辺境のご長寿魔法使いと世話焼きの弟子

志野まつこ

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4、卒業させた弟子がろくでもない

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 小さい時のまだ愛らしい姿の弟子が何か言っている。

『師匠が大好きです。ずっと師匠と一緒にいたいです』
 曇りのない真っ直ぐなきれいな瞳だった。純粋だからこそ油断していて、それはバッサリと古傷を抉られた気がして。

『そういうのは一人前になって、結婚する相手に言うもんだ』
 そう説いた。
『早く卒業できるよう頑張んな』
 悔しそうにする弟子をせせら笑って魔獣狩りの課題を出した。いっぱしの魔法使いが複数で狩るような魔獣だったが弟子にはちょうどいい相手だ。

 その頃になると弟子の化け物じみた才能がどこまで開花するか楽しんでいたし、人として道を外さないよう導いてやろうくらいには思うようになっていた。
 我ながら殊勝なもんだ。
 ━━あれ、昨日で卒業させて今日追い出すんだったよな?
 なんか何回か朝日が昇った気がするんだけど。
 横になったまま放心状態で朝日を眺める俺に弟子は言った。

「師匠とずっと一緒にいる方法ですが、俺の寿命を師匠と同じだけ延ばせばいいんです」
「━━ざけんな! ンなこと絶対許さないからな!」
 打てば響くとはこの事かという勢いで叫んだ。
 全裸だからマヌケな事この上ないがそんな事を言っている場合じゃない。飛び起きようとしたが股関節とか腰が痛くて無理だった。弟子が大きな掌を腰に当てて治癒術を施す。
 あったけぇ、ラクになった。こいつの治癒術は無駄に気持ちがよすぎる。

 俺の寿命は約500年で、現在250~260歳ってとこだ。
 20歳くらいの時に成長が止まり、はじめの100年足らずで見送り続ける人生だと気付いた。
 人と深く付き合うことをやめたのもその頃で、そのすぐあと己の長い人生が空しいだけのものだと悟った。
 絶望した。
 そんなモン可愛い弟子に味合わせるなんてご免だ。
 本当に可愛い弟子なのだ。可愛げがないし、小憎たらしい事この上ないが。
「はい、それはちょっとまだ出来ないので師匠の寿命を半分もらいます」

 まぁそれなら━━っていやいやイヤァァァ!
 危うく「それならいっか」とか言うトコだった!
 そうだよ、コイツこういう姑息なテを使うヤツなんだよ。

「馬鹿か。やらねぇよ」
「もういただきましたよ」
 弟子はさらっと言い放った。

「━━あ゛?」
 自身の身に起きた変化を探すが見当たらない。そもそも寿命なんて体感できるもんでもない。
 寿命を操作する魔術なんて存在しない。
 いや短くする事は簡単だ。命を奪えばいい。物騒な方法だが。ぶっちゃけ魔力を使わなくても出来るくらいだ。
 けれど短くする事は出来ても長くする事は出来ない。
 それが自然の摂理で、それを天命と呼ぶ。

 が。

 コイツなら分からない。もしかすると可能だったりするのか?
 なんせコイツは天才だ。それも努力しなくても出来てしまう系の。
 そんな奴が努力も創意工夫も大好きとくりゃもう天井知らずってもんで、努力型天才の俺なんて実はとっくに超えられている。250年以上生きたのに20そこそこの若造にだぞ?
 こうやって生き物は進化するんだろうけれど。

「ハッタリかましてんじゃねぇよ。どうやった?」
 内心戦々恐々としながらも、いつもの偉そうな師匠然とした態度を崩さず尋ねる。
 やべぇ。
 もしかして俺、とんでもねぇ化けモン育てちまったんじゃね?
 そんな俺に返された返答がコレ。

「ゆうべまでのアレで」

 ゆ う べ の、ア レ。
 ……アレ。
 アレ?
 あれかぁぁぁ!
 新たな命を誕生させる人間の行為。生命誕生の儀式。
 それを応用したとしたらコイツには可能かもしれない。

「てッめぇぇ! なに勝手に人の寿命いじくってんだコラァァァァ!」
「ずっと師匠に寿命を合わせる方法を考えてはいたんですけど、それとは別に師匠と愛し合う方法とか色々と考えていたら『あ、この原理応用したら』って気付いたんですよ」
 女性陣が目の色を変えるような整った顔立ちの男が、真面目な顔で赤裸々かつ頭の悪いことをほざきやがった。

「ちったぁ悪びれろ、この馬鹿タレがぁ!」

 精力剤を併用した三日三晩に及ぶ性行為をもって禁術をまっとうしやがったクソ馬鹿な弟子と、獣も寄り付かない辺境にて山を三つ平にならす勢いで魔術大戦レベルのバトルを一か月繰り広げた。

 時々「ししょー! 私いいかげん溜まって来たんですけどちょっと休戦していちゃいちゃしませんかー?」とかぬかすから片腕やら片足やらふっ飛ばしてやったら切断面から血しぶきを上げながら心底楽しそうに笑う弟子に押さえつけられて口に舌をねじ込まれた。
 顔面に血の雨が降る中での血の味の口付けなんてサイアクで、ふっ飛ばした部位を引き寄せてくっつけてから、眼球を思いきり殴りつけてやった。

 そんな目に遭わされてもヤツは俺に大けがを負わせるような攻撃はしてこない。
 手の指すべてさか剥けを起こす魔法とか、毎日一つ口内炎が出来て眠ると治るけど起きたら別の所にできてる魔法とか。
 ふざけているとしか思えないが地味にダメージを食らわせて来る。

「てめぇ! 真面目にやりやがれ!」
 力の差を見せつけられているようで本当に腹が立つ。
 いんきんたむしになる術でもかけてやろうかと思ったがそれじゃガキのケンカだ。俺は二百年以上生きたいい大人なんだ。

「師匠に痛い思いをさせるのはベッドの上だけって決めてますからー」
 遠くから返事が返された。
 アイツ、なんかさらっと恐ろしいこと言わなかったか?
 急に馴れ馴れしくなりやがって。体の関係を持ったからってつけあがる男はクズだぞ。

「卒業って言ったじゃないですか。やっと認めてくれたんですよね?」
 こいつは今ここで始末しておくべきかもしれない。
 本能で判断し、にこにこと言う弟子に魔力の塊をブン投げたがあっさり打ち返された。魔力の塊はそのまま隣の山に当たり、山は標高が低くなった。この辺りもずいぶんと見晴らしがよくなってしまった。

 一か月したところで弟子の作った飯が恋しくなった。唇が割れて痛い。これには弟子の魔力を感じないから栄養の偏りと疲労が原因だ。
 頃合いか。
 二人して満身創痍となり荒野と化した大地に背中を合わせて座り込み、長く疲労の息を吐いた。弟子は体こそ傷だらけだが腹立たしいほどケロッとしている。いやホント腹立つな。

「あーくそ疲れた。こんなに暴れたのは久し振りだ。この馬鹿弟子が。俺はお前が嫁さんもらって子供作って、久々にジジイ気分を味わえるんだと楽しみにしてたんだ。残りの時間で俺に寿命返す研究しやがれこのバカタレ」 
「それで私も孫も亡くして泣くんでしょ? いやですよ。寂しがりのあなたを一人にするワケないじゃないですか。師匠を泣かせるのは嬉し涙と快楽責めした時だけって言ってるでしょ」
 前も言ったみたいに言うが初耳だぞコラ。好き勝手言ってんじゃねぇよ。
 言い返そうとしたが弟子の方が早かった。

「それに師匠、ずっと250~60歳だって言ってますけどそれ私がここに来た時から言ってますからね? 今270か80ってトコですよ。て言うかそもそも300年前の天変地異を治めた『小さな黒き魔法使い』って師匠でしょ? 伝承絵本の黒き魔法使いに憧れて探し回って師匠を突きとめたんですから。師匠の寿命っていじらなくてもあと200年弱ってトコだと思いますよ」
「マジでか」
 確かにだいぶ前から自分の年齢が分からなくなってたけど、俺そんなにサバ読んでたのか。弟子に指摘されるなんて恥ずかしいじゃねぇか。

「あなたは私と生涯を共にするんです」
 断言された。
 ヤベぇなコイツ。こんなヤバい奴だったのか。まぁそうでもなきゃこんな山奥に何度も突撃してこないか。凭れ合うように合わせた背中が温かい。

「私とあなたの残りの寿命を合わせてきっちり二等分にしましたからね。一蓮托生ですよ。どちらかをのこす事なくぽっくり二人同時に死ねます」
「はーそりゃまた重てぇな」
 投げやりに返した。完全に棒読みだった。
 俺の許可なくそれをやり遂げるのはおかしいだろ。
 てめぇみたいに重くて頭がおかしいヤツ、人間が相手するのは無理だわ。

 俺達が事故や病気で死ぬことはないだろう。病気は治せるし、怪我でもしそうな事態は「転んだとき手をつく」のと同じ感覚で魔力をもって反射的に回避するように訓練を積んでいる。
 言動がいちいち重てぇけど、その魔法の結果はすばらしく理想的だ。さすがは俺の弟子と言っていいだろう。

「さ、帰ってご飯食べましょう」
 先に立ちあがった弟子が手を差し伸べて来る。
 迷うこと無くそれを掴むと同時に、弟子のあたたかい飯への期待に大きく腹が鳴った。
 マジで腹減った。

 飯が美味けりゃいいかげん名前を教えてやってもいいか。
 弟子に手を引かれて歩きながらそんな事を思う。
 こんな風に口元がゆるむなんて何百年ぶりの事だか。

---fin---
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なんだかんだ言って師匠はお年なので「とっちゃん坊や」とか「いんきんたむし」とか今はあんまり聞かない言葉がぽろっと出ます。

後日 蛇足的なおまけをつける予定です。
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