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初等部編
幕間 公爵家のとある冬の日_1
しおりを挟む王都にも雪が積もり始めた。
大きな道路は除雪するため、通学には困らないがとにかく寒い。
北の山からの乾いた風がとても冷たい。寒がりの私は毎朝、リラとカーラの二人がかりで起こされていた。
「さー湯浴みですよ、お嬢様」
「イヤだ。湯じゃない、水じゃんあれ」
抵抗のかいなく私は布団から引きずり出されて、寝室の隣の小部屋に移り身支度をさせられる。ここには猫足のバスタブもあるが、まあ小さい。
水が豊かで、温泉も多い国の記憶があるせいか「あったかーいお風呂でのんびり手足をのばして、ゆっくり浸かりたいよー!」と、ついそう思ってしまう。
上下水道が整ってないから、水自体が貴重であり贅沢は言えないのだが、とにかく寒い。泣きべそをかきながら湯浴み(水!)をすませ、部屋着に着替える。
食堂に行くと、マクシムお兄様だけがいた。
「おはよう、アリス。今日も寒いね」
「おはようございます、お兄様」
今日もカッコイイー!結婚したいーーー!!!
「兄妹で結婚は出来ませんよ」
横にいるリラが淡々と言う。心の声が駄々漏れだったようだ。
「そうね。でも、毎日お兄様の顔が見られるからいいの」
「もうすぐご結婚なさいますけどね」
「アアアア!それを言わないでえええええ」
お兄様はルイーズ嬢と婚約し、年が明けたら結婚する。この国の新年は雪解け後の最初の新月。初めてそれを聞いたときは「曖昧だなあ」と思ったが、毎年大体同じ日になるらしい。
積もり始めたこの雪が融けたら、お兄様は敷地内の別宅で新生活を始めることになる。
「お兄様、ご結婚後もこちらの館で暮らさない? お部屋もたくさんあるし!」
「アリス、寂しいのはわかるけど、ルルは恥ずかしがり屋で、なるべく二人きりがいいと言うんだ。時々、遊びに来ておくれ。僕もこちらに遊びに来るから」
デレデレした顔でそう言うから、多分私の顔は嫉妬で般若みたいになってたと思う。私が叫ぶとお兄様がびくっとしていた。
「はああああ?? 二人きりがいいとか、どんだけ甘々新婚生活なんですかああああああ! いやああああお兄様あああああ!」
「おはよう。朝から元気だね、僕の可愛いアリス」
「まったく、廊下まで聞こえてましたよ。騒がしい」
「……すみません……。おはようございます。お父様、お母様」
両親が揃って食堂にやってきた。二人仲良く腕を組んでいる。いつまでたってもイチャイチ……仲睦まじい夫婦である。
ジュリアンも来て「おはようございます、お父様、お母様。おはようございます、お兄様、お姉様」と律儀に挨拶して全員集合した。
この国の社交シーズンは春から秋。議会も閉会し、冬は家族で朝をゆっくり過ごせる。私とジュリアンは学校に行くので、一番慌ただしいかもしれない。
朝食はカフェとパン、スープに果物。公爵家の料理人が作ってくれる朝食は質素だがとても美味しい。8個目のパンをおかわりしたところで、母が父に「ねぇ、あなた。アリスのドレスを仕立直すとしたら、どれくらいかかります?」と話しかけた。
そうだ。この国に既製品はない。すべて生地から選ぶオートクチュール。
部屋着なので、ハイウエストのリボンのみ。まだコルセットはつけないから、ついパクパク食べてしまった……。
「すみません、お母様。気を付けます」
しょぼーんとうな垂れた私を見て、兄がフォローしてくれる。
「うちのパン職人は、王家の料理人よりも旨いパンを作るからね」
「そうなんです。美味しくてつい……」
パン職人のマテオさんにお願いして、また色んなレシピを相談しようと思う。
私は知ったのだ。私が出来なくても、職人さんは出来るのだと。
うすーい生地がくるくるまるまってサクサクしたパンが食べたい、といったらクロワッサンが出来た。今朝はウインナーソーセージを中に入れて焼いてもらった。うまうま。幸せ。
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