腹ペコ淫魔のヤケ酒に媚薬

志野まつこ

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【スピンオフ】ヴァンパイア医師とデュラハン作家の特殊な夜

3、告白※

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「やめろっ、やめてくれ……っ」
 首元から胸の間を通り下腹まで三本の指先でなぞられ、ドエンは早々に敗北を認めて懇願の声を上げる。
 どんなに惨めでも、こんなものは負けるが勝ちだ。
 弱みがあるのはお互い様だ。今さら取り繕う必要などないし、巻き返して上位に立つ気もない。とにかく何事もなく終わらせたい一心だった。

「いやだ、だめだ、むりだ」
 シヴァイツが見やったドエンの顔は蒼白だった。ヴァンパイアの体液による発情も凌駕するほどの拒否感、それは恐怖から来るものだ。

「やめろ、やめてくれ!」
「お前もした事だろう? そこで自分がした事を見てるんだな」
 首を振り返って目を眇めたシヴァイツの言葉はドエンの心臓を鋭い刃物で串刺しにするのと同じ効果があった。
 そうだ、あのとき圧倒的上位に立った淫魔の男にも言われた。
『あなたが始めた事でしょう』と。
 そして恐ろしい目に遭ったのだ。

 手際よく服を剥かれ、これ見よがしな仕草で肌を舐められる。
 胸元に跡を残され、焦らすような弱い刺激を続けたかと思うと尖らせた舌の先端で乳首を責められる。乳首を舐められるのは嫌いではなかった。現に小さな尖りは固く立ちあがり、吸血鬼の魅惑の作用も合間って快感を覚える。同時に強い恐怖が頭をもたげる。

「嫌なのは口だけか? 硬くなってるぞ」
 芯を持った陰茎を指でなぞられ腰が小さく跳ねた。
「が……まだ勃ちが悪いな。なにを怖がっている?」
「こんな事されりゃ誰だってこうなるだろっ」
「吸血鬼の催淫効果だぞ。普通ならとっくにガン勃ちしてんだよ。勃起不全なんかなかったよな?」
 微妙にくったりとした陰茎を弄びながらシヴァイツは顔を上げ、ドエンの首を見て問うた。
 ドエンはこの男を医療の専門家で、執筆作業に都合のいい知人だと思っていた。
 高度魔術医療の名医だと思っていた。
 それがここに来て、この男が吸血鬼という生き物だったと思い出さざるをえない。
 血液を得るために獲物を魅了し、快楽と引き換えに抵抗と自由をも奪う生き物。
 普段すべて丸みを帯びた歯なのに、気がつけば犬歯が鋭く尖っている。それを肌に当たった瞬間感じ取った。そのやいばのような牙に肩を噛まれ、腰に歯を立てられる。ひどく熱く、それでいて神経を凍らせるように冷たい物質が流し込まれそれが何らかの作用のあるものだと刹那理解した。
「うあ、クソッ、何した、これ、おかし、頭が溶けそ……いやだ」
「安心しろ、医療麻薬のようなものだ」
 安心させるかのように説明されたが何ら救いにはならなかった。

「ほんとムリ、抜いてくれ」
「まだ挿れてないぞ」
 薬を抜いてくれと言ったのにシヴァイツはおっさんのような事を言う。
 抵抗と拒否を述べるドエンの陰茎は事実、ゆるく芯を持ったに過ぎない。シヴァイツがヴァンパイアの媚薬を施し、しつこく全身に愛撫を加えているにもかかわらず、だ。
「━━ッ、どうせまともに反応しないんだ、面白みもないだろ」
「別にお前が勃たなくても構いはせんが、お互い楽しんだ方がいいだろう?」
 インポテンツと思われた方がラクだったがシヴァイツはあっさりとポジションを宣言する。言われなくても自分が挿れられる方だろうとは思っていたが。
 自分の身体が好き勝手蹂躙される様を見せつけられるのに抵抗できないこの状況で、覚えるのが恐怖や焦りだけではないのが本当に嫌だった。

 気が済むまで上半身と陰茎をいじり倒したシヴァイツはドエンの尻を撫でる。こっちの番だとでも言うような手付きだ。
「心配しなくても勃たせてやるよ」
 本当に、心の底から余計なお世話だと思った。
 首が置かれたサイドチェストの引き出しに手を伸ばし、大きなボトルを取りだした時には「はじめからこのつもりだったか」と強い怒りを覚える。
 しかしそれも長続きはしなかった。

 グチグチと粘性の水音が部屋に響く中、ドエンはシーツを掴んで必死で声を堪える。
 勃たないと言っている物をローションを纏う手筒で扱かれ、内側から腹のなかのしこりを刺激され無理矢理反応させられる。医者だからかその手は実に器用で、吸血鬼の催淫能力と相まってドエンの陰茎は実に久しぶりに完全に勃立していた。
 強制的に勃起させられ、射精感が頭をもたげるが達するには足りない。ドエン本人が望んでおらず抵抗しているのだからなおの事だ。

「いやだ、やめてくれ、たのむ」
 ドエンの切れ長で魅力的だと言われるまなじりは濡れ、緑の瞳が潤んでいる。
「何をそんなに怖がる?」
「アンタっ、よくそんな事が言えたもんだなっ」
「お前が怖がってるのは俺じゃないだろう?」
 また唐突にドエン本人でさえ気付いていなかった核心をついて来る。
 いつもこうだ。
 この医者はまっすぐに本質のみを突いてくる。こんな物言いで患者の対応が出来るのかとからかった事もある。そしてだからこそ知っている。
 この男の質問からは逃れられない事を。

「イきたくないんだ!」
 恥を忍んで正直に告白した。
「男に生まれて何を言ってるんだか」
 おかしそうにシヴァイツは笑う。

「怖いんだ! イくのが、怖い。射精するのが嫌なんだ」
 それを聞いた瞬間シヴァイツの心は歓喜に震え、ドエンは子供のようにイヤイヤを繰り返した。
 インキュバスを強姦しようとした夜、ドエンは彼の能力によりなんの刺激も与えていないというのに不規則なタイミングで突如、強制的に絶頂させられるという反撃を受けた。それも連続絶で。いつ終わるかも分からない突然の連続絶頂はただただ恐怖でしかなかった。

ディールライバル作家の恋人を強姦しようとした結果、返り討ちにされて勃起不全の射精障害か。自業自得だな」
 冷酷な口調で言い放ちながらシヴァイツは口元に笑みを刻む。
 まったく、ディールの恋人は最高だな。
 嗜虐心が喜びに小躍りしているかのようだ。こんなに胸が弾むなどこれまであっただろうか。

『神の目で診て 神の手で看る』
 そう讃えられるシヴァイツのその手は器用で巧みで、的確にドエンを焦らし、追い詰める。
 後孔に複数の指が入り、指を広げられているのが分かる。
 限界だった。これ以上はまずい。
「もういやだ、やめろ、やめて、やめてくれ、わるかった、頼む、お願いだ、やめてくれ」
 みじめったらしく泣いて詫びてでも終わらせてほしい。どんな醜態でも晒してでも終わらせたい。追い詰められながらも脳は自然と打算している。負けるが勝ちだ。
 しかしその打算をシヴァイツは見逃さなかった。
「まったく」
 困ったようなシヴァイツの声にドエンの心は喜色に染まる。呆れて、中断が許されたのかと思ったのだ。

「お前のそう言う所がたまらないんだ。そうやってすぐ人をいいように使おうとする。他人を利用しようという魂胆が見え見えなのに自分は賢くうまくやっていると思っている所が本当に滑稽で愛おしく感じるよ」
 咄嗟に、思いがけない力が出た。羞恥に渾身の力で体をひねり、右腕を振り上げて背後に覆いかぶさる男を跳ね除けようとするが筋肉の動きをいち早く察知したシヴァイツはそれをやすやすと躱す。
「くっそ、偉そうに! 人の顔色ばっかりうかがいやがって!」
「当然だ。人の顔色を窺うのが俺の仕事だぞ?」
 振り上げた腕は瞬時に背中で捻り上げられ再度、先ほどよりきつく拘束されたドエンは痛みに呻く。

「理性で拒否して抵抗するのに、体は本能に従って素直なのが一番そそられる。流されまいと涙目で抗うなんて最高だ」
「最悪だな。それでも医者かよ」
「医者なんてものはどこかしらぶっ壊れてるもんだ」
 こんな状況だというのに、ドエンはシヴァイツの吐いたそのフレーズを書き留めたいと思った。
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