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【本編】腹ペコ淫魔のヤケ酒に媚薬
8、愛のほとばしり【上】
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まず帯がいけなかった。
『唯一たる君へ』
上巻の表紙側の帯には隅の方にごく小さな文字で6文字のワンフレーズが一言刻まれただけだった。
これでみんな騙されたのだ。
超胸アツの純然たる恋愛小説だろうと。
確かにそれは恋愛小説といえば恋愛小説だ。だがファンが期待したものではなかった。
完全に「思ってたんと違う」ものだったのだ。
ルクスは知っている。
それが35歳にして脱素人童貞を果たし、有頂天になった男が思いつきで一気に書き上げたものだと。
長年のこじらせを派手にスパークさせてしまった結果だと。
匿名のコミュニティでは『童貞の自慰小説』とこき下ろされたが実はそれは限りなく正しいのだと。
「裏の『満たされたい』はきみが言ったやつだぞ」
裏表紙側の帯もその6文字のみだった。
帯としての機能を果たすのかと、それも話題になったのだが。
「僕ってヤツぁぁぁ! ていうかそんなこと言った覚えがないんですけど!?」
正しくは「いっぱいにしてぇぇ」だった。本文中ではばっちり登場している。帯用にインスピレーションを以て修正されただけの話だ。
そのタイトルは『愛のほとばしり』だ。
予備知識ゼロでは何も思わないが、読んだ後でタイトルと裏表紙の帯を並べて愕然とする。
頭がおかしい。どうかしている。何考えてんだ担当者、なんで許した出版社。
発売直後の反響は壮絶だった。多くの問題が指摘され批判と糾弾は苛烈なものだった。
その中でルクスが一つだけどうしても無視できない問題があった。
「売り方ぁぁ! 中学生でも読む子いるんですよ! いっそペンネーム変えるとかしても良かったじゃないですかね!?」
淫魔のいる世界に年齢制限などはないのだ。
「文章に貴賤は無いが」
多岐にわたる葛藤にいつになく激しい様子のルクスを相手にディールは困ったようにしながらも堂々と言ってのけ、ルクスはくぅぅと唸る。
「同意しかないですけど!」
ルクスの専攻は言語文学だった。
それでもこれは青春小説を期待して手にした中高生には刺激が強すぎる。
「まぁ確かに別名義でという話もあったんだ」
穏やかに切り出された声に、世間には出されていない裏情報の気配を感じたルクスのアンテナが激しく反応する。つい期待に胸を膨ませてしまったが━━
「『おちんぽハメ太郎』か『おちんぽ大好きハメ太郎』で悩んだんだが」
「なんで選択の余地がなくなるんだよ!」
ルクスは吠えた。
そんなのガスティール・オルソン一択にもなるわ!
編集者グッジョブだわ!
しかも全然違うならまだしも、なんでそんなどうでもいい微妙な違いなんだよ!
なに地味におちんぽブーム到来させてんだいい年こいて!
「ガスティール・オルソン」クラスの作家ともなれば、遅かれ早かれいつかは同一人物と判明するだろう。そうなったときこのペンネームはファンは泣く。確実に慟哭する。
そうだ、オルソン先生は名前を付けるのが苦手だと対談で言っていたと思い出してルクスは気付いてしまう。
ガスティール・オルソンは顔出しNG作家のため、彼の言葉は雑誌等の特集やインタビュー記事で得るしかない。
筆が早い彼は20冊近くの本を出し、短編も併せれば膨大な登場人物になる。
過去の作品の登場人物の名前との重複や酷似に担当者にダメだしされるとか、脇役などははじめから編集者に命名してもらうとか言ってた。
言ってたけど!
たんにネーミングセンスがないだけだろ!
ルクスは悲しい気持ちで二週間後の下巻発売を待った。
ここで彼の本を読むのをやめてしまう読者もいるだろう。そう思うとやりきれなかった。作家本人は実に飄々としているが。
普段は純文学を読まない層も『話題のえろ小説』と面白がって手に取ったが、ガスティール・オルソンの名を使った詐欺の様な売り方だと批判された。
これまでのファンからは多様な感想と失望の声が上がった。
あまりの作風の違いに同名の別作家ではないかという説まであがり、それならば作家も出版社も何を考えているんだと実に多方面で炎上した。
それはまさしく大炎上だった。
『唯一たる君へ』
上巻の表紙側の帯には隅の方にごく小さな文字で6文字のワンフレーズが一言刻まれただけだった。
これでみんな騙されたのだ。
超胸アツの純然たる恋愛小説だろうと。
確かにそれは恋愛小説といえば恋愛小説だ。だがファンが期待したものではなかった。
完全に「思ってたんと違う」ものだったのだ。
ルクスは知っている。
それが35歳にして脱素人童貞を果たし、有頂天になった男が思いつきで一気に書き上げたものだと。
長年のこじらせを派手にスパークさせてしまった結果だと。
匿名のコミュニティでは『童貞の自慰小説』とこき下ろされたが実はそれは限りなく正しいのだと。
「裏の『満たされたい』はきみが言ったやつだぞ」
裏表紙側の帯もその6文字のみだった。
帯としての機能を果たすのかと、それも話題になったのだが。
「僕ってヤツぁぁぁ! ていうかそんなこと言った覚えがないんですけど!?」
正しくは「いっぱいにしてぇぇ」だった。本文中ではばっちり登場している。帯用にインスピレーションを以て修正されただけの話だ。
そのタイトルは『愛のほとばしり』だ。
予備知識ゼロでは何も思わないが、読んだ後でタイトルと裏表紙の帯を並べて愕然とする。
頭がおかしい。どうかしている。何考えてんだ担当者、なんで許した出版社。
発売直後の反響は壮絶だった。多くの問題が指摘され批判と糾弾は苛烈なものだった。
その中でルクスが一つだけどうしても無視できない問題があった。
「売り方ぁぁ! 中学生でも読む子いるんですよ! いっそペンネーム変えるとかしても良かったじゃないですかね!?」
淫魔のいる世界に年齢制限などはないのだ。
「文章に貴賤は無いが」
多岐にわたる葛藤にいつになく激しい様子のルクスを相手にディールは困ったようにしながらも堂々と言ってのけ、ルクスはくぅぅと唸る。
「同意しかないですけど!」
ルクスの専攻は言語文学だった。
それでもこれは青春小説を期待して手にした中高生には刺激が強すぎる。
「まぁ確かに別名義でという話もあったんだ」
穏やかに切り出された声に、世間には出されていない裏情報の気配を感じたルクスのアンテナが激しく反応する。つい期待に胸を膨ませてしまったが━━
「『おちんぽハメ太郎』か『おちんぽ大好きハメ太郎』で悩んだんだが」
「なんで選択の余地がなくなるんだよ!」
ルクスは吠えた。
そんなのガスティール・オルソン一択にもなるわ!
編集者グッジョブだわ!
しかも全然違うならまだしも、なんでそんなどうでもいい微妙な違いなんだよ!
なに地味におちんぽブーム到来させてんだいい年こいて!
「ガスティール・オルソン」クラスの作家ともなれば、遅かれ早かれいつかは同一人物と判明するだろう。そうなったときこのペンネームはファンは泣く。確実に慟哭する。
そうだ、オルソン先生は名前を付けるのが苦手だと対談で言っていたと思い出してルクスは気付いてしまう。
ガスティール・オルソンは顔出しNG作家のため、彼の言葉は雑誌等の特集やインタビュー記事で得るしかない。
筆が早い彼は20冊近くの本を出し、短編も併せれば膨大な登場人物になる。
過去の作品の登場人物の名前との重複や酷似に担当者にダメだしされるとか、脇役などははじめから編集者に命名してもらうとか言ってた。
言ってたけど!
たんにネーミングセンスがないだけだろ!
ルクスは悲しい気持ちで二週間後の下巻発売を待った。
ここで彼の本を読むのをやめてしまう読者もいるだろう。そう思うとやりきれなかった。作家本人は実に飄々としているが。
普段は純文学を読まない層も『話題のえろ小説』と面白がって手に取ったが、ガスティール・オルソンの名を使った詐欺の様な売り方だと批判された。
これまでのファンからは多様な感想と失望の声が上がった。
あまりの作風の違いに同名の別作家ではないかという説まであがり、それならば作家も出版社も何を考えているんだと実に多方面で炎上した。
それはまさしく大炎上だった。
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