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【本編】腹ペコ淫魔のヤケ酒に媚薬
10、愛のほとばしり【下】-2
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「顔色が悪い」
ディールはルクスのやつれた頬に手を添えて表情を曇らせる。
「心配させて悪かった」
真摯な詫びとつらそうな表情に自分への思いやりを感じ取ったルクスは言葉に詰まった。
作品を読めば分かってしまった。ディールがいかにルクスを大切に思っているか。でかい図体で普段泰然とした男がいかにいじらしく恋慕を寄せているか。
冗談でも「挿入可能な唯一の穴ですもんねー」なんて軽口にするのも憚られるほどだった。
二周目を読み終え感動と感嘆にごちゃごちゃの興奮の中ふと「これ『僕を』とか言ってたよな」と思い出したルクスはヒュッと喉を鳴らしたあと悶絶した。
言語教師たるルクスは登場人物の心情を丁寧に読み解こうとする癖がついている。それが長年のファンであるガスティール・オルソンの作品となればなおの事で。
こんな状態で抱かれるのは怖い。ずっと愛読していた作家が自分の為に自分を想って執筆する。それは熱烈な求愛だ。しかも捧げられたそれは間違いなく伝説になるであろう一作。
一層強くなるディールの濃く重い淫気に頭が痺れ、体は期待と不安に震える。
上下巻の発売に2週間の間が設けたのはもちろん話題性を狙ったこともあるが、大きな理由は『実験』と『取材』だ。それとちょっとばかりルクスを怒らせてみたかった。怒って『おちんぽ様』とか口にしてくれないかな、と。
ガスティール・オルソンは下巻発売後、インタビューに応じ作品について答えている。もちろんいつも通り書面での対応だが、彼にしては実に早い段階での対応だった。
あらかじめ一種の炎上商法と言われるのは想定しており、その謝罪までが計画の内だ。
『炎上というものに興味があり、燻り熾る所から消火までの一連の流れと、その後始末が知りたかった。リアリティを求めるのなら体験するのが一番手っ取り早い。人の攻撃性と矛盾、理不尽。そこに晒されて受けるダメージ。法的措置の手順までとてもいい経験をさせてもらっている』
それはガスティール・オルソンからの近年の炎上問題に対するメッセージでもあった。彼は人格者で人として大変偉大な人物だった。鬼であるが。
『炎上商法と言われるのは当然だ。出版社からは考え直すようアドバイスがあったが無理を言って実現していただいた。以前からの読者からお叱りをいただいたし、たくさんの方に心配をかけ大変申し訳ない事をしてしまった。今回の経験を今後の作品に活かすことで返していきたい』
実際には出版社の反対はなかったがそこはより丸く事を納めるための方便である。
ディールがここで言った叱責と心配はルクスから向けられたものだけが該当し、それ以外の想定内の喧騒など本人はどこ吹く風だ。
騒ぎに乗じた心無い攻撃的な批判も形をひそめ、炎上騒ぎは完全に鎮火した。世間はもう次回作へ期待を寄せている。
本当は一か月以上の間を開けた方がより深い検証が出来たのだが、ディールはそれを良しとしなかった。
騒ぎが自然鎮火してしまうと実験は失敗となり、下巻が発売されても世間の興味が薄れていれば「あのガスティール・オルソンが突如品のない濃厚エロ小説を出版した」という黒歴史的ダメージだけが残る危険性がある。
なにより二週間で禁欲の限界が来るだろうという自己判断だ。
主にこれが最大の理由だ。
同時にルクスの腹具合も心配だった。ルクスが軽蔑して距離をおく可能性が考えられた。
その間、空腹のあまりまた娼館に行くような事になればディールも後悔する。以前は月に二、三回程度娼館で「食事」していたらしい。それを踏まえての二週間という決定だった。
黒歴史になればなったでそれはいい。出版社サイドにはとても言えないがディールは実はそう思っていた。世間が何と言おうとルクスは絶対に下巻を読むだろうから。
「ルクス」
ルクスは耳元で囁くように呼ばれる。相変わらず胸を打つようないい声だ。
穏やかな声には官能的な響きしかない。見返したそこには悠然とした笑み。瞳は本性を隠そうともせずぎらついている。
ルクスの頬に手を添えたまま少し硬い指が耳の輪郭をなぞる。オーガの大きな手だ。この手が繊細で美しい言葉を紡ぎ出すのだと思うとルクスの腹が突如くぅ、と空腹を訴えてきた。
この二週間、まったく食欲がなかったというのに。
身を屈めるようにして唇が寄せられればそれだけで芳醇な酒にあてられたような感覚に襲われる。触れる前からすでに捕らわれ、自然と喉が鳴る。
「腹が減っただろう?」
重ねて耳元で囁かれるそれにルクスの胸がきゅぅと切なく締め付けられる。しっぽの下の、オルソン先生の言う「慎ましく素直なかわいい蕾」も。
唇が触れればこみ上げる愛おしさに胸がいっぱいになる。めまいさえしそうだ。
たまらくなってディールの首に両腕をからめる。交わす唾液も、咥内で分け合う空気さえもが甘く、それはいつか口にした媚薬などよりずっと強烈にルクスを揺さぶり高揚させる。
食らいつき、貪り尽くそう。
剥きだしにされる欲望はどちらのものか━━
本能がほとばしる。
■■■Fin■■■
のちにベストセラー『愛のほとばしり』が恋人のインキュバスの為に書かれたと知った「先生のネーミングセンスだけは! ネーミングセンスだけはぁぁ!」だった担当編集者のお姉さんは「嘘でしょ!?」と絶叫します。
「こんな事言っちゃいけないのは分かってる! 分かってるけど! もう『先生が子供に変な名前つけて作家生命終わるんじゃないか』とか心配しなくていいってこと!? 天は我を見放さなかったぁぁぁ! 神さまありがとぉぉう!」って天を見上げて両手でガッツポーズする。
とにかく「オラオラ・淫語」が書きたかったのです。
思いがけず「ラブラブやんけお前ら」になりました。
めずらしくきれいな終わらせ方が出来てしまいエロを足す余地がなかった……
ちょっと書きたい構想があるので続編を書き始めていますが、まとまらずに断念したらごめんなさい。
この度は最後までお読みいただきありがとうございました。
ディールはルクスのやつれた頬に手を添えて表情を曇らせる。
「心配させて悪かった」
真摯な詫びとつらそうな表情に自分への思いやりを感じ取ったルクスは言葉に詰まった。
作品を読めば分かってしまった。ディールがいかにルクスを大切に思っているか。でかい図体で普段泰然とした男がいかにいじらしく恋慕を寄せているか。
冗談でも「挿入可能な唯一の穴ですもんねー」なんて軽口にするのも憚られるほどだった。
二周目を読み終え感動と感嘆にごちゃごちゃの興奮の中ふと「これ『僕を』とか言ってたよな」と思い出したルクスはヒュッと喉を鳴らしたあと悶絶した。
言語教師たるルクスは登場人物の心情を丁寧に読み解こうとする癖がついている。それが長年のファンであるガスティール・オルソンの作品となればなおの事で。
こんな状態で抱かれるのは怖い。ずっと愛読していた作家が自分の為に自分を想って執筆する。それは熱烈な求愛だ。しかも捧げられたそれは間違いなく伝説になるであろう一作。
一層強くなるディールの濃く重い淫気に頭が痺れ、体は期待と不安に震える。
上下巻の発売に2週間の間が設けたのはもちろん話題性を狙ったこともあるが、大きな理由は『実験』と『取材』だ。それとちょっとばかりルクスを怒らせてみたかった。怒って『おちんぽ様』とか口にしてくれないかな、と。
ガスティール・オルソンは下巻発売後、インタビューに応じ作品について答えている。もちろんいつも通り書面での対応だが、彼にしては実に早い段階での対応だった。
あらかじめ一種の炎上商法と言われるのは想定しており、その謝罪までが計画の内だ。
『炎上というものに興味があり、燻り熾る所から消火までの一連の流れと、その後始末が知りたかった。リアリティを求めるのなら体験するのが一番手っ取り早い。人の攻撃性と矛盾、理不尽。そこに晒されて受けるダメージ。法的措置の手順までとてもいい経験をさせてもらっている』
それはガスティール・オルソンからの近年の炎上問題に対するメッセージでもあった。彼は人格者で人として大変偉大な人物だった。鬼であるが。
『炎上商法と言われるのは当然だ。出版社からは考え直すようアドバイスがあったが無理を言って実現していただいた。以前からの読者からお叱りをいただいたし、たくさんの方に心配をかけ大変申し訳ない事をしてしまった。今回の経験を今後の作品に活かすことで返していきたい』
実際には出版社の反対はなかったがそこはより丸く事を納めるための方便である。
ディールがここで言った叱責と心配はルクスから向けられたものだけが該当し、それ以外の想定内の喧騒など本人はどこ吹く風だ。
騒ぎに乗じた心無い攻撃的な批判も形をひそめ、炎上騒ぎは完全に鎮火した。世間はもう次回作へ期待を寄せている。
本当は一か月以上の間を開けた方がより深い検証が出来たのだが、ディールはそれを良しとしなかった。
騒ぎが自然鎮火してしまうと実験は失敗となり、下巻が発売されても世間の興味が薄れていれば「あのガスティール・オルソンが突如品のない濃厚エロ小説を出版した」という黒歴史的ダメージだけが残る危険性がある。
なにより二週間で禁欲の限界が来るだろうという自己判断だ。
主にこれが最大の理由だ。
同時にルクスの腹具合も心配だった。ルクスが軽蔑して距離をおく可能性が考えられた。
その間、空腹のあまりまた娼館に行くような事になればディールも後悔する。以前は月に二、三回程度娼館で「食事」していたらしい。それを踏まえての二週間という決定だった。
黒歴史になればなったでそれはいい。出版社サイドにはとても言えないがディールは実はそう思っていた。世間が何と言おうとルクスは絶対に下巻を読むだろうから。
「ルクス」
ルクスは耳元で囁くように呼ばれる。相変わらず胸を打つようないい声だ。
穏やかな声には官能的な響きしかない。見返したそこには悠然とした笑み。瞳は本性を隠そうともせずぎらついている。
ルクスの頬に手を添えたまま少し硬い指が耳の輪郭をなぞる。オーガの大きな手だ。この手が繊細で美しい言葉を紡ぎ出すのだと思うとルクスの腹が突如くぅ、と空腹を訴えてきた。
この二週間、まったく食欲がなかったというのに。
身を屈めるようにして唇が寄せられればそれだけで芳醇な酒にあてられたような感覚に襲われる。触れる前からすでに捕らわれ、自然と喉が鳴る。
「腹が減っただろう?」
重ねて耳元で囁かれるそれにルクスの胸がきゅぅと切なく締め付けられる。しっぽの下の、オルソン先生の言う「慎ましく素直なかわいい蕾」も。
唇が触れればこみ上げる愛おしさに胸がいっぱいになる。めまいさえしそうだ。
たまらくなってディールの首に両腕をからめる。交わす唾液も、咥内で分け合う空気さえもが甘く、それはいつか口にした媚薬などよりずっと強烈にルクスを揺さぶり高揚させる。
食らいつき、貪り尽くそう。
剥きだしにされる欲望はどちらのものか━━
本能がほとばしる。
■■■Fin■■■
のちにベストセラー『愛のほとばしり』が恋人のインキュバスの為に書かれたと知った「先生のネーミングセンスだけは! ネーミングセンスだけはぁぁ!」だった担当編集者のお姉さんは「嘘でしょ!?」と絶叫します。
「こんな事言っちゃいけないのは分かってる! 分かってるけど! もう『先生が子供に変な名前つけて作家生命終わるんじゃないか』とか心配しなくていいってこと!? 天は我を見放さなかったぁぁぁ! 神さまありがとぉぉう!」って天を見上げて両手でガッツポーズする。
とにかく「オラオラ・淫語」が書きたかったのです。
思いがけず「ラブラブやんけお前ら」になりました。
めずらしくきれいな終わらせ方が出来てしまいエロを足す余地がなかった……
ちょっと書きたい構想があるので続編を書き始めていますが、まとまらずに断念したらごめんなさい。
この度は最後までお読みいただきありがとうございました。
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