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恋愛の終止符2

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 帰宅後、私はマンションの正面に立って最上階を見上げていた。窓に灯りは点いておらず、八木沢さんはまだ帰宅していないようで、それを少し寂しく感じた。
 ここは、総戸数五十の中規模マンション。一階は管理人室や駐輪場などがあるので、101号室しかないが、二階には六部屋ある。全戸にごあいさつするのは到底無理なので、二階の方にだけお伺いすればいいかな、と考えながらエントランスの中に入った。
 転居の手続きをしないといけないから、来週どこかで半日お休みをもらおう。健康診断の再検査も、同じ日にすればいい。予約を取るのが面倒。真臣のせいで引っ越すことになったのに、手続きで休まなければいけないのも面倒。
 悲しくないのは忙しいからなのか、それとも嘆いてもどうしようもないから諦めているのか、自分でもよくわからない。
 東京駅で対峙していたとき、真臣から「冷たい」と言われたけど、その通りかもしれない。彼からの連絡は、すべて無視し続けている。

 真臣は、新潟出張から戻ると、「お土産買ってきたよ」と言って、照れながら私のデスクにお菓子を置いていった。
 頂いた食べ物を無下にもできず困惑していると、上司から小声で「別れたんじゃないのか?」と確認されたので、「そのはずです」と答えてその手にお菓子を押しつけた。
 目ざとい藤原さんがそのやり取りを見逃すはずもなく、どこで裏を取ったのか、その翌日には破談になったことが会社中に広まっていた。
 真臣は、何か問われても「僕が悪いんです」としか答えていないようで、普段からの印象は真臣のほうが良いせいか、一部の社員さんからは「彼女のわがままのせいで破談になった」と思われているのが腹立たしい。
 一番驚いたのは、普段から賑やかなある女性社員さんが「別れたの? ウケるー!」と言って陰で笑っていたことだった。元気な楽しい人だと思っていたのに。
 何も言わずに差し入れをくれる人もいれば、「戸樫さん、フリーになったの?」と嬉々として食事に誘ってくる酷い人もいた。週末までずっとその状態だったので心底疲れた。

 土曜日。
 荷物が少ないので、搬出作業は笑えるくらいに一瞬だった。立ちあいがあっさり終わったので、真臣と言葉を交すこともなかった。
 だが、挨拶をして家を出ようとすると真臣に引き留められた。「触らないで」と強く拒否したが、痛いくらいに腕を掴まれて、恐怖で身動きできなかった。

「待って、和咲。これだけは言わせてくれ。一番好きなのは和咲だ。やり直せるなら、やり直したい」

 涙混じりの震える声で訴えられて、ほんの少し心が揺らいだことに自分自身が驚いた。やり直す方法があるなら私だって知りたい。

「これからもずっと好きだ」

 だったらどうして浮気なんかしたの!
 そう泣き叫びたかったが、どうして、と繰り返しても時間は戻らない。何も変わらないなら、黙って受け入れるほうがいい。

「……ありがとう。私も好きだったよ。私の初めての恋人だったし、ずっと一緒にいるのかなって夢も見た。でも、もう無理だから。お世話になりました、さようなら」

 泣きたくない。頭が痛い。振り払っても、また腕を掴もうとしてきたので、全力で押し返して逃げるようにマンションを出た。駅まで走って、ちょうど入線してきた快速電車に乗る。真臣はずるい。ずるい、大嫌い。大好きだった。ずるい。
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