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東京駅5
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「詳しい事情はわからないけれど、そっちの人も具合悪そうだし、場所か日を改めたら?」
「誰だよ、あんたたち!」
こんなことを言われるなんて、よっぽど見苦しかったのだろう。結局、周囲の方々に迷惑をかけてしまったことが恥ずかしいし申し訳ない。謝りもしない真臣に呆れる。
立ち止まる人も増えて、「修羅場?」「聞こえてたけど彼氏サイテー」などと聞こえるように言う人もいた。真臣に味方する人が極端に少ないのは、事実そうであることに加えて、私を庇うように立っているこの人がイケメンだからだと思う。イケメン正義。
雰囲気にいたたまれなくなったのか武内さんが口を開いた。
「あ、あのね……私も疲れたから座りたいな」
「ごめんね、七瀬さん。僕の家においで。もう会社には戻らないから」
真臣の言葉を聞いて、思わず隣の男性の腕をぎゅっと掴んでしまった。彼には申し訳ないと思ったが、何かにすがってないと立てそうにない。これだけは聞いておかなくてはと思ってなんとか声を絞り出した。
「帰るってどこに? まさか私たちの家!?」
「え、だめ?」
「だめに決まってるだろ」
真臣に向かってそう言ったのは私ではなく隣のおじさんで、冷静すぎる物言いに周囲で忍び笑いが起きる。恥ずかしい。
真臣は仕方なく自分の実家に帰ると言って、逃げるようにその場を後にしたので、助け船を出してくれた男性に心の底から感謝した。
彼らは仙台からの出張帰りで、直帰予定だから「帰宅前に軽く飲んで帰ろう」と話していたら、この騒ぎに遭遇したらしい。
「二対一だったし、向こうが一方的な主張ばっかりだったからね。失礼だとは思ったけど割り込んじゃったよ。勝手にごめんね」
「お騒がせして申し訳ありません。……正直、助かりました。ありがとうございます」
「災難だったねえ」
災難か、そうかもしれない。
私が何度も頭を下げていると、不意に可愛らしいリズムの電子音が聞こえてきた。日曜朝のアニメの主題歌だ。見ればイケメンのお兄さんがスーツの胸ポケットから携帯電話を取り出していた。画面を見た彼が言った。
「ああ、ごめん。娘が夕飯食べずに待ってるって。飯でも奢りたかったけど、オレ帰るわ。ほんとごめんね」
「とんでもないです。私なんかより、娘さんのために帰ってください」
彼はすっかりパパの顔になっている。日曜日にはバレエの発表会もあるらしく、可愛いでしょと写真を見せられた。幸せそうな家族写真に、今は少し胸が苦しくなる。
急いで帰る彼を見送ったあと、私をそっと支え続けてくれていたおじさんにもお礼を言った。
みんな無視して通り過ぎていた中で、この人達だけが手を差し伸べてくれた。
つい派手なイケメンに目が行きがちだったが、このおじさんもかっこいい。この二人が仲良く新幹線に並んで乗っていたのかなと想像すると少しおかしくなって笑った。
「少しは落ち着きました?」
「ありがとうございました。もう大丈夫なので、私も帰ります」
「未開封なので、よかったら」
そうわざわざ付け加えて、自分の鞄から小さな水のペットボトルを私に手渡してくれた。遠慮したが、にこにこ笑いながらも一向に引かないので、ありがたく頂戴する。優しそうに見えてわりと頑固。
こんなとき、助けてくれた人と恋に落ちたりするのだろうけど、相手が既婚者の場合、可能性はゼロ。不倫ダメ、絶対。
でも、形の良い唇が優しく微笑をたたえるのを見て、結婚するならこんな人にすべきだったなと思ったのは事実だ。
新幹線改札口から中央線のホームへ移動して電車を待っている間、名前くらい聞いておけば良かったと後悔した。出張帰りと言っていたから、普段の通勤経路とは違うのだろう。多分、もう会うこともない。
近くにいないかなと見回したが、そんな都合のいい偶然が何度もあるはずはなく、勿論彼らは見当たらなかった。
家に帰りたくないなと思いつつ、私はいつものように中央快速に乗りこんだ。
「誰だよ、あんたたち!」
こんなことを言われるなんて、よっぽど見苦しかったのだろう。結局、周囲の方々に迷惑をかけてしまったことが恥ずかしいし申し訳ない。謝りもしない真臣に呆れる。
立ち止まる人も増えて、「修羅場?」「聞こえてたけど彼氏サイテー」などと聞こえるように言う人もいた。真臣に味方する人が極端に少ないのは、事実そうであることに加えて、私を庇うように立っているこの人がイケメンだからだと思う。イケメン正義。
雰囲気にいたたまれなくなったのか武内さんが口を開いた。
「あ、あのね……私も疲れたから座りたいな」
「ごめんね、七瀬さん。僕の家においで。もう会社には戻らないから」
真臣の言葉を聞いて、思わず隣の男性の腕をぎゅっと掴んでしまった。彼には申し訳ないと思ったが、何かにすがってないと立てそうにない。これだけは聞いておかなくてはと思ってなんとか声を絞り出した。
「帰るってどこに? まさか私たちの家!?」
「え、だめ?」
「だめに決まってるだろ」
真臣に向かってそう言ったのは私ではなく隣のおじさんで、冷静すぎる物言いに周囲で忍び笑いが起きる。恥ずかしい。
真臣は仕方なく自分の実家に帰ると言って、逃げるようにその場を後にしたので、助け船を出してくれた男性に心の底から感謝した。
彼らは仙台からの出張帰りで、直帰予定だから「帰宅前に軽く飲んで帰ろう」と話していたら、この騒ぎに遭遇したらしい。
「二対一だったし、向こうが一方的な主張ばっかりだったからね。失礼だとは思ったけど割り込んじゃったよ。勝手にごめんね」
「お騒がせして申し訳ありません。……正直、助かりました。ありがとうございます」
「災難だったねえ」
災難か、そうかもしれない。
私が何度も頭を下げていると、不意に可愛らしいリズムの電子音が聞こえてきた。日曜朝のアニメの主題歌だ。見ればイケメンのお兄さんがスーツの胸ポケットから携帯電話を取り出していた。画面を見た彼が言った。
「ああ、ごめん。娘が夕飯食べずに待ってるって。飯でも奢りたかったけど、オレ帰るわ。ほんとごめんね」
「とんでもないです。私なんかより、娘さんのために帰ってください」
彼はすっかりパパの顔になっている。日曜日にはバレエの発表会もあるらしく、可愛いでしょと写真を見せられた。幸せそうな家族写真に、今は少し胸が苦しくなる。
急いで帰る彼を見送ったあと、私をそっと支え続けてくれていたおじさんにもお礼を言った。
みんな無視して通り過ぎていた中で、この人達だけが手を差し伸べてくれた。
つい派手なイケメンに目が行きがちだったが、このおじさんもかっこいい。この二人が仲良く新幹線に並んで乗っていたのかなと想像すると少しおかしくなって笑った。
「少しは落ち着きました?」
「ありがとうございました。もう大丈夫なので、私も帰ります」
「未開封なので、よかったら」
そうわざわざ付け加えて、自分の鞄から小さな水のペットボトルを私に手渡してくれた。遠慮したが、にこにこ笑いながらも一向に引かないので、ありがたく頂戴する。優しそうに見えてわりと頑固。
こんなとき、助けてくれた人と恋に落ちたりするのだろうけど、相手が既婚者の場合、可能性はゼロ。不倫ダメ、絶対。
でも、形の良い唇が優しく微笑をたたえるのを見て、結婚するならこんな人にすべきだったなと思ったのは事実だ。
新幹線改札口から中央線のホームへ移動して電車を待っている間、名前くらい聞いておけば良かったと後悔した。出張帰りと言っていたから、普段の通勤経路とは違うのだろう。多分、もう会うこともない。
近くにいないかなと見回したが、そんな都合のいい偶然が何度もあるはずはなく、勿論彼らは見当たらなかった。
家に帰りたくないなと思いつつ、私はいつものように中央快速に乗りこんだ。
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