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条件付き格安物件2
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「戸樫さんなら、またきっといい人に巡り会えますよ。もう出会ってるかもしれない」
「そうですね。でも、もう結婚はいいです。考えたくないです」
私がそう言うと、八木沢さんが楽しそうに笑った。
「では仲間ですねえ。僕も結婚したくないんです」
「仲間ですね!」
「この歳になると、親兄弟や上司がうるさくて。結婚しないと一人前じゃないなんて誰が言い出したんだろう」
「私は親がいないからうるさく言われません! やった!」
ある国では、結婚は通過儀礼。私もなにも疑うことなく恋愛の延長で結婚しようと思っていたけれど、そもそも結婚って何だろう。誰かと共存できなくても、一人で楽しく生きて幸せならいいじゃないか。
八木沢さんと二人で独身の楽なところを言い合って、最終的に家の話になった。
「会社が日本橋なので、通勤に便利そうなところで探します。猶予がないので、あまり選べないとは思いますが、頑張って探します」
「……僕の」
「え?」
急に八木沢さんの動きが止まったから思わず注視した。八木沢さんは真剣な口調で言った。
「僕の家、一部屋空いてるんで、そこに住みませんか?」
「はい?」
ルームシェアってこと?
どれだけ広い家なのか知らないが、独身男性と同居とかありえない。
「無理、無理です。いくら彼氏と別れたばかりだからってそんな非常識な……」
「家賃は考慮します。あなたにお手伝いをお願いしたいこともあるので」
「お手伝い……?」
まさか、まさか、×××込みの家政婦になるとか、そういうえっちなやつ!?
無理ー! 無理むり! いい人だと思っていたらとんでもない人だった!
……と思って一度は断ったが、それは盛大な誤解だったとすぐに知ることになる。
◆
翌日の土曜日。
私はとあるマンションの内覧をするため、八木沢さんと一緒に新宿区にいた。
「昨日はありがとうございました。おかげさまで家に帰ってから眠れました」
私がお礼を言うと八木沢さんが穏やかに笑ってくれたので嬉しくなる。
熟睡とはいかなかったが、眠ることが出来たので体力も回復した。昨夜、真臣は帰ってこなかったし、今朝も早くに家を出て、約束の九時までカフェで過ごした。
新宿御苑の北側にある十五階建ての高層マンション。JR新宿駅や地下鉄駅まで徒歩圏内。
南向きのエントランスは明るく綺麗で、植木も丁寧にお手入れされている。
大きな扉を開けると白が基調の玄関ホール。オートロックのパネル横には生花を飾った花瓶が置いてあり、気後れしそうなくらいに上品だった。
管理会社のお兄さんがロックを解除し、先導して中へ入ると管理人室があった。今日は土曜日なのでお休みだが、月曜日から金曜日の日中は通いの管理人さんが常駐しているらしい。
メールボックスや宅配ボックスもあるその小さなホールに、もう一つオートロックの扉があった。二重になっていることについて、お兄さんが営業スマイルで説明してくれる。
「新宿といえば歌舞伎町のイメージが強いですよね。でもこのあたりはオフィス街で治安も比較的いいですし、ダブルオートロックでさらにご安心頂けるかと思います。小学校も近いのでファミリーや、高齢のご夫婦などのご入居が多いです」
大きな自動ドアが開くと、想像よりも広いエレベーターホールがあった。大理石のようで(ホテルのロビーみたい)というありきたりな感想しか出てこなかった。
「これからご覧頂く一階のお部屋はこちらです」
角を曲がると、ホールよりも少し天井が低くなっており、そこに狭い通路が伸びていた。通路の先には鉄の扉があり、お兄さんから「扉の向こうは駐輪場です。内側からは押せば開きますが、外側からはカードキーがないと入れません。こちらもオートロックなので閉め出されないようにしてくださいね」と注意された。
その扉の手前に、ひっそりと101号室がある。それまで説明はお兄さんに任せて黙っていた八木沢さんが口を開いた。
「日当たりはよくないので、その点だけご了承ください。窓はありますが、ベランダなどもないです。その代わり浴室乾燥があります」
「女の一人暮らしなので、どうせ洗濯物は外には干しません。むしろありがたいです」
管理会社のお兄さんが扉を開くと、まだ午前中なのに本当にその部屋は真っ暗だった。どうして、前もって八木沢さんが「日当たりがよくない」と言ったのかがよくわかった。
照明をつけると、なにもない広い玄関の先によく磨かれた綺麗な廊下が見える。勿論、人が生活している気配はまったくない。けれど、空き部屋特有の匂いもない。
廊下を進みリビングに入る。事前に聞いてはいたがその荷物の多さに驚いた。2LDKの全部の部屋を見せてもらったが、窓のある部屋以外にたくさんの荷物――これから私が管理する骨董品――が無造作に置いてある。
「そうですね。でも、もう結婚はいいです。考えたくないです」
私がそう言うと、八木沢さんが楽しそうに笑った。
「では仲間ですねえ。僕も結婚したくないんです」
「仲間ですね!」
「この歳になると、親兄弟や上司がうるさくて。結婚しないと一人前じゃないなんて誰が言い出したんだろう」
「私は親がいないからうるさく言われません! やった!」
ある国では、結婚は通過儀礼。私もなにも疑うことなく恋愛の延長で結婚しようと思っていたけれど、そもそも結婚って何だろう。誰かと共存できなくても、一人で楽しく生きて幸せならいいじゃないか。
八木沢さんと二人で独身の楽なところを言い合って、最終的に家の話になった。
「会社が日本橋なので、通勤に便利そうなところで探します。猶予がないので、あまり選べないとは思いますが、頑張って探します」
「……僕の」
「え?」
急に八木沢さんの動きが止まったから思わず注視した。八木沢さんは真剣な口調で言った。
「僕の家、一部屋空いてるんで、そこに住みませんか?」
「はい?」
ルームシェアってこと?
どれだけ広い家なのか知らないが、独身男性と同居とかありえない。
「無理、無理です。いくら彼氏と別れたばかりだからってそんな非常識な……」
「家賃は考慮します。あなたにお手伝いをお願いしたいこともあるので」
「お手伝い……?」
まさか、まさか、×××込みの家政婦になるとか、そういうえっちなやつ!?
無理ー! 無理むり! いい人だと思っていたらとんでもない人だった!
……と思って一度は断ったが、それは盛大な誤解だったとすぐに知ることになる。
◆
翌日の土曜日。
私はとあるマンションの内覧をするため、八木沢さんと一緒に新宿区にいた。
「昨日はありがとうございました。おかげさまで家に帰ってから眠れました」
私がお礼を言うと八木沢さんが穏やかに笑ってくれたので嬉しくなる。
熟睡とはいかなかったが、眠ることが出来たので体力も回復した。昨夜、真臣は帰ってこなかったし、今朝も早くに家を出て、約束の九時までカフェで過ごした。
新宿御苑の北側にある十五階建ての高層マンション。JR新宿駅や地下鉄駅まで徒歩圏内。
南向きのエントランスは明るく綺麗で、植木も丁寧にお手入れされている。
大きな扉を開けると白が基調の玄関ホール。オートロックのパネル横には生花を飾った花瓶が置いてあり、気後れしそうなくらいに上品だった。
管理会社のお兄さんがロックを解除し、先導して中へ入ると管理人室があった。今日は土曜日なのでお休みだが、月曜日から金曜日の日中は通いの管理人さんが常駐しているらしい。
メールボックスや宅配ボックスもあるその小さなホールに、もう一つオートロックの扉があった。二重になっていることについて、お兄さんが営業スマイルで説明してくれる。
「新宿といえば歌舞伎町のイメージが強いですよね。でもこのあたりはオフィス街で治安も比較的いいですし、ダブルオートロックでさらにご安心頂けるかと思います。小学校も近いのでファミリーや、高齢のご夫婦などのご入居が多いです」
大きな自動ドアが開くと、想像よりも広いエレベーターホールがあった。大理石のようで(ホテルのロビーみたい)というありきたりな感想しか出てこなかった。
「これからご覧頂く一階のお部屋はこちらです」
角を曲がると、ホールよりも少し天井が低くなっており、そこに狭い通路が伸びていた。通路の先には鉄の扉があり、お兄さんから「扉の向こうは駐輪場です。内側からは押せば開きますが、外側からはカードキーがないと入れません。こちらもオートロックなので閉め出されないようにしてくださいね」と注意された。
その扉の手前に、ひっそりと101号室がある。それまで説明はお兄さんに任せて黙っていた八木沢さんが口を開いた。
「日当たりはよくないので、その点だけご了承ください。窓はありますが、ベランダなどもないです。その代わり浴室乾燥があります」
「女の一人暮らしなので、どうせ洗濯物は外には干しません。むしろありがたいです」
管理会社のお兄さんが扉を開くと、まだ午前中なのに本当にその部屋は真っ暗だった。どうして、前もって八木沢さんが「日当たりがよくない」と言ったのかがよくわかった。
照明をつけると、なにもない広い玄関の先によく磨かれた綺麗な廊下が見える。勿論、人が生活している気配はまったくない。けれど、空き部屋特有の匂いもない。
廊下を進みリビングに入る。事前に聞いてはいたがその荷物の多さに驚いた。2LDKの全部の部屋を見せてもらったが、窓のある部屋以外にたくさんの荷物――これから私が管理する骨董品――が無造作に置いてある。
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