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私は少々浮かれつつ、お茶のおかわりを準備した。別の銘柄を選んだら、八木沢さんがキッチンに立つ私にちらっと視線を送ってふんわり笑ってくれた。
最初に淹れたのは来客用の高級玉露。さっき淹れたのは、彼が最近気に入っている頂き物の上煎茶。気づいてくれたのかな、と嬉しい。
帰る間際、店主さんが八木沢さんに「あの壁にかかっている絵もいいですね。これはどなたによるものですか?」と質問していた。
八木沢さん、壁に絵なんか飾ってたっけ? と振り返ると、皆が見ていたのは私が描いた花の絵だった。豪華な額に入っているから、それらしく見える……かもしれない。
八木沢さんは何食わぬ顔で「筆遣いが繊細で綺麗ですよね」などと言っている。恥ずかしい。いたたまれないので、おずおずと手を挙げた。
「それは、私が趣味で描いたものです……」
「そうですか! 優しくて柔らかくて素敵だなと思いました。他の絵も見てみたいです」
「ありがとうございます……恐れ入ります」
「趣味とおっしゃってましたが、売りたくなったら私を呼びつけてくださいね」
にっこり笑っていたが、どこまで本気かわからない。美術品を扱う人に言われたら恐縮してしまう。
小さな物は車に積み込んで、大きな物は後日運び出すことになり、その作業も終わって皆さんを見送ったあと、空いた棚などを掃除することにした。その間、八木沢さんはなぜか少し不機嫌だった。
「若旦那さん、丁寧で優しい方でしたね」
そう声をかけたけれど、返事がない。どうしたんだろうと思ったら、急に後ろから抱きしめられた。
「ひゃあ! どうしたんですか?」
「絵を売るんですか?」
「売りません、というか売れるわけないですし」
「僕のものなのに。横取りされた気分です」
「だから売りません! あれは営業トークの一環ですよ」
真に受けるほど純粋ではない。大学で少し勉強しただけの素人だ。自分のことは自分がよくわかっている。
「そんなことないですよ。あなたが、自分が描いたと手を挙げたとき、彼の目が輝いたのに気づきませんでした?」
「気づきません! 気のせいです。あの絵は八木沢さんにあげたものだから、八木沢さんのものです。誰も横取りなんかできません」
まるで焼きもちを焼いているみたいだから、可愛いなと思って腕をぎゅっと抱きしめた。
首にキスされて、(あ、これはこのまま、なだれこむやつ。夜にはまだ早い)と逃げようとした。でも捕まって、リビングのソファに押し倒される。この前、酔って帰った夜もそうだったけれど、箍が外れている気がする。でも私も抗えなくて、結局夕飯が遅くなった。
夕飯のあと、「手を出してください」と言われて、不思議に思いつつ両手を差し出すと、一枚のカードキーを渡された。
「僕の家の合鍵です。リストから外した食器はうちに置くので、使いたくなったら和咲さんが十五階に取りに来てくださいね」
「これじゃまるで……特別扱いされてるみたいです」
「そうですよ」
八木沢さんは、私をまっすぐ見つめながらはっきりとそう言った。
そんなこと予想もしてなかったので、驚きすぎて声が出なかった。お互いの時間と空間を尊重するという、当初の約束から逸脱している。
嬉しいと思った。でも、それ以上を求めてしまいそうな自分もいて、それが少し怖かった。
最初に淹れたのは来客用の高級玉露。さっき淹れたのは、彼が最近気に入っている頂き物の上煎茶。気づいてくれたのかな、と嬉しい。
帰る間際、店主さんが八木沢さんに「あの壁にかかっている絵もいいですね。これはどなたによるものですか?」と質問していた。
八木沢さん、壁に絵なんか飾ってたっけ? と振り返ると、皆が見ていたのは私が描いた花の絵だった。豪華な額に入っているから、それらしく見える……かもしれない。
八木沢さんは何食わぬ顔で「筆遣いが繊細で綺麗ですよね」などと言っている。恥ずかしい。いたたまれないので、おずおずと手を挙げた。
「それは、私が趣味で描いたものです……」
「そうですか! 優しくて柔らかくて素敵だなと思いました。他の絵も見てみたいです」
「ありがとうございます……恐れ入ります」
「趣味とおっしゃってましたが、売りたくなったら私を呼びつけてくださいね」
にっこり笑っていたが、どこまで本気かわからない。美術品を扱う人に言われたら恐縮してしまう。
小さな物は車に積み込んで、大きな物は後日運び出すことになり、その作業も終わって皆さんを見送ったあと、空いた棚などを掃除することにした。その間、八木沢さんはなぜか少し不機嫌だった。
「若旦那さん、丁寧で優しい方でしたね」
そう声をかけたけれど、返事がない。どうしたんだろうと思ったら、急に後ろから抱きしめられた。
「ひゃあ! どうしたんですか?」
「絵を売るんですか?」
「売りません、というか売れるわけないですし」
「僕のものなのに。横取りされた気分です」
「だから売りません! あれは営業トークの一環ですよ」
真に受けるほど純粋ではない。大学で少し勉強しただけの素人だ。自分のことは自分がよくわかっている。
「そんなことないですよ。あなたが、自分が描いたと手を挙げたとき、彼の目が輝いたのに気づきませんでした?」
「気づきません! 気のせいです。あの絵は八木沢さんにあげたものだから、八木沢さんのものです。誰も横取りなんかできません」
まるで焼きもちを焼いているみたいだから、可愛いなと思って腕をぎゅっと抱きしめた。
首にキスされて、(あ、これはこのまま、なだれこむやつ。夜にはまだ早い)と逃げようとした。でも捕まって、リビングのソファに押し倒される。この前、酔って帰った夜もそうだったけれど、箍が外れている気がする。でも私も抗えなくて、結局夕飯が遅くなった。
夕飯のあと、「手を出してください」と言われて、不思議に思いつつ両手を差し出すと、一枚のカードキーを渡された。
「僕の家の合鍵です。リストから外した食器はうちに置くので、使いたくなったら和咲さんが十五階に取りに来てくださいね」
「これじゃまるで……特別扱いされてるみたいです」
「そうですよ」
八木沢さんは、私をまっすぐ見つめながらはっきりとそう言った。
そんなこと予想もしてなかったので、驚きすぎて声が出なかった。お互いの時間と空間を尊重するという、当初の約束から逸脱している。
嬉しいと思った。でも、それ以上を求めてしまいそうな自分もいて、それが少し怖かった。
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