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結婚式の準備をする二人の話 3
しおりを挟む鎌倉へ行った翌週末。
朝からたくさんのドレスを試着して、私はへとへとになっていた。着付けをしてくれる店員さんのほうが大変だろうから弱音は吐けないと頑張ったが、カラードレスがなかなか決まらず、三時間が経過した頃には、つい「疲れた」と呟いてしまった。
結局、カラードレスは保留。以前よりも時間の融通がきく私が、平日の夕方に一人で試着に来ることになった。
「長いトレーンに憧れていたので、ウェディングドレスが決まってよかったです」
「チャペルもそうですが、披露宴会場も広いのでとても映えると思いますよ。楽しみです」
私は疲れ果てていたけれど、着替えるたびに写真を撮りまくっていた東梧さんはとても嬉しそうだった。貴重な休日を費やして、こうして準備も楽しんでくれて、とてもありがたいなと思う。
結婚式まであと約二か月なので、やることも増えていたが、「時間がなければお金をかける」と割り切っていたので負担は少ない。
遅いランチのあとは、店舗に出向いて指輪を受け取った。お互いのイニシャルが刻印されているのを確認して、「ああ、結婚式をするんだな」と実感がわいた。
「これって、結婚式で指輪交換して、初めて着けるんですよね?」
「そうですね。もっと早く指輪をしたいのですが……仕方ないですね」
「大丈夫ですよ。どうせ作業中は外しますし」
陶芸は土や薬品を使うから手が汚れてしまうし、陶器に固いものが当たると傷がつくから、作業中はアクセサリーを着けない。だからそう言ったのに、東梧さんはかなり不満そうだった。
「独身だと勘違いして、言い寄られるかもしれません」
「あ、そうですよね。東梧さん、やっぱりモテますよね」
「違います。和咲さんが! です!」
そんなバカップル丸出しのやり取りをしていたら、接客してくれていた店員さんが、小さなダイヤモンドのついた指輪を提案してくれた。
「もうご入籍されているとのことですが、結婚式までの婚約指輪ということで、こちらを奥様に贈られてはいかがですか?」
勧められるままに試着してみたら、思っていたより目立たなくて私の好みにぴったりだった。その控えめなダイヤモンドが光を反射して、指輪だけでなく、私の手全部がキラキラしている気がした。
「わあ、素敵……デザインも可愛い!」
「気に入ったのなら買いましょうか?」
「欲しい、ですけど……本当にいいんですか?」
「気が利かなくて、すみません。もっと早く贈るべきでした」
結局、店員さんの上手な営業トークと、「これならお直しの必要がありません。ちょうどよいサイズもございますし、本日お持ち帰り頂けるよう、すぐにご準備いたします」との一言が決定打になり、予定外の買い物をすることになった。
「ありがとうございます、大切にしますね!」
「遠慮せず普段使いしてくださいね」
……私は無知だから、そのハーフエタニティのパヴェダイヤモンドリングが、私の予想より遙かに高価であることを知らなかったのだ。知っていたら、多分「欲しい」なんて気軽に言えなかった。ダイヤが小さいからお値打ち価格なのかな? と思っていた私の大馬鹿……
結婚指輪とは別に、綺麗な箱に入れてもらった。何でもない日にプレゼントをもらうなんてとても贅沢なので、「東梧さんにアクセサリーを買ってもらっちゃった!」とはしゃいだ。
浮かれた気分でお店を出たら、この世で一番会いたくない人に出会ってしまった。
彼女は今日も美しい。相変わらず抜群のプロポーションだし、プロのスタイリストがついているのかと思いたくなるくらいに、着こなしも洗練されている。
「東梧じゃない、こんなところで会うなんて驚いたわ! 買い物?」
雅姫さんも買い物をしていたのだろう。嬉しそうに東梧さんに笑いかけて、隣にいる私のことをわざとらしく無視している。性格悪い。
負けないぞーと思って、私から「雅姫さん、こんにちは。お久しぶりです」と挨拶をした。機先を制された気分になったのか、彼女の表情が少し変わった。
「……あらー、まだ別れてないの?」
彼女がそう言ったので、東梧さんが私の肩を抱き寄せる。もう春だからコートは着ていないけれど、隠したいかのような仕草で。
「また隠そうとしてる。そんな警戒しなくていいわよ」
「僕は和咲と別れる気はないよ。もう、僕の妻に関わらないでほしい」
東梧さんの言葉に、何かを言いかけていた彼女が息を呑んだ。
少しだけ震える声で、彼女が呟く。自分に言い聞かせるみたいに。
「……そう。そっか、妻かぁ……結婚したんだ……」
私の目には、いまにも泣き出しそうな哀しい表情に見えた。一瞬だけ。
深呼吸した彼女は、いつものように不敵に笑った。
「もう、あのとき十分わかってたから。東梧の気持ちは、これっぽっちも私に向けられてないって」
「あのとき、ってマンションに尋ねてきたときですか?」
「そうよ。東梧はあなたの心配しかしてなかったでしょう?」
それは確かにそうだった。東梧さんは私を見つけて車からおりてきて、私が彼女に追い詰められていたら庇うように隠して……。
「そ、それなのに、『別れろ』ってけしかけたんですか?」
「うん。真に受けて、別れ話して、喧嘩になればいいやと思った」
「性格悪すぎませんか!?」
「えーそう? だって、私があなたに優しくしなきゃなんない理由ないでしょ。敵に塩を送るより、チャンスがあるなら叩き潰したほうがよくない?」
彼女は悪びれることなくそう言った。つい、「そうかも」と思ってしまった。神経が図太すぎる。
絶句している私たちを眺めて、心底嫌そうな顔をしてため息をついていた。
「私は絶対に祝福なんかしないからね。……あれ、じゃあ、ここにいるのってブライダル?」
銀座の高級宝飾店の前で、赤い紙袋を持っている新婚夫婦に出会ったら、そう予想して当然だろうと思う。雅姫さんは、「あー、残念!」と吐き捨てて、それから私に向き直って笑った。
「そうだ、あなたにいいものあげる。私の家にあるから、郵送するね」
「なんですか。本当にいいものですか?」
「あなたも言うようになったわね。めそめそしてるより今のほうがずっと良い顔」
私が言い返したのが面白かったらしく、彼女はとても楽しそうに笑っていた。
でも、もう会話したくないのか、踵を返してから言った。
「届いたら好きにすればいい。私にはただの人物写真だけど、あなたには意味があるでしょうから」
――数日後、雅姫さんから送られてきたのは、大きな封筒に入った家族写真だった。
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