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思い出 2

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「和咲さんの花嫁姿はきっととても可愛いです。あ、いや待て、他の男には見せたくないな……しかし、和咲さんの花嫁姿は見たい……僕だけが見たい……」

 真剣に悩んでいるのがおかしくて、八木沢さんの後ろに隠れて笑った。八木沢さんは和装も洋装も似合いそう。

「披露宴は、してもしなくても、どっちでもいいですよ」
「いや、僕のものだと披露することで牽制になるのなら、可愛い妻を見せびらかしましょう」
「見せびらかす?」

 結婚披露宴って、お世話になった人たちへの感謝のためだとか、プランナーさんに言われた記憶があるけれど。八木沢さんが楽しそうだから、まあいいか。
 これ以上ない浮かれた話題である「どんな結婚式がいいか」を二人で話しながら歩いていたら、区役所まであっという間だった。
 婚姻届の証人欄は、槙木夫妻にお願いすることにした。もし結婚式をしたら、槙木さんは号泣しそうだな。ふと疑問に思ったので、聞いてみた。

「そういえば、私が槙木さんの電話切ってから、八木沢さんが来てくれるまで、そんなに時間経ってなかったですけど、駅まではどうやって?」
「……自転車を借りました」
「自転車!」

 確かに若松町の庁舎から新宿駅へ行くなら、周辺でタクシーを乗り降りするより自転車のほうが早いだろう。疲れるけど。
 歌舞伎町タワーを横目に、スーツで自転車をぶっ飛ばす八木沢課長を想像したら笑えてくる。また彼の背中に隠れてこっそり笑っていたら、「必死だったんですよ!」と怒られた。
 区役所の近くには花園神社もあるし、またお話ししながら徒歩で帰るのかなと思っていたら、彼から思いがけないことを言われた。

「和咲さんが嫌でなければ、ご両親の墓前へご挨拶に行きたいです。これから行ってもいいでしょうか?」

 一瞬、言葉に詰まった。
 約三年前、親族と縁を切って以来、祖父母はおろか両親のお墓参りにも行っていない。
 お墓があるのは、菩提寺に隣接した小さな墓地で、いまは大叔父が管理している。もし遭遇しても気まずいのは相手のほうだろうが、足が遠のいていた。



 菩提寺のある場所は寺院の多い地域なので、平日の昼間でも人が少なく、墓地はさらに静かだった。
 両親は祖父母と一緒の墓、つまり母方の大場家の墓に入っている。祖父母は父も一緒に納骨するのを嫌がったそうだが、父には身寄りがなく無縁になってしまうから仕方なく引き受けたらしい。
 移動の車内で、自分の両親について知っていることを全部話した。事故の前後は、私も混乱していたようで記憶が抜け落ちているから、私は両親との思い出がほとんどない。でも、雅姫さんは勝手に調べたみたいだし、八木沢さんには自分の口から伝えたかった。

 母は役者になる夢を反対されて、家を飛び出したらしい。父の家に転がり込んでいたところを一度は連れ戻されたが、その頃、母はすでに私を妊娠しており、再び家出して、駆け落ち同然で結婚したと聞いている。
 だから祖父母は、お通夜で「私たちから永遠に娘を奪った。許せない」と私の父に憎しみを向けていた。
 祖父母にとって、大切な一人娘を亡くしたのだから当たり前だろう。なかなか子宝に恵まれず、やっと出来た娘だったそうだからなおさら。
 引き取られてしばらくは、家の空気も重苦しく居場所がなくて辛かった。
 私を妊娠していなければ、母は別の人と結婚していたかもしれない。そうしたら、死なずにすんだのかもしれない。だから、私に対する感情も複雑だったのは当然だと思う。

 墓前に花を供えて手を合わせている八木沢さんを見ていると、不思議な気持ちになった。この人はいつも、私が負い目に感じていることを、何でもないことのように受け入れてくれる。

「……本気で許せなかったら、同じお墓に入れないと思いますよ」

 彼がそう呟いた。
 祖父は無口で不器用だったけど、たまに「和咲は笑った顔がお母さんにそっくりだ」と言っていたのを思い出した。祖母は料理上手で色んなことを教えてくれた。一緒にテレビで時代劇を見るのが好きだった。実の両親よりも、育ての親である祖父母と過ごした時間のほうが長い。色々思い出して胸が苦しくなって、「そうだったらいいなと思います。ありがとうございます」と返すのが精一杯だった。

 八木沢さんが両親の写真を見たいと言ったので、帰宅後に101号室のクローゼットからアルバムを引っ張り出した。
 当時、引越しの荷作りも急だったし、父に関するものは祖父の手によってほとんど捨てられてしまった。でも、教科書などと一緒に並べていた小さなアルバムだけは無事だった。小学校で「自分が生まれたときのことを調べる」という授業があったので、そのために自分で作ったアルバムだ。
 一階の部屋は片付けてしまって、お茶もなにもないから十五階へ移動し、八木沢さんはリビングのソファでそれを眺めて、「可愛い」と連呼している。
 一緒に並んで写真を見ていたら、おぼろげに思い出してきた。
 狭いアパートでの三人暮らし。裕福ではなかったけれど、毎日楽しかった。

「父は舞台美術などの仕事をしていたので、家には国宝の図鑑とか、美術の資料がたくさんあったんです。絵を描くと手放しで褒められました」

 写真の中の幼い私は、どれを見ても楽しそうに笑っている。間違いなく愛されていた。忘れかけていたけれど、彼のおかげでそれを確認できた気がする。

「ご両親はお若いですね」
「そうですね。私は、母が十九歳のときの子供らしいので」
「じゃあ、もしご存命なら……」

 計算してみたら、私の両親は八木沢さんの六歳上。さほど変わらない年齢だったことに、八木沢さんが若干ショックを受けていた。笑ってはいけないが笑った。

「そういえば、八木沢さんって子供好きですか?」
「なぜそんな質問を?」
「だって結婚するんだから、子供欲しいなら、避妊しなくても……い…………」

 そこまで言って、自分が何を言ったか理解した。理解したら恥ずかしくて、頭が爆発するかと思った。
 突然、セックスの話題とか!! 何を口走ってるの私!!

「考えてませんでした。僕は子供好きですよ」
「すみません、さっきのナシです。一度忘れてください……」
「そんなに恥ずかしがらなくても。夫婦生活における意見のすり合わせは大切です」
「夫婦生活!」

 いや、無理。恥ずかしすぎる。
 ドキドキなんて可愛いものではなく、急激に心拍数があがって倒れそう。多分、真っ赤な顔で頭もふらふらしている。
 八木沢さんが、ふわふわしている私の体を抱きとめて見つめてきた。これ以上は心臓が持たない。

「恥ずかしがっている和咲さんを見ていたら、なんとも言えない気持ちになりますね」
「や、ちょっと離れてください……お願い、見ないで……」
「和咲さんが僕の子を産む。なるほど……想像したら、興奮してきました」

 なんか変なスイッチが入った気がする……どうしよう。
 怯えていたらソファに押し倒された。キスをしながら体に触れられて、逃げようとしたけど押さえ込まれた。強引なのに手つきは優しくて、否応なしに体が反応する。

「あぁ、待って……」
「頬を染めて、そんな可愛い声を出したら逆効果ですよ。待てないです」

 こうなると、八木沢さんは絶対待ってくれない。ケダモノ!
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