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大家と店子、だったはず3

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 多すぎて一人で食べきれないので、201号室の馬木さんご夫婦を訪ねることにした。
 馬木さんは入居後のご挨拶にお伺いしたあと、エントランスで会うたびに雑談をして、そのうち家に招かれて仲良くなり、歳の離れた友人になった方だ。
 旦那さんは職場で倒れて足が不自由になり、それ以降車椅子生活になったそう。ご挨拶に行ったときも部屋の奥から車椅子で挨拶に出てきてくださった。
 郊外の一軒家に住んでいたが、奥さんは車の運転が出来ず不便になったため、このマンションの一室を購入したらしい。
 晴れた日は、よくご夫婦一緒に散歩に出かけているし、土曜日はデイサービスの迎えが来て、旦那さんだけが出かけているのも何度か見かけている。
 土曜日は、介護から解放されてほっとできる唯一の時間だが、独りで過ごすのも寂しいそうで、「お願いだから遊びに来て!」と言われてお邪魔した。ほぼ一方的に馬木さんがしゃべるのを聞いているだけだが、私にも経験のあることなので、「わかりますー!」と何度も頷いていた。

「死にたいって言われると困るのよね」
「うんうん」
「老いてもそばにいたいから、こうして苦労してでも一緒に暮らしてるのに。夜は不安になるのか、もうお迎えが来て欲しいってよく言われる。でも『そんなこと言わないで長生きして!』とも言えないのよね」
「わ、わかります……」

 そして、馬木さんは「聞いてくれてありがとう、また頑張れるわ」と、ベランダで育てている野菜や花をくれる。
 その馬木さん宅に唐揚げをお裾分けに行ったが、それでも余ってしまった。

「夕飯を作りすぎたので助けてください」

 まだ仕事中であろう八木沢さんにそう連絡してみると、『喜んでお相伴にあずかります』との返事だったのでほっとした。

 午後十一時、八木沢さんが帰宅した。
 101号室の玄関先で、お皿(鑑定額二万円)に盛ってラップをかけた唐揚げを手渡しながら質問した。

「いつも帰りはこれくらいの時間ですか?」
「もう少し遅くなることもありますが、部署がかわってからは今くらいですね」
「……ということは、部署によっては……」
「言えません。内緒です」
 
 八木沢さんが悪戯な表情で笑うのを見て心臓が跳ねた。普段は人畜無害そうにしているくせに、時折色気がある。

「綺麗に盛り付けてくださってありがとうございます。眠っていた器も愛でてもらって喜んでると思いますよ。僕には使おうという発想すらなかったので」
「遠慮無く使わせて頂いてます」
本当は遠慮しつつだけど。

 おやすみなさいと挨拶をしてドアを閉めようとしたときに、真臣からの手紙を放置していたのを忘れて靴箱に手をついてしまった。積み上げていた手紙のバランスが崩れて落としてしまい、廊下にまで滑り出た。

「すみません! 元彼から、手紙が届いて……怖くて玄関に置いてました……」
「これ全部です?」

 八木沢さんが絶句したあと「確かに怖い」と呟いていた。
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