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【スピンオフ】ヴァンパイア医師とデュラハン作家の特殊な夜
10、三魔族の集う夜
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短編集だった『数学教師の放課後』の続編は本一冊分の長編となる。その佳境を書き上げた所でドエンは息を吐いた。
癪ではあるがシヴァイツとの一件のあと筆が乗りに乗っている。
ディールの恋人が教師だと知ってしまった今、執筆をすすめる事に思う所は多々あるが書かずにはいられない。
それはもはや性的衝動と表現するにふさわしい強い欲求だ。
焦燥であり渇望、高揚と恍惚。そう言ったものがドエンの身の内をつき焦がし、執筆を止められない。
青春純文学作家であるディールから魔道通話機で連絡が入ったのは一息ついたまさにそのタイミングだった。
『今シヴァイツ先輩と飲んでるんだが来ないか?』
ドエンにとっては会いづらい相手と、会いたくもない相手だが逃げるのはプライドが許さなかった。
まして自分は知ってしまったのだ。
ディールの恋人が教師だという事を。当然ディールは自分の『数学教師の放課後』の数学教師が恋人をモデルにしたと思っていてもおかしくない。
ああそうだ。
部屋に連れ込まれ、乱暴されそうになるなか落ち着いていた彼の言葉遣いやトーンは『数学教師』のキャラクターに通じるものがある。
少し考えたら無意識に彼をモデルにしてしまっていた事に気付いただろうに。
筆が進むからと調子に乗って出版し、現在では続編まで順調に執筆が進んでしまっている。
ドエンは合流せざるを得なかった。
「久し振りだな。読んだよ、『数学教師』」
「あ、ああ……」
合流するなりディールに告げられた。
勝手に恋人をモデルに執筆したという痛烈な皮肉かと、全ての糾弾は受ける所存と身構えたドエンだったが。
「続編も出るんだろう? 彼も楽しみにしている」
「すまなかった」
恋人も読んだと意外なほど穏やかな口調でディールに告げられるや、ドエンの口からはごく自然と流れるように詫びの言葉が出た。
「取り返しのつかないことをした。もし叶うなら、彼にも直接謝罪したい」
本音を言えば再度彼に相まみえることに本能的な恐怖を感じはするが謝罪をしたいという気持ちは本当だった。
「会えると聞けば喜ぶだろう。妬けることに『数学教師』のファンだ」
自分を犯そうとした男だ。『彼』に拒否されるのは仕方がない、当然だとためらいがちに言ったというのにディールはそんな事を言う。
本心からのようで不貞腐れた様子を隠しもしない男にドエンは完全に負けたと思った。ディールだけではない。恋人の男性淫魔も大した度量の持ち主らしい。
ディールに何を言われるのか。そして先に飲んでいたこの二人がどんな会話をしたのか、シヴァイツは自分とのことを話したのか、店に来るまでずっとそれらを気にしていたというのに謝罪が出来たうえ受け入れられたらしい。
さすがは現代社会において純文学でベストセラーを叩きだす作家だ。
完全に器が違う。
そう思った矢先だった。
「うまくいったようですね」
「そうだな。後進を強行軍で育てた甲斐があった」
淡々と抑揚なく言ったディールに対するシヴァイツもまた同様に答える。何でもない事のようなやりとりにドエンは心を折られそうになった。
やはりそういう事か。
ひどい仕打ちだと思うものの、ドエンに彼らを糾弾する権利などない事も自覚している。
我ながら随分と殊勝な性格になったものだとは思うが。
「ディール、前に言っていた『箱』の話。書くなら全面協力するから俺の名前を出せ」
いいようにされたままでたまるかと思った。
『箱の話』とはドエンが強姦未遂を起こした翌朝、ディールが示してきた草案だ。
小さな箱のなかで主人公の首無し騎士の頭部が目覚めるや外部から恋人の嬌声が響く。だがそれは始まりに過ぎず、主人公が裏切られ時として体を使い凌辱をも甘んじて受けながら事件に挑むという、主人公にとって実に過酷な物語だ。
草案だけでも本当にひどい話だった。
しかしミステリー作家としては正直大変そそられるもので、それが純愛を得意とする純文学作家の執筆となれば魅力を感じずにはいられない。
ここまで盛大に嵌められ転ばされたのだ、もはやただでは起きんと提案したのだが。
「これだから物書きは嫌なんだ。なんでもかんでもネタにして情緒がない」
それまで黙って酒を嗜んでいたシヴァイツが本当に嫌そうに嘆いた。
確かに少しの逆境も最終的に作品に取り込み昇華させてしまう作家は多いかもしれない。
しかし情緒がないとはこの男にだけは言われたくなかった。
「セフレ持ちが何を言っているんだか」
お前が言うなとばかりにドエンは呆れたように言った。
あれからドエンはシヴァイツとは何度か寝ている。
なぜかそういう関係になった。
あえて言うなれば意外と執筆の糧となったことが主な要因で、二回目以降はわりと普通の性交だ。
異性と交際するのとは違い面倒がなく、執筆を邪魔されることもない。
容姿に恵まれ作家の才能により資産もあるディールがなぜ男性淫魔を選んだのか。そういう事かと勝手に納得もした。ディール本人が聞けばそれは激怒するだろうから口が裂けても言いはしないが。
医者で多忙なシヴァイツも後腐れなく発散でき、お互いメリットしかない関係だとドエンは考えていた。
どうせ忙しいだろう、これまで通りそう会う事もなかろうと高をくくっていたのが思いのほか頻回となった事だけは誤算だったが。
毎回朝まで一緒に過ごす事にドエンも疑問を抱いてはいたのだ。ドエンとの時間を確保するために前々から後進の人材をしごきあげていた計画性なんて知りたくもなかった。
シヴァイツが向けて来る好意を利用しているという自覚はあるがドエンはもともとそういう性質だ。
シヴァイツもそれを了承の上で、お互い割り切った良好な関係だと思っていたのだが━━
「残念だったな。セフレはいない。相手を心から愛している」
普段笑う事の少ないシヴァイツがそう言ってうっそりと笑んでドエンを見詰め、ドエンはひゅっと息を飲んだ。
そんな二人の様子を見てディールは今夜の酒は本当に美味いと満足げに琥珀に満たされたグラスの丸氷を揺らす。
ノーマルな性交に物足りなさを覚えるとともに死の疑似体験の感覚を今度こそしっかり書き留めたいとメモを片手に「最中に軽く首を絞めてみてくれないか」などと言い出したドエンが「これだから作家は嫌なんだ」とシヴァイツにおしおきとして呼吸もままならない連続絶頂の刑に処されるまであとニか月という夜の話。
~~Fin~~
癪ではあるがシヴァイツとの一件のあと筆が乗りに乗っている。
ディールの恋人が教師だと知ってしまった今、執筆をすすめる事に思う所は多々あるが書かずにはいられない。
それはもはや性的衝動と表現するにふさわしい強い欲求だ。
焦燥であり渇望、高揚と恍惚。そう言ったものがドエンの身の内をつき焦がし、執筆を止められない。
青春純文学作家であるディールから魔道通話機で連絡が入ったのは一息ついたまさにそのタイミングだった。
『今シヴァイツ先輩と飲んでるんだが来ないか?』
ドエンにとっては会いづらい相手と、会いたくもない相手だが逃げるのはプライドが許さなかった。
まして自分は知ってしまったのだ。
ディールの恋人が教師だという事を。当然ディールは自分の『数学教師の放課後』の数学教師が恋人をモデルにしたと思っていてもおかしくない。
ああそうだ。
部屋に連れ込まれ、乱暴されそうになるなか落ち着いていた彼の言葉遣いやトーンは『数学教師』のキャラクターに通じるものがある。
少し考えたら無意識に彼をモデルにしてしまっていた事に気付いただろうに。
筆が進むからと調子に乗って出版し、現在では続編まで順調に執筆が進んでしまっている。
ドエンは合流せざるを得なかった。
「久し振りだな。読んだよ、『数学教師』」
「あ、ああ……」
合流するなりディールに告げられた。
勝手に恋人をモデルに執筆したという痛烈な皮肉かと、全ての糾弾は受ける所存と身構えたドエンだったが。
「続編も出るんだろう? 彼も楽しみにしている」
「すまなかった」
恋人も読んだと意外なほど穏やかな口調でディールに告げられるや、ドエンの口からはごく自然と流れるように詫びの言葉が出た。
「取り返しのつかないことをした。もし叶うなら、彼にも直接謝罪したい」
本音を言えば再度彼に相まみえることに本能的な恐怖を感じはするが謝罪をしたいという気持ちは本当だった。
「会えると聞けば喜ぶだろう。妬けることに『数学教師』のファンだ」
自分を犯そうとした男だ。『彼』に拒否されるのは仕方がない、当然だとためらいがちに言ったというのにディールはそんな事を言う。
本心からのようで不貞腐れた様子を隠しもしない男にドエンは完全に負けたと思った。ディールだけではない。恋人の男性淫魔も大した度量の持ち主らしい。
ディールに何を言われるのか。そして先に飲んでいたこの二人がどんな会話をしたのか、シヴァイツは自分とのことを話したのか、店に来るまでずっとそれらを気にしていたというのに謝罪が出来たうえ受け入れられたらしい。
さすがは現代社会において純文学でベストセラーを叩きだす作家だ。
完全に器が違う。
そう思った矢先だった。
「うまくいったようですね」
「そうだな。後進を強行軍で育てた甲斐があった」
淡々と抑揚なく言ったディールに対するシヴァイツもまた同様に答える。何でもない事のようなやりとりにドエンは心を折られそうになった。
やはりそういう事か。
ひどい仕打ちだと思うものの、ドエンに彼らを糾弾する権利などない事も自覚している。
我ながら随分と殊勝な性格になったものだとは思うが。
「ディール、前に言っていた『箱』の話。書くなら全面協力するから俺の名前を出せ」
いいようにされたままでたまるかと思った。
『箱の話』とはドエンが強姦未遂を起こした翌朝、ディールが示してきた草案だ。
小さな箱のなかで主人公の首無し騎士の頭部が目覚めるや外部から恋人の嬌声が響く。だがそれは始まりに過ぎず、主人公が裏切られ時として体を使い凌辱をも甘んじて受けながら事件に挑むという、主人公にとって実に過酷な物語だ。
草案だけでも本当にひどい話だった。
しかしミステリー作家としては正直大変そそられるもので、それが純愛を得意とする純文学作家の執筆となれば魅力を感じずにはいられない。
ここまで盛大に嵌められ転ばされたのだ、もはやただでは起きんと提案したのだが。
「これだから物書きは嫌なんだ。なんでもかんでもネタにして情緒がない」
それまで黙って酒を嗜んでいたシヴァイツが本当に嫌そうに嘆いた。
確かに少しの逆境も最終的に作品に取り込み昇華させてしまう作家は多いかもしれない。
しかし情緒がないとはこの男にだけは言われたくなかった。
「セフレ持ちが何を言っているんだか」
お前が言うなとばかりにドエンは呆れたように言った。
あれからドエンはシヴァイツとは何度か寝ている。
なぜかそういう関係になった。
あえて言うなれば意外と執筆の糧となったことが主な要因で、二回目以降はわりと普通の性交だ。
異性と交際するのとは違い面倒がなく、執筆を邪魔されることもない。
容姿に恵まれ作家の才能により資産もあるディールがなぜ男性淫魔を選んだのか。そういう事かと勝手に納得もした。ディール本人が聞けばそれは激怒するだろうから口が裂けても言いはしないが。
医者で多忙なシヴァイツも後腐れなく発散でき、お互いメリットしかない関係だとドエンは考えていた。
どうせ忙しいだろう、これまで通りそう会う事もなかろうと高をくくっていたのが思いのほか頻回となった事だけは誤算だったが。
毎回朝まで一緒に過ごす事にドエンも疑問を抱いてはいたのだ。ドエンとの時間を確保するために前々から後進の人材をしごきあげていた計画性なんて知りたくもなかった。
シヴァイツが向けて来る好意を利用しているという自覚はあるがドエンはもともとそういう性質だ。
シヴァイツもそれを了承の上で、お互い割り切った良好な関係だと思っていたのだが━━
「残念だったな。セフレはいない。相手を心から愛している」
普段笑う事の少ないシヴァイツがそう言ってうっそりと笑んでドエンを見詰め、ドエンはひゅっと息を飲んだ。
そんな二人の様子を見てディールは今夜の酒は本当に美味いと満足げに琥珀に満たされたグラスの丸氷を揺らす。
ノーマルな性交に物足りなさを覚えるとともに死の疑似体験の感覚を今度こそしっかり書き留めたいとメモを片手に「最中に軽く首を絞めてみてくれないか」などと言い出したドエンが「これだから作家は嫌なんだ」とシヴァイツにおしおきとして呼吸もままならない連続絶頂の刑に処されるまであとニか月という夜の話。
~~Fin~~
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この度はコメントをありがとうございました。
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素敵な続編をありがとうございます。
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