私に悪役令嬢は無理でした!でも好きな人がいるから頑張ります!

ゆきづき花

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初等部編

推しが目の前にいる生活_2

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「ただいま、アリス。そんなに動き回って大丈夫?頭痛は治ったのかい?」
 
 夕暮れに、厩舎で馬の世話をしているモハメド爺さんと一緒に庭園を歩いていた私は、帰宅したばかりの兄にそう声をかけられた。
 ちなみにモハメド爺さんはルテール公爵家のことなら何でも知ってる事情通。今も、「マーゴは貴族とは名ばかりの貧乏男爵家に嫁いだが、若くして未亡人になり、路頭に迷いかけたところを公爵夫人に助けてもらった恩があるので特に忠義に篤い……」という昔話を聞いていたところだった。

 馬車から降りてきた兄は、外套を侍女に預け、こちらに向かってくる。

「お帰りなさいお兄様。もう大丈夫です。今日はお庭を探検してたの」

 にこっと笑った私を見て、兄がほっとしたように微笑んだ。アリスは博識で優しい兄が大好きだ。

(そして生前の私もお兄ちゃんが大好きだったのよーーー!!攻略可能なキャラクターの中では最推しだったのに血の繋がった兄妹になるなんて!!結婚できないじゃん!!)


 マクシム・トマ・ルテール。
 18歳の成人を迎え、内務省で働いている文官だ。爵位は男爵だが、いずれルテール公爵を継ぐ嫡男。どちらかと言えば気性の激しい両親から、どうしてこんな穏やかな子が生まれた?とびっくりするくらい温和な性格をしている。
 母譲りの深い緑色の髪が風にたなびき、緑がかった黒い瞳は、アリスを心配そうに見つめていた。

(あ~~~格好良い~~~眼福~~~)
 
 マクシムは二周目以降に攻略可能なキャラクター。ヒロインと悪役令嬢アリスとの間にも、隠しパラメータとして好感度が存在している。アリスの中でヒロインの好感度があがると、マクシムも攻略可能となる。やはり、ヒロインちゃんには近づいてはいけない。


「夜風は病み上がりの体に悪いよ。おいで」
「ありがとう、お兄様」

 差し出された兄の手をとり、アリスは屋敷へ戻った。暖かい手。優しい眼差し。

(でも家族ってことは、毎日最推しが見られるって事でもあるんだよね~!神様仏様、ありがとうございます!)

 届くかどうかわからないけれど、私は神仏に感謝した。



「お兄様にお願いがあるのだけど」

 夕食のあとのお茶の時間に私はそう切り出した。

「何でも言ってごらん」

 静かにティーカップを置き、優しい声でそう言うと、マクシムが微笑むから、思わず私は叫んでいた。

「っ!カッコイイ!結婚してください!!!…………じゃなくて、来月の誕生日の舞踏会で、私のエスコートをしてくださらない?」
「私が?」

 うんうん、と私はうなずいた。だって、社交界デビューは一度きりの晴れ舞台だもの。それくらい夢見たっていいじゃないか。妹という立場を最大限に利用させてもらうよ!

「アリス、あなたまだ決めてなかったの?ジョセフがいないから言うけど、せっかくだから、好きな男の子を誘ったらいいのに」

 母はそう言うと、給仕を呼んでお茶のおかわりをしていた。ちなみにジョセフとは父の名前。父はまだ帰宅していない。夜会サロンに顔を出すと言っていたから夜中まで帰らないだろう。父がいたら好きな男の子の話題なんか出来ない。すぐ遮るので。

「アリスはラファエル殿下だろう?」

 マクシムの言葉に私は全力で首を横に振った。
 
(いえ、違います。私の最推しは違います)

「そうね。小さい頃から殿下はアリスにとって特別だったものね」

 母がマクシムに同意したので、私は今度は母に向かって全力で首を横に振った。頭が痛い。
 
(ゲームのシナリオ通り、王太子の婚約者とか死んでもいやです。死んでもいやというか、そのコースだと多分死ぬんです)

「いやです。私はマクシムお兄様がいいんです!」
「そういえばアリスは『王妃様になる!でもお兄様とも結婚する!』とか無茶を言ってたわねえ…」

 幼い頃を思い出したのか、母がやれやれと片手をあげて、続けてこう言った。
 
「もうお兄ちゃんは卒業なさい、アリス」
「えええええ!お兄様がいいんです!」
「わかった。じゃあ、殿下に断られたらおいで」

 仕方ないなとマクシムが笑った。どう見ても、引き受ける気はなさそうだ。
 なんでそうなるの……。まあいいか。断られたことにして、またお兄様にお願いしよう……。
 
 ――そんなにうまくはいかないのだが、その時の私は知る由もなかった――


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