腹ペコ淫魔のヤケ酒に媚薬

志野まつこ

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【本編】腹ペコ淫魔のヤケ酒に媚薬

6、モーニングコーヒーと本

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 人の声にルクスは意識がふっと浮上するのを感じた。

「しばらくはこっちで。ああ、大丈夫だ。そう━━いい仕事ができそうだ」
 暗い色のスラックスに白いシャツの逞しい背中の男が見えた。窓際で魔力通話で話しているらしい。カーテンが開けられた窓からは明るい光が入り、だいぶ前に朝日は登ったことが分かった。

「ある程度まとまったらまた連絡する。いや、そんなに時間はかからないはずだ。ああ、すぐだろうな」
 小さく笑って男は通話を終わらせて振り返った。

「すまない、起こしたか」
 上から三つ。ボタンが開けられたそこからのぞく胸元がおそろしくセクシーだ。隙間から淫気が上り漂っているようにも思える。これまでに同性に対し「美味しそう」などと思ったことはない。それなのにどうにも食欲がそそられる。一度味を占めてしまったからか。
 こんな体なら自分もちゃんと見てもらえたのかもしれないのに。ルクスは寝起きのぼんやりとした頭でそんな事を考えた。

 まだ眠りたい気がして体を起こさずにいるとベッドに腰をかけたディールが屈み込む。
 髪を手櫛で後ろに梳かれ、その流れで唇が落ちて来た。

 ああ、なるほど。
 ルクスは持ち上げるとなぜかひどくだるい両腕でディールを引き寄せ、軽く閉じられている唇に舌を突っ込んだ。
 なんとも濃厚で旨味のある、胸がざわざわするようなたまらない味だ。
 その舌を寄越せとルクスの舌先がせっつき、与えられた分厚いそれを吸う。まるで陰茎を口で扱くような動きで分厚い舌を堪能し、ンとルクスは甘い響きを孕ませながら鼻で呼吸する。

「ごちそーさま」
「朝食のつもりじゃなかったんだが」
 ちゅぽんとばかりに舌から離れたルクスに、ディールはやれやれと困ったように笑ってまたその頭を撫でた。

「痛いところはないか? 見た限りは大丈夫だったが」
「うん?」
 寝ぼけた頭で本能のまま朝食を貪ったつもりだったルクスは、そこでやっと昨夜のすべてを思い出した。
 やっちまった!
 そうは思ったが起きた時の空腹感が無い。眠りの質も極上だった。物心ついてから起きた瞬間から夜眠りにつくその時まで空腹を感じるのが常だ。飢えはどうしたって慣れることはない。
 驚いた事にそれが無いのだ。ともなれば。

 ま、いっか。
 むしろありがたかったわ。

 そうあっさりと割り切った。
 ただ問題はコッチだ。青ざめる勢いで後孔に力を入れて何度かきゅっと窄めてみる。
 痛みどころか特にこれといった違和感はない。異常はなさそうだ。
 それはそれでルクスはひどく動揺した。
「嘘だろっ、あんなデカいのブチ込まれてガンガンに突かれたのに、なんで何ともないんだ! 僕、どんだけガバマンなんだよ!」
「人聞きの悪い。同意がなかったみたいに言わないでくれ」
 謎に嘆くルクスにディールは笑って肩をすくめた。

「安心しろ。具合は良かったぞ? 歩けるか? 家まで送ろう」
「あー、いや大丈夫」
 色々と突っ込むところがあった気がしたが一気に畳みかけられタイミングを逃してしまったルクスは、階下で朝食をとった後結局家まで送られた。アナルは問題なかったが足腰がガックガクで徒歩圏ながら、否徒歩だからこそ自力での帰宅は諦めた。
 まして家は階段のないアパートメントの三階だ。介助させる位はいいだろう。

 微弱ながら相手を惑わせる術があるルクスは家を知られる事に対して不安はあまりない。
 不埒な事、つまりエロい悪事を企んでいる相手ほど操りやすい。酒場でタチの悪い男達に対応しようとしたのも対処できる自信があったからだ。
 とはいえディールは少なくとも酒場では紳士だったし、出張でこの町にいると言っていた。そう心配する事もないだろう。
 それを思い出して謎の寂しさを覚えたがそれを無視して「さてこの男をどうやって帰そうか」と考える。玄関で帰せばよかったのだろうが股関節の痛みに靴も脱げずベッドに座る所まで介助させてしまった。相手が屈強なオーガさんなのでまさにおんぶに抱っこだった。

「すごい本だな。見ても?」
「ああ、どうぞ」
 ディールも本に興味があるらしいと知って親近感がわいた。
 ルクスのアパートメントは少し広めの1Kで、その壁の二面に大きな本棚があった。もう入れるスペースはほとんど残されておらず、ローテーブルの上とベッドの枕棚にも何冊ばかりか積まれている。
「きみは教師なのか?」
 本棚の隣の人ひとり分しか残っていない幅の壁に貼った写真を見てディールは驚いたように振り返った。
「まぁね」
 ルクスは中等クラスの教師で、過去に受け持った子供達と一緒に撮った写真をいつもそこに貼っている。
 ルクスの職業にディールは少し意外な気もしたが、思春期だろう子供達の笑顔を見ただけで彼がいい教師なのが分かった。

「担当は言語?」
「そ」
 大量の本を見ればすぐに解答が導き出される簡単な問題だ。
「すごいな、ガスティール・オルソンの本は全て揃ってそうだ」
 一人の作家を挙げてディールは感嘆の声を漏らした。確かに誰もが知るようなベストセラー作家だが背表紙を見ただけでそれが分かるのであればディールもファンなんだろう。
 気をよくしたルクスは立ったばかりの子ヤギのような足取りでディールの隣に立った。
「昔から好きなんだ。処女作以外は初版だよ。彼を知ったのが遅くて」
 迷うことなく処女作を手にし、おどけるように悔しそうに笑うルクスの横顔を見てディールは顎に手を当てて少し思案した。

 その作家はデビューが早く、もう多くの作品が出版されている。
 これほどの読書家で、なおかつ「エンゲル係数が高い」と嘆いていたルクスだ。書籍代も馬鹿にならないだろうに彼の作品だけはすべて新書版やハードカバーで揃えられていた。
「良ければ初版をプレゼントするよ。まだうちにあったはずだ」
「いいよ、プレミアもんだろ? 大事にしなよ」
 とてもではないが行きずりの相手に思い付きでやるようなものではない。ルクスは軽口程度に受け止め呆れるように笑った。
「うちにあっても仕方ないんだ。価値を感じて大事にしてくれる読者が持ってくれていた方がいい」
 ディールの誠実な理由の中に何か引っかかるものを感じた。感じながらも咄嗟の事で追究する間もない。取り急ぎ断るべき申し出だと微笑を浮かべ目を伏せるようにして首を横に振る。気遣いだけで充分だ。
 そんなルクスにディールは首をかしげて見せる。勝ちを確信した魅力的な笑みを浮かべた顔だった。

「きみがいいならサインもさせてもらうよ?」

 ルクスは高いところにあるディールの顔を見上げて固まった。しっぽもピンとまっすぐ伸びたまま硬直する。
 二秒後薄く口を開き、そのさらに三秒後。ルクスは目と口を大きく開けるや声にならない悲鳴を上げたのだった。

**********

出会い編完結です。
近日中に後日談を更新します。
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