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小話 槙木課長と吉田係長 1

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 残業かったるい。
 通常国会が開催中で、しかも年度末が近いのだから、この状況を覚悟はしていたが一分一秒でも早く家に帰りたい。可愛い妻と娘に癒やされたい。
 娘が目覚める前に出勤して、娘が寝たあとで帰宅していると、家族との会話が激減する。妻が娘と一緒に眠ってしまった日は、本当に会話が皆無になる。
 部長が打ち合わせで席を外した。今日中にチェックすべきものは全部確認したし、トラブルさえ起こらなければそろそろ頃合い。頭の中で逃げ出す算段をしていたら、係長の吉田から声を掛けられた。

「槙木課長、ちょっと相談したいことがあるんですけど、時間あります?」
「あるわけないだろ! だが、他ならぬ吉田くんの話なら、聞かないこともない」
「あざっす!」

 吉田は明るくてノリがいい。官舎が同じで、奥さん同士の仲が良いこともあって、家族ぐるみで付き合いがある。
 帰り支度をしてから、自販機でコーヒーをおごることにした。

「相談ってなに?」
「八木沢課長、結婚するって本当ですか?」
「あーうん。『する』ってか、『結婚した』よ」
「えっ? まじですか? 電撃ですね!」

 予想外だったのか、吉田はそう叫んで目を丸くしていた。元々童顔だから、余計に若く見える。
 東梧と和咲ちゃんは、昨夜二人で区役所の時間外受付へ婚姻届を提出した。不備はなかったようなので、昨日が「結婚記念日」になる。
 電撃か。言われてみれば、確かに婚約期間がない。別れ話になって、それを引きとめてプロポーズして、その日のうちに婚姻届を出していたから……

「うん、確かに電撃ブリッツクリークだな。相談って八木沢のこと?」
「はい。僕の部下に、八木沢課長の熱烈なファンがいるんですよ」
「へー」

 相談内容が仕事のことではなかったので若干気が抜けた。味の薄いカフェオレを飲みながら、退勤処理してきてよかったなと思った。相談とやらが終わったら、このまま帰ってしまおう。

「頑なにお見合いを断り続けていた八木沢課長に彼女ができたと知って、『独身主義を返上するなら自分にもワンチャン可能性あるのでは?』と思ってたみたいで……」
「で?」
「横取りしよう、と話してるのを聞いてしまって」
「こっわ! 怖い怖い、なにそれ。うっわ、意味わかんね」

 急に物騒な話になったので、紙コップからカフェオレをこぼしそうになってしまった。
 吉田の部下なら、まだ若いだろう。それこそ、和咲ちゃんと同じ歳くらいかもしれない。不惑のオッサンが、二十代の女の子に迫られたら……俺なら浮かれてしまうかもしれない。
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