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初等部編
お姫様を守るのは騎士だけど_2
しおりを挟む私がカーラの居場所を問うと、男爵は少し顔をしかめた。
「侍女一人のために、のこのこ姿を表したのか?頭が悪いとは聞いていたが、バカなのか?」
「バカで結構よ。でもあなたには言われたくないわ」
私は男爵に向かって一歩踏み出した。当ててやろうと思って間合いをとるが、男爵は笑って言った。
「……公爵令嬢。取引をしましょう」
「取引?」
会話に気をとられていると、小屋の中からカーラの声がした。
「お嬢様!どうして逃げてないのですか?!」
「カーラが無事でよかったあ。酷いことされてない?大丈夫?」
「全然、大丈夫ですっ!」
そう言いながら、カーラは「お、お前、さっき縛ったのに」と言いながら、あっけにとられてる男爵に後ろから足払いをかけていた。
うわーと間抜けな声をあげて、男爵が転倒する。
ついでに、私の後ろにいたハゲのおじさんもカーラの掌底くらって昏倒してた。
やべえ、暗器潜ませてるだけでなく、体術も会得してるうちの侍女マジでくの一。
多分、自分がさっきまで縛られていたであろう縄で、男爵をくるくる縛り上げてカーラが言った。
「お嬢様、どうして?戻ってきたのですか……?」
「馬だけ走らせたの。鞍に樽つんで、結びつけて。ペチコート履かせてリボンつけといたから、結構近づかないとわかんないと思うよ」
曇った夜で月明りもなく暗いから、「何となく人影」があれば勘違いするだろうと思った。近づくとバレバレなチープなものだけど、無いよりマシだろう。
「小屋の中にはあと二人。ですので、馬を追ったのは三人。お嬢様のおかげで時間は稼げたと思いますが、そろそろ戻ってくるかもしれません」
カーラは転がっている賊の全員を手際よく縛り上げて言った。
「どうしよう。男爵は連行したいけど、他の人達邪魔だよね。こんなに連れて行けない」
「全員小屋ごと燃やしましょうか?火事なら王都からも見えますし」
一挙に解決するけどめちゃくちゃ物騒な提案だったので、台所で火種を探し始めたカーラを全力で止めた。本気じゃなかったと信じたい。
台所から持ってきた火打石をカチカチさせながら、カーラがエーメ男爵に問う。
「では手短に尋問しましょう。ここで火事に巻き込まれたくなければ、目的と動機を教えなさい」
エーメ男爵は、さっき転ばされて縛られて、醜態をさらしたばかりなのに「小娘ごときが。早く縄を解け。どうせすぐに人がくる」と偉そうに言って答えようとしなかったので、カーラは小屋の横にあった藁を男爵に浴びせていた。そしてまた火打ち石をカチカチ鳴らしていた。
この小屋はしばらく使われていなかったようで、台所には火の気が無かった。
ガスもないこの国では、火を起こすのは重労働で大変なので、台所の火は絶やさない。公爵家でもかまどの火は絶えないように夜は炭を置いたり蓋をするなどした上で、下働きの者が交代で火の番をしている。
火をつけるときは、藁やおが屑などの上で火打ち石を打ち付けて、火花を散らして火種を作る。それに空気を送り込んで炎にする。
カーラが男爵に藁をかけたのは、「お前ごと小屋に火ぃつけたろか?」という脅しということ。
一向に答えようとしない男爵にイラついたのか、殺気だったカーラが石を両手で持ち、本気でカチッカチッと打ち付け始めたので、男爵が慌てて口を開いた。
「私はある依頼を受けて、こうして公爵令嬢を連れてきた!最終的には殺せとの事だった!」
「依頼?あなたは実行犯で首謀者がいるという事?」
私が横からそう言うと、エーメ男爵はアホ面で偉そうに言った。
「そうだ。だから、こんなことしても無駄だ。揉み消してもらう」
それを聞いたカーラが呆れたように言う。
「公爵令嬢の略取事件を揉み消せる程の権力者など、この国には数えるほどしかおりませんよ。語るに落ちるというやつです。お嬢様、おそらくこれは……」
その時、私にもはっきりわかるほどに森の中から馬蹄の音が響いてきた。
でもカーラは私に何も言わなかった。私が戸惑っていると、森の中から聞き慣れた幼馴染の声がした。
「アリス!」
視界に飛び込んできたのは、グレーの髪を揺らして馬上にいるアレックスだった。
びっくりしすぎて声が出なかった。馬蹄の音は王都からの騎士団だった。味方だとわかっていたからカーラは逃げろとは言わなかったんだろう。
馬からおりて私のところまで駆け寄ってきたアレックスが、「女の子になんて事を」と呟いて自分の上着を脱いで私の肩にかけてくれる。
スカートは裾を切ってあるから足が露わになっている。自分で切ったんだけど。パニエとかペチコートとか脱いでるからスカートにボリュームもなくて夜着みたいになってるだろう。靴下も片方脱げてるし。いや、自分で脱いだんだ。まあ、ご令嬢にしては酷い有様には間違いない。
「とにかく君が無事でよかった!」
アレックスがそう言って私を抱き締めた。
何でアレックスがここにいるのか、そもそもここは何処なのか、誰が何のためにこんなことしたのか。聞きたいことは山ほどあったが、私はまず、アレックスに聞いた。
「……私の護衛の……エリアスは無事?」
一番聞きたくて、一番聞きたくなかったこと。無事なんだろうか。
アレックスが一瞬、表情を曇らせた。
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