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土曜日の朝。
私はマンション前の道路を掃除していた。管理人さんがいるのでいつも綺麗だが、秋になり少しずつ落ち葉が増えている。正面玄関から出て、横の駐輪場へ行き、そこから中へ戻って101号室の前の廊下を掃除して部屋に戻るのがルーティン。
以前、馬木さんから「誰も住んでなかった101号室に引っ越してきたから、大家さんの親戚か新しい管理人さんだと思っていた」と言われたことがある。
八木沢さんにはお世話になりっぱなしなので、少しでも役に立ちたいと思っていたから、馬木さんの言葉をヒントに、勝手にお掃除を始めた。ほとんど自己満足の、本当にささやかなことだけど、顔見知りになったマンション住民の方数名から挨拶されて、朝からとっても元気になった。
今日は午後から再鑑定のために古美術商の方が来る。埃のないように、まめに掃除や換気はしているが、自室や水回りも掃除した。
土曜夜から日曜は、いつの間にか八木沢さんと一緒に過ごすのが当たり前になっているが、その代わり、土曜の午前中は約束を入れない。暗黙の了解で、それぞれ一人で過ごす時間にしていた。
でも今日はなぜか、「お邪魔していいですか?」と、朝から八木沢さんが一階におりてきた。これまで骨董品には興味なさそうだったのに、いざ売るとなると気になるのかな。
特に気に入っている有田焼の茶器を拭いていると彼が言った。
「それは売りません。リストから外してください」
他にも、私がよく好んで使っていた食器ばかりがリストから外されてしまった。売れなくなってしまうのなら、使わなかったのに。
「……すみません、私が使用して、価値が下がったからですか?」
「違います。愛着がわいたからですよ」
「わあ、そうですか。それは私も嬉しいです。私にお金があったら自分が買い取りたいと思ってましたから!」
手元に置いておきたいと思ったのなら、売る必要は全然ない。お金に困っているわけでも、どうしても売ってくれと頼まれたわけでもないのだから。
そもそも、八木沢さんが骨董品を手放そうと決断したのは、「物の価値がわからない自分が持っているより、愛好家の手に渡った方が、骨董品たちも幸せなんじゃないか」と思ったから。
骨董品と一口に言っても、掛け軸や絵画、陶器や茶道具など、ジャンルは多岐にわたる。おじい様が蒐集した物も様々だったので、それぞれ専門が違う三人の骨董品鑑定士がやってきた。店主は先代のお孫さんだそうだが、思っていたよりも若かった。でも学芸員の資格を持ち、博物館に勤めていたこともあると聞いて素直に凄いなと尊敬した。
数が多いので時間がかかると思っていたが、鑑定から商談まで、私の予想よりも円滑に進んだ。一度鑑定してあるものばかりだし、先代からの信頼関係もあるのだろう。
商談のため場所を十五階へ移し、私がお茶の準備をする。午前中、リストから外した茶器を使っていたら、鑑定士さんの一人が「これも良い物ですね。売って欲しいくらいです」と言っていたので、わかる人にはすぐわかるんだなあと感嘆した。
商談は聞かない方がいいだろうと思ったので、八木沢さんに断って席を外した。
管理は大変だったけど、滅多にお目にかかれないような美しいものに触れられて楽しかった。同居している骨董品がなくなるのは寂しいなと感傷に浸っていたら、もう商談がまとまったと連絡がきたので、再び十五階へあがった。
相続から十年以上経っており、現在の市場の動向などで多少価格は変動しているが、極端に価値が下がった物や上がった物はないらしく、予定通り売却されることになったそうだ。
「ただ、量が多いこともあって、半分にわけて売却することになりました。残りは年が明けてからです」
「そうなんですか?」
その方が節税にもなるそうだ。今日でもう全部なくなるんだと思っていたので、嬉しくてついニコニコと笑ってしまった。
「だから、和咲さんには、もうしばらく管理をお願いしますね」
「わかりました!」
嬉しい! 来年までは一緒にいられる理由ができた!
私はマンション前の道路を掃除していた。管理人さんがいるのでいつも綺麗だが、秋になり少しずつ落ち葉が増えている。正面玄関から出て、横の駐輪場へ行き、そこから中へ戻って101号室の前の廊下を掃除して部屋に戻るのがルーティン。
以前、馬木さんから「誰も住んでなかった101号室に引っ越してきたから、大家さんの親戚か新しい管理人さんだと思っていた」と言われたことがある。
八木沢さんにはお世話になりっぱなしなので、少しでも役に立ちたいと思っていたから、馬木さんの言葉をヒントに、勝手にお掃除を始めた。ほとんど自己満足の、本当にささやかなことだけど、顔見知りになったマンション住民の方数名から挨拶されて、朝からとっても元気になった。
今日は午後から再鑑定のために古美術商の方が来る。埃のないように、まめに掃除や換気はしているが、自室や水回りも掃除した。
土曜夜から日曜は、いつの間にか八木沢さんと一緒に過ごすのが当たり前になっているが、その代わり、土曜の午前中は約束を入れない。暗黙の了解で、それぞれ一人で過ごす時間にしていた。
でも今日はなぜか、「お邪魔していいですか?」と、朝から八木沢さんが一階におりてきた。これまで骨董品には興味なさそうだったのに、いざ売るとなると気になるのかな。
特に気に入っている有田焼の茶器を拭いていると彼が言った。
「それは売りません。リストから外してください」
他にも、私がよく好んで使っていた食器ばかりがリストから外されてしまった。売れなくなってしまうのなら、使わなかったのに。
「……すみません、私が使用して、価値が下がったからですか?」
「違います。愛着がわいたからですよ」
「わあ、そうですか。それは私も嬉しいです。私にお金があったら自分が買い取りたいと思ってましたから!」
手元に置いておきたいと思ったのなら、売る必要は全然ない。お金に困っているわけでも、どうしても売ってくれと頼まれたわけでもないのだから。
そもそも、八木沢さんが骨董品を手放そうと決断したのは、「物の価値がわからない自分が持っているより、愛好家の手に渡った方が、骨董品たちも幸せなんじゃないか」と思ったから。
骨董品と一口に言っても、掛け軸や絵画、陶器や茶道具など、ジャンルは多岐にわたる。おじい様が蒐集した物も様々だったので、それぞれ専門が違う三人の骨董品鑑定士がやってきた。店主は先代のお孫さんだそうだが、思っていたよりも若かった。でも学芸員の資格を持ち、博物館に勤めていたこともあると聞いて素直に凄いなと尊敬した。
数が多いので時間がかかると思っていたが、鑑定から商談まで、私の予想よりも円滑に進んだ。一度鑑定してあるものばかりだし、先代からの信頼関係もあるのだろう。
商談のため場所を十五階へ移し、私がお茶の準備をする。午前中、リストから外した茶器を使っていたら、鑑定士さんの一人が「これも良い物ですね。売って欲しいくらいです」と言っていたので、わかる人にはすぐわかるんだなあと感嘆した。
商談は聞かない方がいいだろうと思ったので、八木沢さんに断って席を外した。
管理は大変だったけど、滅多にお目にかかれないような美しいものに触れられて楽しかった。同居している骨董品がなくなるのは寂しいなと感傷に浸っていたら、もう商談がまとまったと連絡がきたので、再び十五階へあがった。
相続から十年以上経っており、現在の市場の動向などで多少価格は変動しているが、極端に価値が下がった物や上がった物はないらしく、予定通り売却されることになったそうだ。
「ただ、量が多いこともあって、半分にわけて売却することになりました。残りは年が明けてからです」
「そうなんですか?」
その方が節税にもなるそうだ。今日でもう全部なくなるんだと思っていたので、嬉しくてついニコニコと笑ってしまった。
「だから、和咲さんには、もうしばらく管理をお願いしますね」
「わかりました!」
嬉しい! 来年までは一緒にいられる理由ができた!
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