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番外編

王宮の庭_4

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 しばらく歩いて林を抜けると、眼前に彼女が言った通りの小さな池が現れた。池の周囲も原生林の一部を残したのだろう。この場所だけが異空間のように手付かずだった。どうやら庭師はこの池の存在は知っているらしい。

 王都の中ではなくどこか遠い山間やまあいであるかのように、あえて手入れされていない木々。野の花が咲いて、水面には光が燦燦と輝いている。離れた場所からでも小さな魚たちが泳いでいるのが見えるくらいに水が澄んでいた。

「鴨の親子だ! 可愛い、仲良さそう。いいなぁ」

 雛鳥たちが親鳥について泳いでいるのを見つけてはしゃいだあと、少しだけ寂しそうに笑った彼女になぜか惹かれてしまった。羨ましそうに、でも微笑んで親子を眺めていて、その横顔をとても美しいと思った。

「……名前は?」
「ああ、不躾で申し訳ありません。王子様に名乗りもしないなんて」

 隣にいた彼女が距離をとって膝を曲げる。ドレスの裾の刺繍に使われた金糸と縫い付けてある小さな宝石がきらきらと輝いて見えた。温かい陽光が集まっているみたいだ。

「トルトゥリエ伯爵家の次女で、ジゼル・アヴリーヌと申します」
「ああ、あの……」
「『あの』が指すのは、祖父でしょうか? 父でしょうか?」

 すぐに察した所をみると、さとい娘のようだ。
 面白そうに笑いながら見上げられて、それをまた可愛いと思ってしまう。

「この池の存在を君に教えた祖父とは、あのリオネルだったのか」

 トルトゥリエ伯爵家の先代当主リオネルは、内務省の会計官まで勤めた優秀な官僚。控え目かつ実直で、その清廉な人柄から人望を集めていたらしい。痩身痩躯で凛とした佇まいに、生真面目な人だと感じた幼い記憶しかないが、ジゼルにとっては優しい「おじいちゃん」だったのだろう。

 今の当主は国政には携わらず、女遊びをして散財し、貴族の免税特権があるにも関わらず借金まで抱えていると聞く。トルトゥリエ伯爵家は、王家にとって「もっともらしい理由で早々に世代交代、または取り潰すべき家」のひとつだった。
 あまり個人的な関係を持たない方がいいのかもしれない。
 そう思っていたのに俺の口から出た言葉は、全く別のものだった。

「また会えるだろうか? 全ての式典が終わる明日にもここに来るから……」

 驚いたのかジゼルが目を見開いている。口元に手を当てて迷うような仕草が可愛い。
 可愛いな……とじっと見つめていたら、しばらく逡巡していた彼女が笑って言った。

「殿下は式典に戻られるんですね、安心しました。では急いでください。もう太陽が中天に昇ってしまいますよ」



 王室礼拝堂に戻った俺を母は叱責したが、気にならなかった。
 彼女との次の約束を心待ちにしていた。純粋に会いたかった。また話をして声が聞きたい。

 翌日の午後、ジゼルは昨日着ていた式典用の豪奢なドレスではなく、質素な綿のドレスを着ていた。彼女はなぜか靴も靴下も脱いで、裸足になって芝生の上に座っていた。

「あ! 失礼しました。殿下がいらっしゃる前には服装を整えておくつもりでしたのに」

 はぐれてしまった雛鳥を池の中央の小島へ戻すために、ざぶざぶと水の中へ入っていったらしい。乾かすために足を放り出していたと。

「見守っていたのですが、親を見失って不安そうにうろうろしている雛鳥を放っておけなくて」
「ドレスまで濡れている」
「大丈夫です、すぐ乾きます」

 彼女が笑うと安心する。昨日は何をしていたのか、明日は何をするのか聞きたかった。

「昨日は結局舞踏会に行かなかったので、両親には叱られました」

 お互いの親の愚痴、執政のこと、諸外国のこと、たくさんの話をしていくうちに、ああ俺はジゼルに惹かれていて、好きになり始めているんだなと気づいた。
 リオネルから教えてもらったという秘密の通路を通って、ふたりで城下へおりたこともある。

 会えない日々は彼女の顔がちらつく。次に会ったら、手に触れてもいいだろうか。

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