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【本編】腹ペコ淫魔のヤケ酒に媚薬
15、部屋割りを巡る協議に本人が参戦する
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大した自信だ。
部屋で待ち伏せし、戻ったディールを魅了してペロリと行く気なんだろう。胸を強調するような立ち姿は一晩で溺れさせ奪い尽くすという自信とガッツに溢れている。
さすがはサキュバス。ルクスは思わず他人事のように称賛してしまった。それくらい冷静だった。
「わかった。オルソン先生に君に鍵を渡していいか聞いてくるよ」
「は!? アンタ何言ってンの? 馬鹿じゃないの?」
あっさり踵を返そうとするルクスの二の腕をナイスバディサキュバスが慌ててつかんだ。
「当然じゃないか。鍵だよ? 貴重品も部屋に置いてるのに」
ルクスは呆れた風を装って言って続ける。
「君の言いたい事は分かるよ。オルソン先生は才能のある作家だしね。独占する気はないよ。誘惑するなら勝手にすればいい。選ぶのは彼だ」
「大した自信じゃないの。平均顔のくせして」
自分が地味顔だという自覚は嫌というほどあるルクスだが、それを今日初めて会った他人にこうもこき下ろされる理由もない。
「言っとくけど僕は君に何を言われたか、すべて彼に言うよ? 本当に不思議なんだけどどうして僕が黙っていると思うのかな」
このテの展開はお約束だ。よく見掛ける。今女子生徒の間で流行っている令嬢モノと呼ばれる創作物では実に高確率で発生している。
ぶっちゃけ現実ではありえないだろうと思っていたが、まさかこれまた当事者になろうとは。
男のプライドで告げ愚痴をしないとでも思うのか。
言いつけるに決まってるじゃないか。
何かネタになるかもしれないし。
こういう事をするならあらかじめ絶対的な弱みをつかんで圧倒的優位に立ってから来いというものだ。ルクスが先ほど首なし男にして見せたように。
こういう事は『こちらが弱みを握っている』から好き勝手出来るのであって、だからこそ首なし男にはまさに蹂躙というに相応しい好き勝手が出来たのだ。
なんの弱みもないのだから遠慮も不要である。
ルクスは疲れているのだ。
不本意ながらこんな都会まで連れて来られて、住む世界の違いを見せつけられて、訳の分からない首なし男にからまれ、恋人がナイスバディ美女と話すのを見せられて。日頃温厚と言われ、子供達からはチョロいと認定されているルクス先生もいい加減堪忍袋の緒が切れそうだ。
「そもそも僕を馬鹿にしてるつもりなんだろうけど、君は僕を選んで連れて来た彼を馬鹿にしてるって事だよ。僕はそれが許せない」
周囲には他にも聞いている人がいる。
君は彼等を味方につけたかったのかもしれないけどどうかな。ルクスは明日になれば田舎に帰る人間だ。後の事など知ったことではないと開き直った。
非常識に人を貶すような人間をディールは軽蔑する。それは作品を読めばすぐにわかる事だ。
「彼が要らないと言うなら従う。でも彼が僕を望んでくれる間は僕から離れる気はないよ」
断言した。
若い娘に大人げない? 言いたければ言えばいい。淫魔同士なんてこんなモンだ。たぶん。
「ルクスさん」
担当編集者のライアが声を掛ける。先ほどまできれいに整っていた蛇髪は広がり、毛が逆立つように蛇達がうねうねと揺れていた。蛇達の鋭い視線はみなサキュバスに向けられ中には口を開けあからさまに威嚇する蛇までおり、あまりの迫力にサキュバスがたじろぐほどだ。
「お待たせしてしまって申し訳ございませんでした。あちらで先生が瀕死です」
は?
ルクスがそちらを見やると大きな男が口元を覆い、目があったかと思うとぱっと視線を外した。いつになく顔が赤いような気がする。
うわ、聞かれたのか。そう悟るや否やルクスも愕然とし赤面した。
あわあわと二人真っ赤になっている様に編集者は見てみなさいと言わんばかりの勝ち誇った様子で笑みを浮かべて巨乳娘を見た。
「貴女は先生の作品をご覧になりました?」
尋ねはしたライアだが絶対に読んでいないだろうと思っていた。もしくは恐ろしく読解力が無いか。
「当たり前じゃない」
当然だと巨乳娘はご自慢の胸を反らすが、ライアが睨んだ通り巨乳娘はネタバレやクチコミを読んだだけだ。
「そうですか。あれを読んでよく先生に迫ろうなんて思えましたね」
あれほど強烈で真摯な愛の叫びを目にしながらよくも近付いて来られたものだ。赤い唇の口角が上がる。編集者のそれは嘲笑だった。
歴戦をくぐって来たメデューサのそれは圧倒的で大変恐ろしかった。
こわい。都会にはこういう怖い女性が実はウヨウヨいたりするのかな。
ルクスは生徒達から借りた数多のフィクションに想いを馳せてしばし現実から逃避した。
「彼に今夜部屋を代わっていただけないかお願いしていたんです」
ハイ直球。妖艶にディールに笑いかけるナイスバディに感心すると同時にルクスは呆れた。
はじめからそうすりゃいいんだよ。サキュバスなんだから。
さて対するディールはどんな反応かと隣に来た大男を見上げたルクスはヒュッと息を飲んだ。
悪鬼がそこにいた。
表情こそ眉間を険しくしただけだが全身から立ちのぼる怒りのオーラを隠そうともしていない。それはまさしく怒り狂うオーガの姿だ。その大きな手がルクスの腰を抱く。
「彼を譲る気はないよ」
突き上げる怒りを押し殺すような低い声だった。
ディールの力強い宣言に、ルクスとナイスバディは思わずたじろぐと同時に困惑した。
ん? どういうコト? 何を言っているんだという、両者完全に戸惑っている顔だ。
そこへなりゆきを静観していたライアがすっと身を乗り出す。
「オルソン先生、彼女はルクスさんを自室に呼ぼうとしているのではなくて、ルクスさんの代わりに先生の部屋に行きたいとおっしゃったんじゃないかと」
貼り付けたようなきれいな笑顔の奥でライアはオーラで語る。まったく恋人の事になるとポンコツなんだから。言葉のプロフェッショナルなのに、と。
「ああ━━なるほど。失礼。てっきり彼を自分の部屋に誘っているのかと思って」
『ルクスを誘惑している』と解釈したと弁明めいたものを零すディールにルクスは愕然とした。
いやいやナイだろ。
対してディールは穏やかな笑顔で照れて見せる。
「申し訳ない。少し取り乱してしまった」
本当にトチ狂ってる。なに照れてんだ。
なんで僕がナイスバディサキュバスに言い寄られてるなんて思うんだよ。モテないって言ってるだろ!
「なんとかは盲目といいますから」
ルクスの心の叫びに答えるようにライアがほほ笑んだ。
「そうか……そう言う事か……申し訳ない。お誘いは嬉しいが私は実直で知性が感じられる人が好みでね」
しみじみと熟考し噛みしめるようにしながら申し訳ないと拒絶を繰り返し、『ひねくれたバカはタイプじゃない』の同義をディールは実に丁寧な態度で言い放った。
ライアの髪の毛の蛇達がするすると動き元通りきれいに整えられて行く。まるで「気が済んだ」と言わんばかりに。
いいなぁ、カット代かからなさそうだなぁ。
かつて多額の食事代がかかり節約のためいつも髪は『当分切らなくて済むように大人としての限界まで短く』とオーダーしているルクスは再度現実から逃げるようにそんな事を思う中、ナイスバディサキュバスは小さく笑う。
「実直」
ナイスバディは吐き捨てるように言って挑戦的な笑みを浮かべる。
「よその男の精液の匂いさせてる男に何言ってんだか」
勝ち気美女のそれは完全に勝ち誇った顔だった。
振り返り目を瞠ってこちらを見て来るディールにルクスは肩をすくめて見せる。真実なので無駄に取り繕う気はなかった。
「不心得者を退出させただけだって」
ルクスが答えた直後ディールは大げさなほどの動きでルクスの両肩をつかむ。
「何があった? 怪我はないか?」
ルクスがあしらう事が出来るのは「不埒な事を考える輩」に限定される。それを知るディールは血相を変えた。
頬に手を添え全身をチェックしているディールと、公然の場では慎めとばかりに抵抗するルクスの姿を見たナイスバディは「━━は?」と素っ頓狂な疑問の声を上げる。
「魅了使ってないの?」
「当たり前だろ」
ナイスバディの問いにルクスは何を言っているんだとばかりに露骨に嫌な顔をした。
大なり小なり淫魔の能力でベストセラー作家を虜にしている物だと思っていたナイスバディもまた眉間に皺を寄せる。
男が自分をどう見るか熟知している彼女は淫魔の能力を使わずして自分の身と話術だけで男を落とす事に満足感を覚えて来た。よってディールに対しても普段通り真っ向から勝負を挑んだというのに。
なによそれ。
同じ条件でこんな地味な男を選ぶなんて。
ナイスバディはルクスと寄りそうディールを見比べ、ひどく嫌そうな顔をした。
こんなの、茶番にも程があるじゃないの。
馬鹿馬鹿しい。
「まったくきみは……ちょっと目を離すと次から次へと口説かれて。困った男だな」
ディールの言葉にルクスは再度半眼となった。呆れて開いた口が塞がらない気分だ。
しかし前髪を掻き上げながら心底まいったように言うその姿はおそろしくセクシーで。
部屋に戻りたい。猛烈な衝動に駆られる。
いち早くそれに気付いたのは淫気に敏い淫魔であるナイスバディだった。
「ちょっと」
「失礼」
淫気垂れ流してるんじゃないわよという非難のようであり窘めるようなナイスバディにルクスは飄々と形だけの詫びを入れた。
そんな阿吽の呼吸のやり取りを交わす淫魔二人にディールの男らしい眉がぴくりと跳ねる。
腰に戻された手に力が込められる感覚にルクスは傍らのディールを見上げて尋ねた。
「まだいる?」
ディールを見上げるルクスの瞳には言いようのない熱が滲んでいる。
「いや、もう戻ろう」
「だね」
お互いそんな会話はしたが確認するまでもない。
女性達への挨拶もそこそこに部屋へと急ぐ二人を見送りながらライアがナイスバディに目をやる。
「『愛のほとばしり』読み返されますか? ご用意しますが」
笑顔で問うて来るライアにナイスバディは鼻を鳴らした。
「要らないわ。いくらベストセラー作家でもあんな趣味の悪い見る目のない男ご免よ。とりあえず飲んで、その辺りで適当なのひっかけるわ」
「ほどほどになさってくださいね」
気持ちがいいほどの負け惜しみを吐く引き際をわきまえたナイスバディにライアはほほ笑む。それは出版界を荒らすなと釘を刺す実に迫力ある笑顔だった。
部屋で待ち伏せし、戻ったディールを魅了してペロリと行く気なんだろう。胸を強調するような立ち姿は一晩で溺れさせ奪い尽くすという自信とガッツに溢れている。
さすがはサキュバス。ルクスは思わず他人事のように称賛してしまった。それくらい冷静だった。
「わかった。オルソン先生に君に鍵を渡していいか聞いてくるよ」
「は!? アンタ何言ってンの? 馬鹿じゃないの?」
あっさり踵を返そうとするルクスの二の腕をナイスバディサキュバスが慌ててつかんだ。
「当然じゃないか。鍵だよ? 貴重品も部屋に置いてるのに」
ルクスは呆れた風を装って言って続ける。
「君の言いたい事は分かるよ。オルソン先生は才能のある作家だしね。独占する気はないよ。誘惑するなら勝手にすればいい。選ぶのは彼だ」
「大した自信じゃないの。平均顔のくせして」
自分が地味顔だという自覚は嫌というほどあるルクスだが、それを今日初めて会った他人にこうもこき下ろされる理由もない。
「言っとくけど僕は君に何を言われたか、すべて彼に言うよ? 本当に不思議なんだけどどうして僕が黙っていると思うのかな」
このテの展開はお約束だ。よく見掛ける。今女子生徒の間で流行っている令嬢モノと呼ばれる創作物では実に高確率で発生している。
ぶっちゃけ現実ではありえないだろうと思っていたが、まさかこれまた当事者になろうとは。
男のプライドで告げ愚痴をしないとでも思うのか。
言いつけるに決まってるじゃないか。
何かネタになるかもしれないし。
こういう事をするならあらかじめ絶対的な弱みをつかんで圧倒的優位に立ってから来いというものだ。ルクスが先ほど首なし男にして見せたように。
こういう事は『こちらが弱みを握っている』から好き勝手出来るのであって、だからこそ首なし男にはまさに蹂躙というに相応しい好き勝手が出来たのだ。
なんの弱みもないのだから遠慮も不要である。
ルクスは疲れているのだ。
不本意ながらこんな都会まで連れて来られて、住む世界の違いを見せつけられて、訳の分からない首なし男にからまれ、恋人がナイスバディ美女と話すのを見せられて。日頃温厚と言われ、子供達からはチョロいと認定されているルクス先生もいい加減堪忍袋の緒が切れそうだ。
「そもそも僕を馬鹿にしてるつもりなんだろうけど、君は僕を選んで連れて来た彼を馬鹿にしてるって事だよ。僕はそれが許せない」
周囲には他にも聞いている人がいる。
君は彼等を味方につけたかったのかもしれないけどどうかな。ルクスは明日になれば田舎に帰る人間だ。後の事など知ったことではないと開き直った。
非常識に人を貶すような人間をディールは軽蔑する。それは作品を読めばすぐにわかる事だ。
「彼が要らないと言うなら従う。でも彼が僕を望んでくれる間は僕から離れる気はないよ」
断言した。
若い娘に大人げない? 言いたければ言えばいい。淫魔同士なんてこんなモンだ。たぶん。
「ルクスさん」
担当編集者のライアが声を掛ける。先ほどまできれいに整っていた蛇髪は広がり、毛が逆立つように蛇達がうねうねと揺れていた。蛇達の鋭い視線はみなサキュバスに向けられ中には口を開けあからさまに威嚇する蛇までおり、あまりの迫力にサキュバスがたじろぐほどだ。
「お待たせしてしまって申し訳ございませんでした。あちらで先生が瀕死です」
は?
ルクスがそちらを見やると大きな男が口元を覆い、目があったかと思うとぱっと視線を外した。いつになく顔が赤いような気がする。
うわ、聞かれたのか。そう悟るや否やルクスも愕然とし赤面した。
あわあわと二人真っ赤になっている様に編集者は見てみなさいと言わんばかりの勝ち誇った様子で笑みを浮かべて巨乳娘を見た。
「貴女は先生の作品をご覧になりました?」
尋ねはしたライアだが絶対に読んでいないだろうと思っていた。もしくは恐ろしく読解力が無いか。
「当たり前じゃない」
当然だと巨乳娘はご自慢の胸を反らすが、ライアが睨んだ通り巨乳娘はネタバレやクチコミを読んだだけだ。
「そうですか。あれを読んでよく先生に迫ろうなんて思えましたね」
あれほど強烈で真摯な愛の叫びを目にしながらよくも近付いて来られたものだ。赤い唇の口角が上がる。編集者のそれは嘲笑だった。
歴戦をくぐって来たメデューサのそれは圧倒的で大変恐ろしかった。
こわい。都会にはこういう怖い女性が実はウヨウヨいたりするのかな。
ルクスは生徒達から借りた数多のフィクションに想いを馳せてしばし現実から逃避した。
「彼に今夜部屋を代わっていただけないかお願いしていたんです」
ハイ直球。妖艶にディールに笑いかけるナイスバディに感心すると同時にルクスは呆れた。
はじめからそうすりゃいいんだよ。サキュバスなんだから。
さて対するディールはどんな反応かと隣に来た大男を見上げたルクスはヒュッと息を飲んだ。
悪鬼がそこにいた。
表情こそ眉間を険しくしただけだが全身から立ちのぼる怒りのオーラを隠そうともしていない。それはまさしく怒り狂うオーガの姿だ。その大きな手がルクスの腰を抱く。
「彼を譲る気はないよ」
突き上げる怒りを押し殺すような低い声だった。
ディールの力強い宣言に、ルクスとナイスバディは思わずたじろぐと同時に困惑した。
ん? どういうコト? 何を言っているんだという、両者完全に戸惑っている顔だ。
そこへなりゆきを静観していたライアがすっと身を乗り出す。
「オルソン先生、彼女はルクスさんを自室に呼ぼうとしているのではなくて、ルクスさんの代わりに先生の部屋に行きたいとおっしゃったんじゃないかと」
貼り付けたようなきれいな笑顔の奥でライアはオーラで語る。まったく恋人の事になるとポンコツなんだから。言葉のプロフェッショナルなのに、と。
「ああ━━なるほど。失礼。てっきり彼を自分の部屋に誘っているのかと思って」
『ルクスを誘惑している』と解釈したと弁明めいたものを零すディールにルクスは愕然とした。
いやいやナイだろ。
対してディールは穏やかな笑顔で照れて見せる。
「申し訳ない。少し取り乱してしまった」
本当にトチ狂ってる。なに照れてんだ。
なんで僕がナイスバディサキュバスに言い寄られてるなんて思うんだよ。モテないって言ってるだろ!
「なんとかは盲目といいますから」
ルクスの心の叫びに答えるようにライアがほほ笑んだ。
「そうか……そう言う事か……申し訳ない。お誘いは嬉しいが私は実直で知性が感じられる人が好みでね」
しみじみと熟考し噛みしめるようにしながら申し訳ないと拒絶を繰り返し、『ひねくれたバカはタイプじゃない』の同義をディールは実に丁寧な態度で言い放った。
ライアの髪の毛の蛇達がするすると動き元通りきれいに整えられて行く。まるで「気が済んだ」と言わんばかりに。
いいなぁ、カット代かからなさそうだなぁ。
かつて多額の食事代がかかり節約のためいつも髪は『当分切らなくて済むように大人としての限界まで短く』とオーダーしているルクスは再度現実から逃げるようにそんな事を思う中、ナイスバディサキュバスは小さく笑う。
「実直」
ナイスバディは吐き捨てるように言って挑戦的な笑みを浮かべる。
「よその男の精液の匂いさせてる男に何言ってんだか」
勝ち気美女のそれは完全に勝ち誇った顔だった。
振り返り目を瞠ってこちらを見て来るディールにルクスは肩をすくめて見せる。真実なので無駄に取り繕う気はなかった。
「不心得者を退出させただけだって」
ルクスが答えた直後ディールは大げさなほどの動きでルクスの両肩をつかむ。
「何があった? 怪我はないか?」
ルクスがあしらう事が出来るのは「不埒な事を考える輩」に限定される。それを知るディールは血相を変えた。
頬に手を添え全身をチェックしているディールと、公然の場では慎めとばかりに抵抗するルクスの姿を見たナイスバディは「━━は?」と素っ頓狂な疑問の声を上げる。
「魅了使ってないの?」
「当たり前だろ」
ナイスバディの問いにルクスは何を言っているんだとばかりに露骨に嫌な顔をした。
大なり小なり淫魔の能力でベストセラー作家を虜にしている物だと思っていたナイスバディもまた眉間に皺を寄せる。
男が自分をどう見るか熟知している彼女は淫魔の能力を使わずして自分の身と話術だけで男を落とす事に満足感を覚えて来た。よってディールに対しても普段通り真っ向から勝負を挑んだというのに。
なによそれ。
同じ条件でこんな地味な男を選ぶなんて。
ナイスバディはルクスと寄りそうディールを見比べ、ひどく嫌そうな顔をした。
こんなの、茶番にも程があるじゃないの。
馬鹿馬鹿しい。
「まったくきみは……ちょっと目を離すと次から次へと口説かれて。困った男だな」
ディールの言葉にルクスは再度半眼となった。呆れて開いた口が塞がらない気分だ。
しかし前髪を掻き上げながら心底まいったように言うその姿はおそろしくセクシーで。
部屋に戻りたい。猛烈な衝動に駆られる。
いち早くそれに気付いたのは淫気に敏い淫魔であるナイスバディだった。
「ちょっと」
「失礼」
淫気垂れ流してるんじゃないわよという非難のようであり窘めるようなナイスバディにルクスは飄々と形だけの詫びを入れた。
そんな阿吽の呼吸のやり取りを交わす淫魔二人にディールの男らしい眉がぴくりと跳ねる。
腰に戻された手に力が込められる感覚にルクスは傍らのディールを見上げて尋ねた。
「まだいる?」
ディールを見上げるルクスの瞳には言いようのない熱が滲んでいる。
「いや、もう戻ろう」
「だね」
お互いそんな会話はしたが確認するまでもない。
女性達への挨拶もそこそこに部屋へと急ぐ二人を見送りながらライアがナイスバディに目をやる。
「『愛のほとばしり』読み返されますか? ご用意しますが」
笑顔で問うて来るライアにナイスバディは鼻を鳴らした。
「要らないわ。いくらベストセラー作家でもあんな趣味の悪い見る目のない男ご免よ。とりあえず飲んで、その辺りで適当なのひっかけるわ」
「ほどほどになさってくださいね」
気持ちがいいほどの負け惜しみを吐く引き際をわきまえたナイスバディにライアはほほ笑む。それは出版界を荒らすなと釘を刺す実に迫力ある笑顔だった。
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