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初等部編
はい、私が不審者です
しおりを挟むすでにその人はどこにもいない。
私はドレスの裾を抱えて迷わず車寄に出る。警備係の誰かが「アリスお嬢様?」と声をかけていたが、そのまま通りすぎた。ドレスが汚れて怒られても構わない。絶対探す。
たくさんの馬車が並ぶ中で、光りがゆらめいて影が動いた。暗い中、ランタンの灯りを足元にして、今から馬車に乗ろうとしている白髪の御老人の姿が見える。そして、何か会話しながら微笑んで、御老人の手をとるその人。
「お待ちください!」
突然声をかけられ、その御老人が驚いた顔をして振り返った。
昨年までは国璽尚書を務めていたフランドル伯爵だ。勿論、先ほどお祝いの言葉も頂いたし、内務卿である父とは仕事での縁もあり仲が良かったようで、うちで何度かお会いしたこともある。
「おや、公爵令嬢。このような老人をお見送りくださるとは光栄ですな」
「……本日はありがとうございました」
突然話しかけてしまったが、言葉につまり、とりあえず今日の御礼を言った。
「いえいえ、よい冥土の土産ができました。ラファエル殿下と貴女でしたら、きっと素晴らしいご夫婦におなりでしょう」
「いえ。わたしは王太子妃になんかなりたくないです」
「おや、お似合いだと思ったのじゃが。他に好いた方でもおられるのかな」
フランドル伯爵は冗談のつもりで笑っているのだろうが、私は本気で言っている。必死だった。一歩下がってランタンを手にもっているその人に向かって私は言った。
「あの、先ほどはありがとうございました。突然すみません。お名前を教えてくれませんか?」
「え、俺ですか?」
会話の外にいると思っていたのだろう。その人は驚いた様子で息を飲むと、一呼吸置いて言った。
「……私はエリアス・アヴェーヌと申します」
「親戚の子で、今日は護衛のためついてきてくれたのだよ」
「エリアス……」
やっとわかった。名前。『クラスメイト』じゃなくて、その人の名前。存在。
生きてる。
フランドル伯爵の親戚……。
この世界に生きてる……。
「私はずっとあなたを探していました!」
その言葉に、エリアスもフランドル伯爵も顔をこわばらせていた。
(はい、やらかしたー!変な女だと思われたー!私のバーカバーカ!もっと言いようがあるでしょうに!)
フランドル伯爵が警戒するような低い声で聞く。
「エリアスと会ったことがあると?」
「いえ、はい。一方的に……なんです……けど」
「人違いではありませんか?」
エリアスがそう言った。完全に不審人物を見る目だ。
(私が不審者です。本当にごめんなさい。第一印象最悪だ。しにたい……)
「まるで恋人を探してるような口振りじゃが、もし先ほど介抱したことでエリアスが気になっておられるなら、それは勘違いだと思われよ」
フランドル伯爵が強い口調で言った。おそらく、訳のわからないことで引き留められて不愉快なのだろう。
「あなたは公爵令嬢。王太子殿下の正妃の第一候補。火遊びの相手が欲しいなら他を当たってくだされ。わしの大事なエリアスは『王妃の愛人』には向いておらんよ」
フランドル伯爵家の馬車が出ていっても、私はそこに立ち尽くしていた。
探していたなら人違い
恋をしたなら勘違い
そう言われた
最悪だ
「アリスお嬢様、皆様が心配しておいでですよ」
カーラが探しに来てくれた。勝手に涙が溢れてきたから、私より少し背の低いカーラの肩を借りて、少しの間泣いていた。
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