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小話 槙木課長と吉田係長 2
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東梧は自分で「モテない」と言っているが、実はモテる。「結婚しない」と公言していたから表立ってアプローチできなかっただけで、未婚の女性職員からは「理想の結婚相手」として虎視眈々と狙われていた。
落ち着いているからだろう。実際、物腰も穏やかだし、見た目も悪くない。本人に欲がないようで、出世コースど真ん中というわけではないが、同期の中でも昇進は早い。世間から「エリート」と呼ばれる部類の中でも、あいつは選りすぐりだと思う。
「怖いですよねえ。余計な波風立てないでくれよーと思って。槙木課長なら、八木沢課長のことなんでも知ってるから、相談したくて」
「なんでもは知らん」
現に、桂雅姫が帰国して二人に接触していたことを、俺は知らなかった。
「もうご結婚されたのなら、むしろ良かった」
「うんうん、良かった良かった」
「前の奥様と死別したって聞いてましたけど、良い相手に巡り逢ったんですねえ」
それを聞いて、今度はカフェオレを吹き出しそうになった。
あの女は三回くらい車にはねられたって死なないタイプだと思う。
「知らないうちに、そんな噂になってたのか!」
「違うんですか?」
「あいつは未婚だし、相手も死んでねえよ。どっちかと言えば、死にそうだったのはフラれた八木沢のほうだ」
勝手な想像で、訳のわからん噂になっていたようだ。だが、それも仕方ないかもしれない。もう十年以上前のことだから。当時を知らない若い世代は、噂の又聞きで正確なことは知らないのだろう。
あの女と別れたあと、東梧は明らかに集中力を欠いて、元々寡黙だったのが、ますます無口になっていた。いまはもう局長になった当時の上司が、省内の試験を受けて海外留学するよう勧めたのは、環境を変えて視野を広げてほしかったからだ。それはつまり、あいつに潰れてほしくなかったから。
何年経っても、あの女が鮮烈に記憶に残っていたのは理解できる。忘れたくても忘れられなかったのもわかる。いつも一緒にいて、誰が見てもお似合いだった。誰も割り込めなかった。
(当時は、俺もお似合いだと思っていたんだよなー……)
若い頃の東梧は今よりもっと服飾や持ち物に金をかけていた。いわゆる良家育ちの坊ちゃんで、あの女も両親が医者で金持ちだから、二人は何をするにも派手だった。
でも俺から見ると、今の東梧の方が自然だと思う。
「まあ、良い相手に巡り逢ったってのは、吉田の言うとおりだと思うよ。きっかけはカーテンだってさ」
「カーテンがどうしたんですか?」
「……八木沢が言ってた。彼女がカーテンを買いに行くのについていったらしい。単なる荷物持ちのつもりで。んで、自分がいいなと思ったやつを、彼女が選んだ時、例えようもなく嬉しかったんだってさ」
その時、恋愛感情を自覚したらしい。理屈じゃなくて心が動いた。
気が合うとか、価値観が似ているとか、説明してしまえば陳腐になるかもしれない。
「あ、なんか、そういう無意識の、なんか敵わないやつですね!」
「語彙力なさすぎだろ」
「でも、よくわかりましたよ。さすが槙木課長、ありがとうございます」
何が「さすが」なのか、よくわからないが、吉田はなぜか嬉しそうだった。
ニコニコしながら自分の嫁とのなれそめ(何回も聞いてる!)を話し出したので、俺も負けじと「うちの妻がどんなに可愛くて尊いか」を語った。
この嫁自慢大会には、東梧も呼んだほうがいいんじゃないかと思った。
落ち着いているからだろう。実際、物腰も穏やかだし、見た目も悪くない。本人に欲がないようで、出世コースど真ん中というわけではないが、同期の中でも昇進は早い。世間から「エリート」と呼ばれる部類の中でも、あいつは選りすぐりだと思う。
「怖いですよねえ。余計な波風立てないでくれよーと思って。槙木課長なら、八木沢課長のことなんでも知ってるから、相談したくて」
「なんでもは知らん」
現に、桂雅姫が帰国して二人に接触していたことを、俺は知らなかった。
「もうご結婚されたのなら、むしろ良かった」
「うんうん、良かった良かった」
「前の奥様と死別したって聞いてましたけど、良い相手に巡り逢ったんですねえ」
それを聞いて、今度はカフェオレを吹き出しそうになった。
あの女は三回くらい車にはねられたって死なないタイプだと思う。
「知らないうちに、そんな噂になってたのか!」
「違うんですか?」
「あいつは未婚だし、相手も死んでねえよ。どっちかと言えば、死にそうだったのはフラれた八木沢のほうだ」
勝手な想像で、訳のわからん噂になっていたようだ。だが、それも仕方ないかもしれない。もう十年以上前のことだから。当時を知らない若い世代は、噂の又聞きで正確なことは知らないのだろう。
あの女と別れたあと、東梧は明らかに集中力を欠いて、元々寡黙だったのが、ますます無口になっていた。いまはもう局長になった当時の上司が、省内の試験を受けて海外留学するよう勧めたのは、環境を変えて視野を広げてほしかったからだ。それはつまり、あいつに潰れてほしくなかったから。
何年経っても、あの女が鮮烈に記憶に残っていたのは理解できる。忘れたくても忘れられなかったのもわかる。いつも一緒にいて、誰が見てもお似合いだった。誰も割り込めなかった。
(当時は、俺もお似合いだと思っていたんだよなー……)
若い頃の東梧は今よりもっと服飾や持ち物に金をかけていた。いわゆる良家育ちの坊ちゃんで、あの女も両親が医者で金持ちだから、二人は何をするにも派手だった。
でも俺から見ると、今の東梧の方が自然だと思う。
「まあ、良い相手に巡り逢ったってのは、吉田の言うとおりだと思うよ。きっかけはカーテンだってさ」
「カーテンがどうしたんですか?」
「……八木沢が言ってた。彼女がカーテンを買いに行くのについていったらしい。単なる荷物持ちのつもりで。んで、自分がいいなと思ったやつを、彼女が選んだ時、例えようもなく嬉しかったんだってさ」
その時、恋愛感情を自覚したらしい。理屈じゃなくて心が動いた。
気が合うとか、価値観が似ているとか、説明してしまえば陳腐になるかもしれない。
「あ、なんか、そういう無意識の、なんか敵わないやつですね!」
「語彙力なさすぎだろ」
「でも、よくわかりましたよ。さすが槙木課長、ありがとうございます」
何が「さすが」なのか、よくわからないが、吉田はなぜか嬉しそうだった。
ニコニコしながら自分の嫁とのなれそめ(何回も聞いてる!)を話し出したので、俺も負けじと「うちの妻がどんなに可愛くて尊いか」を語った。
この嫁自慢大会には、東梧も呼んだほうがいいんじゃないかと思った。
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