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彼氏と彼女?1
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槙木さんにあおられ、ただの「大家と店子」だったはずが、「彼氏と彼女」の関係になってしまった。槙木さんが帰ったあと、エントランスで八木沢さんに聞いてみた。
「本当にいいんですか?」
「何がですか?」
「わ、わわ私が彼女……で、いいんですか?」
照れてしまって、どんな顔をしていいのかわからない。でも、八木沢さんはいつも通り穏やかに笑っていた。
「見合い話にはうんざりしていたので断りやすくなります。したくないと言っても、強引に話を進められる場合もあるんですよ。お見合いしてから『結婚するつもりがない』と言うと相手を怒らせますので」
「まあ、それは怒りますよね」
「お互い、結婚を前提としないお付き合いなら安心です」
私の「彼氏」のはずだが、八木沢さんの態度は何も変わらなかった。私と八木沢さんとの連絡頻度も、なーんにも変わらなかった。
唯一の約束は「お互いの時間と空間を尊重する」こと。それだけ。束縛しない、自分のことを優先、無理に相手にあわせない……当たり前といえば当たり前のこと。
「つまり、勢いで付き合い始めたんですか。おめでとうございます?」
「いい、自分でもどうかしてる」
私から永遠子を誘って、「真臣からお金を取り返したいが連絡を取りたくない、どうしたらいいか」という相談をしていたはずが、いつの間にか八木沢さんの話になっていた。
永遠子の祝福が疑問形だったのは仕方ない。
「うーん、でも和咲さん、まんざらでもなさそう。だって最近、その大家さんの話ばかりでしたよね?」
「えっ、そうだった?」
「私、和咲さんの話に出てくる『大家さん』のこと、勝手に『優しいおじいちゃん』で想像してたから、付き合うことになったって聞いた瞬間は度肝抜かれましたよ」
確かに、大家さんといえば、若者よりも悠々自適なお年寄りのイメージはある。
「でも、その歳まで独身って訳ありなのでは? 実はバツイチとか」
私もそれは想像していた。離別か死別しているのではないかと。プライベートなことをこちらから聞くつもりはなかったが、「彼氏」なら質問してもいいのかな。
「だって、官僚って二十代で結婚する人が多いって聞くし。三十代四十代になると、どんどん激務になって婚活する暇もないから、そんな先輩達を見て、二十代の若手は『いまのうちに結婚しておこう』って思うらしいですよ」
永遠子によれば、三十代でほぼ全員が既婚者となるらしい。ほんとかな。
八木沢さんは「上司がしつこくお見合いを勧めてくる」と言っていたが、「しつこく」の度合いが私の想像よりもすごいのかもしれない。
週末、私の部屋で八木沢さんと一緒に夕飯を食べたあと、お茶を淹れながら、勇気を出して聞いてみることにした。過去に婚歴があるなら教えてくれるだろう。嘘はつかないと思う、多分。
「八木沢さんは結婚を考えたことはないんですか?」
「ありますよ」
「そうですか」
あっさり肯定された。このあとどうしよう。困っていると、茶托から湯飲みを持ち上げて彼が笑った。ちょっと意地悪そうに笑っているから、この質問がいつかくることを想定していたのかもしれない。
「気になる?」
「……それは……気になります……」
「秘密です、と言いたいところですが、別に隠すこともないので。以前、結婚を考えたことはありました。でも断られました。その彼女は別の男性と結婚して、それきり一度も会ってません。おしまい」
「……すみません、変なこと聞いて」
その女性が別の男性と結婚した、という事実にほっとしている自分がいた。でも同時に、八木沢さんはその女性以外と結婚するつもりがないから、「結婚しない」と公言してるのかなと思い至り、胸の奥が痛くなった。聞くんじゃなかった。
「本当にいいんですか?」
「何がですか?」
「わ、わわ私が彼女……で、いいんですか?」
照れてしまって、どんな顔をしていいのかわからない。でも、八木沢さんはいつも通り穏やかに笑っていた。
「見合い話にはうんざりしていたので断りやすくなります。したくないと言っても、強引に話を進められる場合もあるんですよ。お見合いしてから『結婚するつもりがない』と言うと相手を怒らせますので」
「まあ、それは怒りますよね」
「お互い、結婚を前提としないお付き合いなら安心です」
私の「彼氏」のはずだが、八木沢さんの態度は何も変わらなかった。私と八木沢さんとの連絡頻度も、なーんにも変わらなかった。
唯一の約束は「お互いの時間と空間を尊重する」こと。それだけ。束縛しない、自分のことを優先、無理に相手にあわせない……当たり前といえば当たり前のこと。
「つまり、勢いで付き合い始めたんですか。おめでとうございます?」
「いい、自分でもどうかしてる」
私から永遠子を誘って、「真臣からお金を取り返したいが連絡を取りたくない、どうしたらいいか」という相談をしていたはずが、いつの間にか八木沢さんの話になっていた。
永遠子の祝福が疑問形だったのは仕方ない。
「うーん、でも和咲さん、まんざらでもなさそう。だって最近、その大家さんの話ばかりでしたよね?」
「えっ、そうだった?」
「私、和咲さんの話に出てくる『大家さん』のこと、勝手に『優しいおじいちゃん』で想像してたから、付き合うことになったって聞いた瞬間は度肝抜かれましたよ」
確かに、大家さんといえば、若者よりも悠々自適なお年寄りのイメージはある。
「でも、その歳まで独身って訳ありなのでは? 実はバツイチとか」
私もそれは想像していた。離別か死別しているのではないかと。プライベートなことをこちらから聞くつもりはなかったが、「彼氏」なら質問してもいいのかな。
「だって、官僚って二十代で結婚する人が多いって聞くし。三十代四十代になると、どんどん激務になって婚活する暇もないから、そんな先輩達を見て、二十代の若手は『いまのうちに結婚しておこう』って思うらしいですよ」
永遠子によれば、三十代でほぼ全員が既婚者となるらしい。ほんとかな。
八木沢さんは「上司がしつこくお見合いを勧めてくる」と言っていたが、「しつこく」の度合いが私の想像よりもすごいのかもしれない。
週末、私の部屋で八木沢さんと一緒に夕飯を食べたあと、お茶を淹れながら、勇気を出して聞いてみることにした。過去に婚歴があるなら教えてくれるだろう。嘘はつかないと思う、多分。
「八木沢さんは結婚を考えたことはないんですか?」
「ありますよ」
「そうですか」
あっさり肯定された。このあとどうしよう。困っていると、茶托から湯飲みを持ち上げて彼が笑った。ちょっと意地悪そうに笑っているから、この質問がいつかくることを想定していたのかもしれない。
「気になる?」
「……それは……気になります……」
「秘密です、と言いたいところですが、別に隠すこともないので。以前、結婚を考えたことはありました。でも断られました。その彼女は別の男性と結婚して、それきり一度も会ってません。おしまい」
「……すみません、変なこと聞いて」
その女性が別の男性と結婚した、という事実にほっとしている自分がいた。でも同時に、八木沢さんはその女性以外と結婚するつもりがないから、「結婚しない」と公言してるのかなと思い至り、胸の奥が痛くなった。聞くんじゃなかった。
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