5 / 114
初等部編
推しが目の前にいる生活_2
しおりを挟む「ただいま、アリス。そんなに動き回って大丈夫?頭痛は治ったのかい?」
夕暮れに、厩舎で馬の世話をしているモハメド爺さんと一緒に庭園を歩いていた私は、帰宅したばかりの兄にそう声をかけられた。
ちなみにモハメド爺さんはルテール公爵家のことなら何でも知ってる事情通。今も、「マーゴは貴族とは名ばかりの貧乏男爵家に嫁いだが、若くして未亡人になり、路頭に迷いかけたところを公爵夫人に助けてもらった恩があるので特に忠義に篤い……」という昔話を聞いていたところだった。
馬車から降りてきた兄は、外套を侍女に預け、こちらに向かってくる。
「お帰りなさいお兄様。もう大丈夫です。今日はお庭を探検してたの」
にこっと笑った私を見て、兄がほっとしたように微笑んだ。アリスは博識で優しい兄が大好きだ。
(そして生前の私もお兄ちゃんが大好きだったのよーーー!!攻略可能なキャラクターの中では最推しだったのに血の繋がった兄妹になるなんて!!結婚できないじゃん!!)
マクシム・トマ・ルテール。
18歳の成人を迎え、内務省で働いている文官だ。爵位は男爵だが、いずれルテール公爵を継ぐ嫡男。どちらかと言えば気性の激しい両親から、どうしてこんな穏やかな子が生まれた?とびっくりするくらい温和な性格をしている。
母譲りの深い緑色の髪が風にたなびき、緑がかった黒い瞳は、アリスを心配そうに見つめていた。
(あ~~~格好良い~~~眼福~~~)
マクシムは二周目以降に攻略可能なキャラクター。ヒロインと悪役令嬢アリスとの間にも、隠しパラメータとして好感度が存在している。アリスの中でヒロインの好感度があがると、マクシムも攻略可能となる。やはり、ヒロインちゃんには近づいてはいけない。
「夜風は病み上がりの体に悪いよ。おいで」
「ありがとう、お兄様」
差し出された兄の手をとり、アリスは屋敷へ戻った。暖かい手。優しい眼差し。
(でも家族ってことは、毎日最推しが見られるって事でもあるんだよね~!神様仏様、ありがとうございます!)
届くかどうかわからないけれど、私は神仏に感謝した。
「お兄様にお願いがあるのだけど」
夕食のあとのお茶の時間に私はそう切り出した。
「何でも言ってごらん」
静かにティーカップを置き、優しい声でそう言うと、マクシムが微笑むから、思わず私は叫んでいた。
「っ!カッコイイ!結婚してください!!!…………じゃなくて、来月の誕生日の舞踏会で、私のエスコートをしてくださらない?」
「私が?」
うんうん、と私はうなずいた。だって、社交界デビューは一度きりの晴れ舞台だもの。それくらい夢見たっていいじゃないか。妹という立場を最大限に利用させてもらうよ!
「アリス、あなたまだ決めてなかったの?ジョセフがいないから言うけど、せっかくだから、好きな男の子を誘ったらいいのに」
母はそう言うと、給仕を呼んでお茶のおかわりをしていた。ちなみにジョセフとは父の名前。父はまだ帰宅していない。夜会に顔を出すと言っていたから夜中まで帰らないだろう。父がいたら好きな男の子の話題なんか出来ない。すぐ遮るので。
「アリスはラファエル殿下だろう?」
マクシムの言葉に私は全力で首を横に振った。
(いえ、違います。私の最推しは違います)
「そうね。小さい頃から殿下はアリスにとって特別だったものね」
母がマクシムに同意したので、私は今度は母に向かって全力で首を横に振った。頭が痛い。
(ゲームのシナリオ通り、王太子の婚約者とか死んでもいやです。死んでもいやというか、そのコースだと多分死ぬんです)
「いやです。私はマクシムお兄様がいいんです!」
「そういえばアリスは『王妃様になる!でもお兄様とも結婚する!』とか無茶を言ってたわねえ…」
幼い頃を思い出したのか、母がやれやれと片手をあげて、続けてこう言った。
「もうお兄ちゃんは卒業なさい、アリス」
「えええええ!お兄様がいいんです!」
「わかった。じゃあ、殿下に断られたらおいで」
仕方ないなとマクシムが笑った。どう見ても、引き受ける気はなさそうだ。
なんでそうなるの……。まあいいか。断られたことにして、またお兄様にお願いしよう……。
――そんなにうまくはいかないのだが、その時の私は知る由もなかった――
0
お気に入りに追加
1,732
あなたにおすすめの小説
最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか
鳳ナナ
恋愛
第二王子カイルの婚約者、公爵令嬢スカーレットは舞踏会の最中突然婚約破棄を言い渡される。
王子が溺愛する見知らぬ男爵令嬢テレネッツァに嫌がらせをしたと言いがかりを付けられた上、
大勢の取り巻きに糾弾され、すべての罪を被れとまで言われた彼女は、ついに我慢することをやめた。
「この場を去る前に、最後に一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」
乱れ飛ぶ罵声、弾け飛ぶイケメン──
手のひらはドリルのように回転し、舞踏会は血に染まった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

【改稿版】婚約破棄は私から
どくりんご
恋愛
ある日、婚約者である殿下が妹へ愛を語っている所を目撃したニナ。ここが乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢、妹がヒロインだということを知っていたけれど、好きな人が妹に愛を語る所を見ていると流石にショックを受けた。
乙女ゲームである死亡エンドは絶対に嫌だし、殿下から婚約破棄を告げられるのも嫌だ。そんな辛いことは耐えられない!
婚約破棄は私から!
※大幅な修正が入っています。登場人物の立ち位置変更など。
◆3/20 恋愛ランキング、人気ランキング7位
◆3/20 HOT6位
短編&拙い私の作品でここまでいけるなんて…!読んでくれた皆さん、感謝感激雨あられです〜!!(´;ω;`)

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる
千環
恋愛
第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。
なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる