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初等部編
閑話 公爵令嬢の書簡2
しおりを挟む木曜日の夕方、エリアス・アヴェーヌはとてもとても困っていた。この前の手紙にどう返事したらいいか迷っているうちに、またルテール公爵家から書簡が届いたからだ。
【公爵令嬢からの書簡】
『親愛なるエリアス・アヴェーヌ様へ。いかがお過ごしでしょうか。取り急ぎお伝えしたいことがあり筆をとりました。先日、エーメ男爵夫人という方から、お茶会の招待状が届きました。先日のマルシェで轢き逃げ事件を起こしたエーメ男爵のご夫人です。
つきましては、お茶会に赴く際の護衛をお願い申し上げます。ご承諾いただければ騎士団を通して正式に依頼いたします。
なぜ、まずお手紙を出しましたかというと、エーメ男爵の轢き逃げについては不問となっていることを知ったからです。けが人はいなかった、そもそも事故がなかった。そう処理されたようです。
その事で直接お話したいことがありますので、次の日曜日にマルシェでお会い出来ませんでしょうか。会えるのを心から楽しみにしています。アリス・マグノリア・ルテールより』
「マルシェで会う? それはこの前のガルゴットで?」
「はい。そして、『もしマルシェで会うのを断られたら家に行きます』とお嬢様は申しております」
「……今なんと言いましたか? 家に来る?」
「はい。外で会うのが都合悪ければ、こちらに訪問したいと」
公爵令嬢が家に押しかけてくる?
エリアスにとっては脅迫としか思えなかった。これではマルシェで会うのを断れない。
「わかりました……。わかりました! 行けばいいんでしょう。そう伝えてください」
「あの……」
カーラは何か言い淀んでいる。
「何でしょうか?」
エリアスは、ご令嬢とやらのわがままに若干いら立ちを覚えていた。こちらの都合も考えず、一方的に押し付けてくるなど、やはり高慢なご令嬢なのだ。
「アリスお嬢様は、心からあなたをお慕い申し上げております」
「一時の気の迷いにしかみえませんが」
エアリスは冷たく言い放った。
「いいえ……。アリスお嬢様はこのお手紙を書くまでに、何枚も何枚も書き直していらっしゃるんです。前のお手紙の時もそうでした。そこにはあなたへの純粋な気持ちがつづられています。書き直してしまうので、あなたには届きませんが……。どうかその事だけは信じて頂けたらと思います」
どうやら公爵令嬢は、主を想う忠節な侍女をお持ちのようだ。それは美徳だ。嫌な人間にはだれも従わない。少しだけエリアスは態度を緩めた。
「失礼しました。日曜日にお会いします。返事を書くので少しお待ちください」
エリアスがそう言うと、カーラが顔をあげて明るく返事をした。
「ありがとうございます!」
日曜日に会った公爵令嬢の白い頬に、先週はなかった小さな擦り傷を見つけたので、それについて問うと、顔を真っ赤にして「なんでもないのよ」と言っていた。
カーラが言うには、公爵令嬢は学園で嫌がらせを受けていたらしく、「お嬢様は言わなかったが、その時にかすり傷が出来たのではないか」との事だった。
公爵家のご令嬢を傷つける者がいるのか、と驚いたが、王族だって父親を暗殺しようとしたり、兄弟で殺し合ったりするわけだから、それが貴族の世界なんだろうと改めて嫌気がさした。
話が終わって帰る間際に、エリアスは用意しておいた花を公爵令嬢に贈った。妹に手伝ってもらって、潰れないように箱に入れていた。
庭に咲く、白い百合。冬に咲く珍しい品種の花。
「お茶会を断って申し訳ありませんでした。これはそのお詫びです」
花を目の前にして、公爵令嬢が目を見開いたまま動かない。花など見飽きているからだろうか。庭に咲いた花など、あまりにも元手のかからなすぎるお詫びだったから、気分を害しただろうか。
だが、絹も宝石も持たないエリアスにとっては、これくらいしか贈るものが思いつかなかった。
「ありがとう!」
――大事そうに花を抱えた公爵令嬢が、花のように笑っていた――
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