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一番近くに いてほしい3

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 レストランの利用者は宿泊客だけではないようで、満席の店内は華やかで賑やかだった。カトラリーから豪華だったが、思ったほど格式張っていなくてほっとした。
 前菜もスープも旬の物。夏らしい色合いで、味付けもさっぱりして軽やか。きっと緊張して食べきれないと思っていたけれど、美味しくて完食してしまった。
 家に帰ったら再現してみたいと思い、八木沢さんはどれを気に入ったのか聞いた。

「そうですね、鱸が美味しかったです」
「山菜が添えてあって美味しかったですね」
 
 鱸のポワレなら家でも作れそう。数は少ないけれど、洋食器もいくつかあったので、あまり高価でないものを使わせてもらおう。
 明朝には雨があがる予報だから朝食のあとは庭園を散歩したいこと、さっき行かせてもらったスパで頂いたデーツが美味しかったから、自分用に買って帰りたいと思っていることなど、たくさん話をして楽しかった。
 少しびっくりしたのは、八木沢さんがアメリカで学位をとった話だった。

「入省後に留学させてもらいました。自分が海外に行くなんて想定してなかったので新鮮でした」

 帰国後、内閣府大臣官房などを経て、また統計局へ戻ってくるまで論文を書き続けて、日本でも博士号を取ったらしい。
 勿論、私と八木沢さんでは環境が違うけれど、自分はどうだろうと恥ずかしくなった。
 もっと何か、やれることがあるのでは。
 祖父母のためとか、生活のためだけじゃなくて、自分が本当にやりたいこと。

「すごいです。私も、がんばらないと」
「和咲さんは、いつも頑張ってます」

 優しくそう言ってもらったら、不思議となんでも出来そうな気がした。
 お酒も少し飲んだし、ふわふわと気持ちが軽い。部屋に戻る途中にドライフルーツを買い、私はお部屋でのんびりすることにした。
 八木沢さんはもう一度温泉に入ってくると言って大浴場へ出かけて行った。


 備え付けの真っ白なパジャマに着替えて、ふたつのベッドを占領する。
 旅行、とっても楽しいな。
 でも夜が更けていくにつれて意識してしまう。期待していないと言えば、それは噓だった。この旅行で、もしかして何かあるんじゃないか……と思っていた。でも、彼はずっと紳士的で、家族のような距離感で接してくれた。父か兄のように。
 いい加減、自分で認めなくてはいけないな、と思う。
 私は多分、八木沢さんが好き。
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