辺境のご長寿魔法使いと世話焼きの弟子

志野まつこ

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1、お山の魔法使いに弟子入り<上>

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 たぶん、250~260回目くらいの春。
 ついに弟子が巣立つ時が来た。
 魔女が人間の子供を拾うという話はたまに聞くが、まさか魔法使いの俺が人間の子供を育てることになろうとは。
 あ、俺も一応人間だった。さすがに250~60年生きてるといろんな事があるもんだ。

 別に俺が拾ったワケじゃないがな!
 山全体に仕掛けた結界を破り、家のドアに厳重に施した魔術式錠をぶち破って来たがな!
 5歳くらいの子供が!
 そりゃもうやすやすと!
 バーン! おじーちゃーん! 遊びに来たよー! くらいのノリで!

 は?って、そりゃ目も点になるっつーもんだろ。

 ガキなんて大嫌いだ。
「デシにしてください!」
 なんて目をキラキラ輝かせて元気に言う綺麗な子供を「うせろ」と追い返した。

 いや、だってホントめちゃくちゃ小綺麗だったんだよ。
 金持ちの息子感ハンパなかったんだよ。
 これがみすぼらしいナリでもしてりゃちょっとは話を聞いてみっかなってなるけど、サラサラの金髪も瑞々しい緑の目も鬱陶しいレベルに眩しくて「いや、お前あったかい布団と美味しいご飯に毎日ありつけてるだろ。学校も行けるだろ」って感じのガキだったんだよ。
 俺の出る幕じゃねぇ。
 金持ちの道楽につき合ってられっか。
 そう思ったのに━━

 それから毎日毎日、結界も魔術式玄関錠も簡単にぶち破ってくるんだよ。
 え? 俺、何重にも結界張り直したよね?
 魔術式錠なんて途中から超高難度ハイパーガチンコロックにしたよね?
 新しい術式を何個新たに開発した事か。

 ていうかそもそもココどこだと思ってんだ。
 人里から遠く離れた山岳地帯の辺境だぞ。
 なんでガキが一人でウロウロしてるんだよ。
 毎回はるか下の麓の町まで送り返すのになんで翌朝には単身で登ってるんだよ。登山道なんてないし、獣だってウロウロしてるだろうが。
 取り立てがキツい闇金ってこういうカンジかなって思ったね。
 250~60年生きてきて初めてノイローゼになりかけた。
 そしたらさ。

「師匠! 顔色が悪いです! 大丈夫ですか!? お世話させてください!」
 って。
「誰が師匠だお前のせいだ━━!」
 叫んだよ。
 叫ぶなんて何十年振りだよ。
 何十年振りかで大声出したもんだから喉がゲッホゲホなって、ガキがさらっと作った薬湯飲まされた。
 薬学まで習得してんのかよ。
 呆れてこう言ってやった。
「お前、弟子入りなんてしなくていいだろ」

 その時はそう言ったけど、そのあと「栄養のあるもの食べなきゃ」と出された優しい味の野菜たっぷりシチューを食べて住み込みを許可した。
 それがそいつが7つくらいの時の事だ。

 そのガキは魔力も、それを使う技術もセンスもずば抜けてた。
 いずれ人間をやめるレベルで、人間の世界でそのまま成長すると良くない。
 いつか争いが起きるか、人が死ぬ。
 本人にその気はなくても。
 だからそうならないように少しだけ知恵を授ける事にした。
 飯が美味かったからじゃない。

 ガキは面白いくらいすくすく育った。
 俺が250年かけて構築したすべてをあっさりと習得しやがった。
 習得して、それをこれまたあっさり発展させやがった。
 笑えるわ。

 人間ってのはたまにこういうのが生まれるんだよな。
 いや、俺もぎりぎり人間と言えなくもないんだけど。
 ていうか見た目はごく普通の人間なんだよ。ホント普通。普通すぎるっつーか地味。超地味。黒髪にちょっとだけ茶色がかった目。はい平凡。
 ただすんげぇ長寿の血がどっかで混じったらしくたまに俺みたいなのが生まれる。ご先祖さまのなかに異種姦やらかした奴がいたんだろうな。
 どんな長命種が相手だったのか知んねぇけど、俺みたいな先祖返りは500年くらい生きるらしい。地味顔で500年はキツいぞぉ?
 やっとそろそろ折り返し地点だよ。
 なっげぇな。
 そんなだからガキはマッハで大きくなりやがった。

 俺もでかい方じゃねぇけど、どっちかってーと小さい方だけど、そいつは馬鹿みたいに大きくなりやがった。
 魔法使えばいいのになぜか薪割りとか肉体労働も好んでする変わり者でガタイもいい。こっちは昔からとっちゃん坊やもいいトコなのに並ぶと露骨に格差が露見する。
 ガキの頃は愛らしいともてはやされる系だった顔は、造りの良さはそのままそこに男らしさが加わっちまって手に負えない。
 街に出れば女性にキャーキャーキャーキャー大騒ぎだ。その一回で懲りて街に用事で出る時は平凡顔で行くようになった。
 なんだそれ。当てつけか。可愛くない事この上ない。

「お前もうここに住まなくていいだろ。通いにしろ」
 そんな命令を下したのがそいつが17くらいの時だ。
 気付くのが遅すぎだろ俺。なんで気付かなかったのか。
 自分が250~60歳なもんで17なんて赤ちゃん位の感覚だったか。

「私がいないと冷たいご飯になりますけどいいですか?」
 温め直すことぐらいできるわ! 俺を誰だと思ってやがる! こちとら稀代の魔法使いだぞ!
 と言いたいところだが、出来たての飯と温め直した飯はなんか違う気がするんだよな。
 やっぱ飯は出来たてがベストなわけで。
 じゃあしゃあねぇ、もう少しいいか。
 ってうやむやにする事、数年。

「いや、通いでうちで飯作ればいいんじゃねぇか! なんで冷や飯になるんだよ!」
 夕飯の熱々出来たてミートパイを片手に叫んだ。
「それもそうですね」
 ガキはあははと笑って俺の皿にもう一切れパイを乗せる。

「そろそろ山菜が芽吹く頃ですね。またキッシュにしましょうか」
「そうしてくれ」
 俺はパイ生地を使った料理に目が無いんだ。

 寒い季節が終わる。
 さすがにそろそろだ。
 ガキは20過ぎか? 30は行ってないはずだ。もう分からん。

「お前今日で卒業な」
 夕飯の山菜キッシュを食いながら卒業を言い渡す。
 いつものようにテーブルの向こうで向かい合って飯を食っていたガキはカトラリーを置き、普段からいい姿勢をなお伸ばすようにして居住まいを正した。

「愛人の息子と冷遇されていた私を長い間そばに置いていただきありがとうございました」
 金色の髪を揺らして頭を下げた。
 そうか、こいつの見た目が最高級なのは母親譲りか。金持ちの愛人になりえるほどの美女だったんだろうな。
 初めてガキの生まれについて聞いた。
 最後の夜に聞く事になるなんてな。
 人生最後になる山菜のキッシュは少しだけ苦かった。山菜だから当然だ。
 主要国家から取り寄せている朝刊を朝食の横に準備する奴と、古新聞がたまったら処分する奴がいなくなるのは不便だがそれだけだ。魔法でどうとでもなるがなんでも魔法に頼ってたら運動不足になるから魔法に頼るなと弟子にも教えてきた。
 俺もこのままだといずれは運動不足で耄碌してしまうかもしれない。そろそろ自分でやる時期が来ただけだ。
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