20 / 31
20 フロリアン伯爵(※リヴィエラ視点)
しおりを挟む
父のような厳格さも、バーヴァ伯爵のような寛大さも、相容れぬ二つを持ち合わせたような新しいフロリアン伯爵に、私は戸惑った。
「当然だけど、ありがとう」
ソニアの声は、怒ったままだ。
そんなソニアを気にも留めず、フロリアン伯爵マックス・アーカート卿は壁際から離れ、こちらに体を向けた。
「私は、先々代のフロリアン伯爵──そこにいるレディ・ソニアの父親の従兄弟にあたるダウディング伯爵の婚外子として生まれた。母はエルドン侯爵夫人。連れ合いに先立たれた独り者同士で、後ろ暗い生まれではない。だが、どちらも既に後継者はおり、彼らにとって私は邪魔者だ。ただ両家の恥とさせないがために、貴族として当然の教育を施された。こうしてどこかの穴を埋める事になれば、益に転じるとも考えたのだろう」
彼が名乗るだけでなく唐突に身の上話を始めた理由は、明らかだった。
私を納得させるため。
勘当された私に、からわず貴族として生きる道を示すため。
彼は冷たいように見えて、義人だった。
「妥当ですな」
バーヴァ伯爵の相槌に、彼はそちらを見ずに頷く。
「それに、あなたにいくら罪がなかろうと、フロリアン伯爵家の醜聞は生涯つきまとう。単身放り出されれば只では済まない」
「そうよ。守ってくれる人が必要だわ。フラカストロ伯爵がそうすべきだったのに……っ」
「部外者を持ち出すだけ時間の無駄だ」
ソニアを冷たく黙らせて、彼はまた私を見つめた。
まるで、物を見るような、心の伴わない眼差し。
「あなたはまるで、柵を越えて落下する赤ん坊のようだ。床に打ち付けられて泣き、打ちどころが悪ければ命を落とす」
「マックス……!」
ソニアが彼を名前で呼んだ。
親族で年も近いから、私が来る前にすでに打ち解けていたのかもしれない。
「あなたが自身を粗末に扱う行為は、命を与え賜うた神への冒涜だ」
「よく言ったわ……!」
相性が悪いようで息の合う、彼とソニアの掛け合い。
それが少し微笑ましくて、心の重荷が少し減った。
「だが」
新しいフロリアン伯爵の目線が、ここでやっとバーヴァ伯爵へと流れた。
「結婚するとなれば身分は必要になるかもしれない」
「そうよ! どこの馬の骨とも知れない野蛮な男になんて──」
憤るソニアに、ついに彼は眉を顰めた。
「それを少しの間黙らせられないか、バーヴァ卿」
「なによ……っ」
「ハハッ」
反目する二人の板挟みだというのに、バーヴァ伯爵が大らかに笑った。
「?」
バーヴァ伯爵の笑い声は、いつも、明るい未来を約束してくれる。
ソニアの肩を抱きながら、バーヴァ伯爵は彼のほうへと足を進めた。ソニアがかなり戸惑って、不満を顕わにして二人の伯爵を交互に見遣る。
「これでレディ・リヴィエラを守る騎士が増えた。貴殿のような男がフロリアン伯爵となって本当に良かった! フロリアン伯爵家は安泰だ! 改めて、末永くよろしく」
「……」
バーヴァ伯爵の差し出した手を暫し見つめ、新しいフロリアン伯爵が事務的に握り返した。
ソニアの生家がきちんと守られていく。
そう約束されたようで、私は嬉しかった。
そして、神様が私を生かし続けた事を、受け止めなければならなかった。
「当然だけど、ありがとう」
ソニアの声は、怒ったままだ。
そんなソニアを気にも留めず、フロリアン伯爵マックス・アーカート卿は壁際から離れ、こちらに体を向けた。
「私は、先々代のフロリアン伯爵──そこにいるレディ・ソニアの父親の従兄弟にあたるダウディング伯爵の婚外子として生まれた。母はエルドン侯爵夫人。連れ合いに先立たれた独り者同士で、後ろ暗い生まれではない。だが、どちらも既に後継者はおり、彼らにとって私は邪魔者だ。ただ両家の恥とさせないがために、貴族として当然の教育を施された。こうしてどこかの穴を埋める事になれば、益に転じるとも考えたのだろう」
彼が名乗るだけでなく唐突に身の上話を始めた理由は、明らかだった。
私を納得させるため。
勘当された私に、からわず貴族として生きる道を示すため。
彼は冷たいように見えて、義人だった。
「妥当ですな」
バーヴァ伯爵の相槌に、彼はそちらを見ずに頷く。
「それに、あなたにいくら罪がなかろうと、フロリアン伯爵家の醜聞は生涯つきまとう。単身放り出されれば只では済まない」
「そうよ。守ってくれる人が必要だわ。フラカストロ伯爵がそうすべきだったのに……っ」
「部外者を持ち出すだけ時間の無駄だ」
ソニアを冷たく黙らせて、彼はまた私を見つめた。
まるで、物を見るような、心の伴わない眼差し。
「あなたはまるで、柵を越えて落下する赤ん坊のようだ。床に打ち付けられて泣き、打ちどころが悪ければ命を落とす」
「マックス……!」
ソニアが彼を名前で呼んだ。
親族で年も近いから、私が来る前にすでに打ち解けていたのかもしれない。
「あなたが自身を粗末に扱う行為は、命を与え賜うた神への冒涜だ」
「よく言ったわ……!」
相性が悪いようで息の合う、彼とソニアの掛け合い。
それが少し微笑ましくて、心の重荷が少し減った。
「だが」
新しいフロリアン伯爵の目線が、ここでやっとバーヴァ伯爵へと流れた。
「結婚するとなれば身分は必要になるかもしれない」
「そうよ! どこの馬の骨とも知れない野蛮な男になんて──」
憤るソニアに、ついに彼は眉を顰めた。
「それを少しの間黙らせられないか、バーヴァ卿」
「なによ……っ」
「ハハッ」
反目する二人の板挟みだというのに、バーヴァ伯爵が大らかに笑った。
「?」
バーヴァ伯爵の笑い声は、いつも、明るい未来を約束してくれる。
ソニアの肩を抱きながら、バーヴァ伯爵は彼のほうへと足を進めた。ソニアがかなり戸惑って、不満を顕わにして二人の伯爵を交互に見遣る。
「これでレディ・リヴィエラを守る騎士が増えた。貴殿のような男がフロリアン伯爵となって本当に良かった! フロリアン伯爵家は安泰だ! 改めて、末永くよろしく」
「……」
バーヴァ伯爵の差し出した手を暫し見つめ、新しいフロリアン伯爵が事務的に握り返した。
ソニアの生家がきちんと守られていく。
そう約束されたようで、私は嬉しかった。
そして、神様が私を生かし続けた事を、受け止めなければならなかった。
70
お気に入りに追加
1,227
あなたにおすすめの小説

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。
父親は怒り、修道院に入れようとする。
そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。
学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。
ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。
どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
window
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

お姉様。ずっと隠していたことをお伝えしますね ~私は不幸ではなく幸せですよ~
柚木ゆず
恋愛
今日は私が、ラファオール伯爵家に嫁ぐ日。ついにハーオット子爵邸を出られる時が訪れましたので、これまで隠していたことをお伝えします。
お姉様たちは私を苦しめるために、私が苦手にしていたクロード様と政略結婚をさせましたよね?
ですがそれは大きな間違いで、私はずっとクロード様のことが――

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる