37 / 48
仕組まれた暴露
しおりを挟む
アリスと玉藻の方には危険が迫っている気配はない。先ほどの件から考えてもこの状態から大蛇が彼女達に危害を加えるのは無理だろう。
となれば、狙われているのは明蓮かオリンピックだ。私はとっさにそれだけ考えて、二人をかばうように扉に向かって立った。意識が別の方向に向いていたせいでこの瞬間まで何者かが近づいていることに気付けなかったのは失敗だ。
そして、教室の扉が開いた先に立っていたのは、想像もしていなかった、だが見知った人物だった。
「明蓮殿! あっしをスピカまで連れて行ってくだせえ!」
教室の扉を開けるなり大声で話し始めたのは、星熊童子だった。しかも人間の姿ではない、鬼の本性を見せたままでの登場だ。
「え?」
教室中が静まり返る。しまった、これは厄介な状況だ!
マレビトが遠くの星に旅行することは人間の間でも常識になっている。そしてそのために必要なのが特別な力を持つ人間だということも。だからこそ能力者は迫害の対象になり、明蓮も自分の能力を秘密にしてきたのだ。
つまり、星熊童子のたったこれだけの発言でこれまでの秘密を守る努力は全て水泡に帰したというわけだ。その上不味いことに、ついさっき彼女の秘密を守るためにクラスの皆に噓の説明をしたばかりだ。
当然、クラス中から問い詰めるような視線が私と天照、そして明蓮に集中した。
「え、いやちょっと待って。そういうのは放課後に」
突然のことに動揺した明蓮は、上手い返事が出来ずにしどろもどろになる。この態度で多くのクラスメイトが確信を持ったようだ。
「九頭竜坂さんって、幽世の扉を開けるの?」
一人の生徒が言った。オリンピックのようにマレビトを調べていなくても、これぐらいの情報を持っている人間はいくらでもいるのが今の世の中だ。それほど、人間達はマレビトと能力者の関係に関心を持っている。
もちろん、悪い意味で。
自分から明かしていれば問題なく受け入れられたのかもしれない。だが、今の教室には非難の空気が満ちている。能力者であることそのものではなく、なぜさっき明かさなかったのかという反応だ。人間の感情に疎い私にもはっきりとわかる。
つまり、自分達を信じてくれなかったことへの失望である。
私がマレビトであることを難なく受け入れた人々だ。恐らく彼女の秘密も受け入れられた自信があるのだろう。その彼等の心意気を裏切った形になるのだ。
星熊がやってきたのは偶然ではないだろう。だが大蛇に操られているような痕跡はない。彼はただ純粋に酒呑のところに行きたい一心で駆けつけてきたのだ。通常であれば私が気付いて誘導していたが、先ほどの騒動でそれどころではなかった。大蛇はこれを見越して仕掛けてきたのだ。
こうなったら、少々卑怯だが私の力で記憶を少しだけいじるか。
――それはさせねえよ。
大蛇の声が脳に響く。奴の邪気が、私の神通力を邪魔しているのを感じた。なるほど、こちらに力を割いていたのか……まったくもって不愉快な奴だ。
「そうよ、明蓮は幽世の扉を開ける。私が彼女に近づいたのは旅行に行くため。そのついでに高天原にも誘ったけどね」
ここで、天照が我々の前に滑るように出てきて説明した。クラスの空気がいくらか和らいだのを感じる。
上手い説明だ。彼女は一切嘘を言っていない。そして先ほどの説明ともまるで齟齬がない。これで嘘をついているのは私だけになった。
「そうだよ、私もいきなり狼がやってきてゲームに誘われたんだ! あの時は本当にびっくりしたよー」
オリンピックが合いの手を入れる。彼女と天照の馴れ初めを説明すると、クラスメイト達も納得したようだ。
だが、それで解決したわけではなかった。
クラスメイトの女子が明連に向かって言ったのだ。
「そりゃあ友達の秘密を勝手に教えたりはしないよね。天照様や河伯君が言わないのは分かるよ。でも、九頭竜坂さんはどうして言ってくれなかったの? 河伯君は自分がマレビトだって明かしてくれたのに」
自分の秘密を明かさなかった彼女を責める言葉。明蓮はうつむき、答えられない。
「……誰しも、人に知られたくない秘密お一つや二つあるものだ。ましてや、明蓮の力はこの世界では差別の対象。言い出すには相当な勇気が必要だろう」
私が言い訳をする。そもそも私がここにやってこなければ、彼女の秘密がクラスメイトに知られる可能性はなかったのだ。……いや、よく考えたら天照や酒吞や玉藻は彼女の都合を考えずにやってきていたから時間の問題だったのかもしれないが、そこはこの際気にしないでおく。
「分かってるよ! でも、悲しいじゃない。私達が、そんなことで友達を差別するような人間じゃないって、信じてもらえなかったんだもの!」
信じてもらえない、か。私も明蓮に心を開いてもらえなくてずっと思い悩んでいた。この少女の気持ちはわかる。だが、それでも明蓮を責めるのは間違っていると思う。どう言えば傷つけずに納得してもらえるだろうか?
「……ごめんなさいっ!」
そう言って、突然明蓮が走って教室から飛び出していく。私は天照に目配せすると、すぐその後を追った。追いつくのは簡単だが、ここは彼女が落ち着ける場所にたどり着くまで移動しよう。
――クックック、うまく慰めてやれるといいな。
不愉快な声が脳に響くが、無視して明蓮を追いかけるのだった。
となれば、狙われているのは明蓮かオリンピックだ。私はとっさにそれだけ考えて、二人をかばうように扉に向かって立った。意識が別の方向に向いていたせいでこの瞬間まで何者かが近づいていることに気付けなかったのは失敗だ。
そして、教室の扉が開いた先に立っていたのは、想像もしていなかった、だが見知った人物だった。
「明蓮殿! あっしをスピカまで連れて行ってくだせえ!」
教室の扉を開けるなり大声で話し始めたのは、星熊童子だった。しかも人間の姿ではない、鬼の本性を見せたままでの登場だ。
「え?」
教室中が静まり返る。しまった、これは厄介な状況だ!
マレビトが遠くの星に旅行することは人間の間でも常識になっている。そしてそのために必要なのが特別な力を持つ人間だということも。だからこそ能力者は迫害の対象になり、明蓮も自分の能力を秘密にしてきたのだ。
つまり、星熊童子のたったこれだけの発言でこれまでの秘密を守る努力は全て水泡に帰したというわけだ。その上不味いことに、ついさっき彼女の秘密を守るためにクラスの皆に噓の説明をしたばかりだ。
当然、クラス中から問い詰めるような視線が私と天照、そして明蓮に集中した。
「え、いやちょっと待って。そういうのは放課後に」
突然のことに動揺した明蓮は、上手い返事が出来ずにしどろもどろになる。この態度で多くのクラスメイトが確信を持ったようだ。
「九頭竜坂さんって、幽世の扉を開けるの?」
一人の生徒が言った。オリンピックのようにマレビトを調べていなくても、これぐらいの情報を持っている人間はいくらでもいるのが今の世の中だ。それほど、人間達はマレビトと能力者の関係に関心を持っている。
もちろん、悪い意味で。
自分から明かしていれば問題なく受け入れられたのかもしれない。だが、今の教室には非難の空気が満ちている。能力者であることそのものではなく、なぜさっき明かさなかったのかという反応だ。人間の感情に疎い私にもはっきりとわかる。
つまり、自分達を信じてくれなかったことへの失望である。
私がマレビトであることを難なく受け入れた人々だ。恐らく彼女の秘密も受け入れられた自信があるのだろう。その彼等の心意気を裏切った形になるのだ。
星熊がやってきたのは偶然ではないだろう。だが大蛇に操られているような痕跡はない。彼はただ純粋に酒呑のところに行きたい一心で駆けつけてきたのだ。通常であれば私が気付いて誘導していたが、先ほどの騒動でそれどころではなかった。大蛇はこれを見越して仕掛けてきたのだ。
こうなったら、少々卑怯だが私の力で記憶を少しだけいじるか。
――それはさせねえよ。
大蛇の声が脳に響く。奴の邪気が、私の神通力を邪魔しているのを感じた。なるほど、こちらに力を割いていたのか……まったくもって不愉快な奴だ。
「そうよ、明蓮は幽世の扉を開ける。私が彼女に近づいたのは旅行に行くため。そのついでに高天原にも誘ったけどね」
ここで、天照が我々の前に滑るように出てきて説明した。クラスの空気がいくらか和らいだのを感じる。
上手い説明だ。彼女は一切嘘を言っていない。そして先ほどの説明ともまるで齟齬がない。これで嘘をついているのは私だけになった。
「そうだよ、私もいきなり狼がやってきてゲームに誘われたんだ! あの時は本当にびっくりしたよー」
オリンピックが合いの手を入れる。彼女と天照の馴れ初めを説明すると、クラスメイト達も納得したようだ。
だが、それで解決したわけではなかった。
クラスメイトの女子が明連に向かって言ったのだ。
「そりゃあ友達の秘密を勝手に教えたりはしないよね。天照様や河伯君が言わないのは分かるよ。でも、九頭竜坂さんはどうして言ってくれなかったの? 河伯君は自分がマレビトだって明かしてくれたのに」
自分の秘密を明かさなかった彼女を責める言葉。明蓮はうつむき、答えられない。
「……誰しも、人に知られたくない秘密お一つや二つあるものだ。ましてや、明蓮の力はこの世界では差別の対象。言い出すには相当な勇気が必要だろう」
私が言い訳をする。そもそも私がここにやってこなければ、彼女の秘密がクラスメイトに知られる可能性はなかったのだ。……いや、よく考えたら天照や酒吞や玉藻は彼女の都合を考えずにやってきていたから時間の問題だったのかもしれないが、そこはこの際気にしないでおく。
「分かってるよ! でも、悲しいじゃない。私達が、そんなことで友達を差別するような人間じゃないって、信じてもらえなかったんだもの!」
信じてもらえない、か。私も明蓮に心を開いてもらえなくてずっと思い悩んでいた。この少女の気持ちはわかる。だが、それでも明蓮を責めるのは間違っていると思う。どう言えば傷つけずに納得してもらえるだろうか?
「……ごめんなさいっ!」
そう言って、突然明蓮が走って教室から飛び出していく。私は天照に目配せすると、すぐその後を追った。追いつくのは簡単だが、ここは彼女が落ち着ける場所にたどり着くまで移動しよう。
――クックック、うまく慰めてやれるといいな。
不愉快な声が脳に響くが、無視して明蓮を追いかけるのだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件
藤岡 フジオ
ファンタジー
四十一世紀の地球。殆どの地球人が遺伝子操作で超人的な能力を有する。
日本地区で科学者として生きるヒジリ(19)は転送装置の事故でアンドロイドのウメボシと共にとある未開惑星に飛ばされてしまった。
そこはファンタジー世界そのままの星で、魔法が存在していた。
魔法の存在を感知できず見ることも出来ないヒジリではあったが、パワードスーツやアンドロイドの力のお陰で圧倒的な力を惑星の住人に見せつける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる