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高等部編
うちの弟に手を出すな!(小声)_1
しおりを挟むジュリアンを見送ってから、私はソフィアに話しかけた。二人きりで話すのは初めてだったから、かなり怖かった。
「ごきげんよう。いま一緒にいたのは、私の弟のジュリアンかしら?」
「まあ、ルテール公爵令嬢アリス様……ごきげんよう」
ソフィアの淑女の礼に驚いた。入学式で見たときより、格段に上達している。やっぱり健気で努力家なんだろうなあと思った。その調子でラファエル様を落としてくれよと思ったが、今はそれどころではない。
「弟と仲良くしてくださってるの?お礼を言います。ありがとう」
「勿体ないお言葉です」
俯きがちにソフィアが答えた。さっきまでの、ジュリアンと笑いあっていた様子からは打って変わって他人行儀。
「そう畏まらないで?ここは学園なのだから」
「とんでもない……あの、もうよろしいでしょうか……?」
(うわぁ、めちゃくちゃ迷惑そう~~~。でも確認しておかなくては)
「ジュリアンはここで何を?」
「あ、あの、私の作ったお菓子をプレゼントしたら、お茶に誘って頂いたので、ご一緒しておりました……申し訳ありません」
明るい茶色の髪が陽に透けて綺麗だ。口元に手を当てて、俯きがちにして、エメラルドグリーンの大きな瞳で上目遣いにこちらを見る様子はとても可愛い。
「ああ、あなたの手作り……。きっと美味しいでしょうね。私も食べてみたいわ」
はい、キターーー!ヒロインちゃんの手作りお菓子。媚薬でも盛ってんのか?と言いたくなるほどに好感度の上がる不思議アイテム。いや、手作りお菓子っていいよね。好みの味に変えられるから。私も自分で作るときは、レシピより砂糖を減らして甘さ控え目にするもの。
「でも、あなたは他にもお付き合いしてる方がいるのではなくて?ジュリアンはまだ初等部だし……」
うちの弟に手を出すな!と言いたくて、小さな声でそう話しかけていたら、後ろから物凄い勢いで肩を掴まれた。引き寄せられてよろけるくらいに。
強引に向けられた私の視線の先にいたのは、見たことない程に動揺しているアレックスだった。
「アリス……なぜ、ソフィアが泣いている……?」
「え?」と思って視線だけ巡らせると、ぽろぽろと泣いているソフィアの姿。可憐で儚げなその様子に、思わず私が「どうしたの?!」と聞いてしまったくらいだ。
「……ソフィアに何をした……?」
去年、私を叩こうとしたロアンヌ嬢の腕を掴んでいた時のように、アレックスが冷ややかな表情をしていた。その冷たい視線が、今は私に向いているのだけど。
「何もしてないわ。挨拶をして、話をしていただけ……。彼女がジュリアンと一緒にいたから、その事に……」
言いかけた私の後半のセリフは、ソフィアの泣き声で聞こえなかったと思う。
「なんでもないのです!アレックス様、そんな怖い顔をなさるのは、もうやめて!」
涙で瞳を潤ませているソフィアが、口元に手を当てたままそう叫んだ。それを見たアレックスは、私から手を離してソフィアを抱き締める。
目の前で何かイベントが始まっている……なんぞこれ。
アレックスはヤンデレ系。ソフィアに陥落したら他人が見えなくなる。男女ともにソフィアに近づく者に敵意を向けてくる。ひたすらソフィアに執着していく……。ヒロインの立場なら病むほど愛されていいんだろうけど、端で見てるとまじこわい。
(……アレックスは敵に回したくなかったけど。まあ、入学式の日に覚悟はしてたからねぇ……)
「ソフィアもう泣かないで。僕が君を守るよ」
アレックスは私に向かって蔑み憐れむような視線を投げて、ソフィアを連れ去っていった。
庭園には人がたくさんいたから、いつの間にか取り囲むように人垣が出来ていた。私が顔をあげると、野次馬していた皆が逃げるように学舎へ帰っていく。
私はどうしていいか分からずに、しばらくぼんやり突っ立っていた。
本鈴が鳴っている。
午後の授業が始まる。
でも、どうしても体が動かなかった。
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