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初等部編
ファーストステップ
しおりを挟むラファエル様の舞踏は華麗。指先まで美しい。とても上手だから、リードが心地好い。
贅沢な寄せ木細工の床の、ほんのわずかな段差に躓かないように必死になっていると、不意にラファエル様が顔を寄せてきた。
「上手く踊ろうとせずに、音楽を楽しめばいいよ」
(ああ……優しくて気遣いのできるいい人だ……そのままスクスク育ってください)
「はい、ラファエル様。楽しみますね」
笑顔でそう答えた私に、ラファエル様は満足そうに微笑んでくれる。
弦楽器に管楽器が加わり、テンポがあがっていく。壮麗な音楽に、自然と体が弾む。映画でしか見たことない『舞踏会』に、私は次第に陶然としていった。
―――すっかり舞い上がってしまった私は気づいていなかった。会場の視線が、羨望と嫉妬が渦巻くどす黒いものに変わり始めていた事に―――。
「王太子殿下と公爵令嬢の、事実上の婚約発表みたいなものよね、これって。お互いの両親も揃った場で。さぁて、この中で、純粋にお祝いしてるのは何人かしら?少なくとも貴方は複雑なんじゃないの、オスカー?」
ブラックタイの細身の夜会服も着こなして、立ち居振る舞いもまるで別国の王子様のようなサシャがオスカーに話しかけた。
「お、おまえ、今日はてっきりドレスだと……」
「あらやだ。私だってアリスちゃんにダンスを申し込む権利があるのよ?忘れてたー?」
長く淡いブロンドの髪はゆるくそのまま流して、気づかれない程度の化粧をしている。背が高いのでまるで流行りの舞台俳優のよう。
「サシャ、お前なぁ……普段とのギャップありすぎるだろ、それ」
「どうしたの?アタシが男前過ぎてイケナイ恋に落ちそう?」
「ふっざけんな」
「ぼやぼやしてるとどんどん先を越されるよ」
サシャとオスカーが話している横を、アレックスが通り抜けていった。今日は軍服を着ている。
ラファエルと踊り終えたアリスに、すかさずアレックスが次のダンスを申し込む。
目の前に来たアレックスに私は言った。
「アレックス、今日は騎士団の礼装なのね」
「父も一緒だからね。仕方ないんだ。堅苦しくてごめんよ」
そう言いながらアレックスは左手は腰のレイピアに触れたまま、右手で私の手を優雅とって音楽を待っていた。
「とても似合ってて格好良いよ、アレックス」
「ありがとう」
(事実です。カッコイイです、とても。スチルに軍服はありませんでした。ありがとうございますありがとうございますー!)
「アレックスって、抜け目ないよねぇ」
次点を取るなんて、ほんとちゃっかりしてるわぁ~~とサシャが言い、ぼんやりしているオスカーを置いて立ち去った。
恥ずかしそうに壁際に一人で立っているご令嬢に、次のダンスを申し込みに行ったようだ。花のように笑うご令嬢の手をとり、サシャもダンスの輪に加わる。
あれはダンピエール伯爵令嬢ルイーズだ。エヴルー侯爵の孫娘で、もう一人の王太子妃候補。
……サシャだって抜け目ないな、とオスカーは思っていた。
ぽつんと一人になったオスカーは、次々と華麗なステップを踏むアリスに見とれていた。
アレックスの次はリュカ。二人とも難しい曲も踊りこなしている。オスカーは、アリスはどれだけ練習したのか。どれだけ努力すればあんな風に堂々と踊れるのだろう、とぼんやり思っていた。
(うおぉぉ、自分で自分の足を踏みそうになったぁぁ!)
私は背中に冷や汗をかきながらダンスしていたのだが、オスカーは知るよしもない……。
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