてそれについては悪かったなー、とかも思ったりしますよ。
 俺、お前ら嫌いじゃないし。
 ここに来てよかったとも……思ってるし。
 だからさ、こんな事言うとまた『世間一般』とやらじゃ誤解されそうだけど、お前らなら分かるよな?

 そういう非生産的な事やめたら?
 俺の言う生産ってのは『人が幸せになるための行為』だ。
 だって俺は人間に作りだされた無機物だから。
 お前ら『会話』出来るじゃん。
 その技術、なんで使わねーのか俺にはさっぱり分かんねーわ。
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