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高等部編
クラスメイトの課外授業(薬学)_1
しおりを挟む媚薬が入ってると言われても、私には何の変哲もない、可愛らしいケーキにしか見えない。戸惑っていると、エリアスがお菓子を包みなおして席を立った。
「アリス、ついてきて」
全然意味がわからない。とりあえず学舎から外に出たエリアスの後ろをついて歩いて行く。エリアスはアカデミー本校の方へと向かっていた。いわゆる大学にあたる部分で、初等部・高等部の生徒は本校の敷地内に入ることは出来ないはず。
「そっちは立ち入り禁止でしょ?」
「俺は入れる」
初耳だった。アカデミー本校に入れるってことは、研究員なの?
「聞いていい? どうして入れるの……?」
私は歩きながら質問した。本校の学生か、職員、研究員しか入れないはず。私も入れないから、本校敷地内の東図書館には行ったことがなかった。
「この中に、俺も管理に関わっている薬草園があるんだ」
「薬草?植物に詳しいの?」
「ああ。これもね……父が詳しかったから、その影響」
前を歩くエリアスが、振り返って言うから私は大袈裟に肩をすくめて笑ってみせた。
「……エリアスの話を聞いてると、あなたのお父様が物凄い人なんだなっていうのはわかるわ……」
私がそう言うと、エリアスは困ったような顔で笑って、何も答えてはくれなかった。
初めて入る本校は、石造りの重厚な学舎があり、とても綺麗で広かった。でも思ったより人が少ない。
「ここからが薬草園だよ」と教えてもらった敷地もなかり広くて、林もあった。日陰で育つ植物のためだそう。小川と池のある場所に黄色い小さな花が咲いていた。葉が赤みがかっていて見た目は毒々しい。
「これが、媚薬になる、と言われている」
「この花?」
「サティールと呼ばれている。香りを」
エリアスにそう促されたので、恐々かいでみると、花びらからはバニラのような芳香がした。いい匂い~。なんだかぼんやりする。そういえば、さっきのケーキからも似たような香りがしたような?でも、お菓子にバニラは当たり前かと思って気にしなかった。
当たり前じゃなかったんだ。前世の記憶があるせいで気づかなかった。香料としてのバニラはこの世界に存在しないのかもしれない。
「もしかして、エリアスは香りで気づいたの?」
私がそう質問すると、「席が近くて良かった」と呟いてから答えてくれた。
「ちょうどサティールが花咲く季節だったから、なんとなくこの香りを覚えていたんだ」
春から夏にかけて、長い期間、花が咲いているらしい。
「この花の種から媚薬が出来る、と古い文献に残されている。けれど、こうして王都で育てられているサティールは、花が咲いても実をつけない。どうしたら種子が出来るのか研究されているが、まだよくわかっていない」
「種がない?胞子もない?」
「……胞子でもない。根が生きているから、次の春にまた花は咲く。でも増えない」
「変な花」
私が思わずそう言うと、エリアスが笑った。
「そうだね、変な花だ。だから、よく研究対象になるんだけど、生育方法を変えても種が出来ないそうなんだ。効能が媚薬……という点で研究は後回しにされがち。他の疾病への研究を優先してるから。ちなみに花弁を使っても似たような薬が作れるけれど、一過性のもので効果も薄いらしい」
さっき花の香りをかいだらぽやっとしたもんな。でも確かにそれは一瞬だった。ソフィアがプレゼントしてくれたお菓子からはずっと甘い香りがしていた。以前もらったクッキーからも同じ香りがしていた。
「……ソフィアは不可能を可能にしてるってこと?」
「媚薬の精製方法は、とある一族にのみ受け継がれているという伝承がある。俺も半信半疑だったんだが……」
エリアスがそこで言葉を切って、私の顔を見つめてきた。
「ある一族って……まさか、聖女の子孫?」
「……そうだよ。おとぎ話が史実を基にしていた……なんて事例はよくあることだ。君は一体何を知っていて、何を探している?俺には教えてくれないか?」
薬草園は人がいなくて、新緑が綺麗だった。
私はどこからどう話せばいいかわからなかった。
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