14 / 31
14 忌まわしきモレーノの自白
しおりを挟む
1時間ほど馬車に揺られ、一軒の屋敷に着いた。
誰かの別荘か、空家かもしれない。そこまで大きくない屋敷の前に、それなりの馬車や馬が停まっている。そして、物々しい鍵付きの馬車も。
あれに囚われ、兄は監獄に向かうのだ。
「ソニア。無理だったら」
「いいえ? 初めて見るものだから、ギョッとしただけ」
「そうか。じゃあ、行こう」
アルセニオに肩を抱かれて中へ入ると、教会の聖騎士に止められた。
「私はバーヴァ伯爵。こちらはフロリアン伯爵令嬢だ。尋問立ち会いと証言のために呼ばれた」
「伺っております。神を欺かず、その口から出る言葉はすべて真実のみであると誓いますか?」
「誓います」
「どうぞ」
物々しい事この上ないわね。
改めて、兄の罪の重さと、宗教裁判への畏怖で震えたわ。
いくつか部屋を通り過ぎるうち、兄以外にも数人、尋問を受けているのだとわかった。
兄は娯楽室にいた。
判事と神父と聖騎士に囲まれ、椅子に縛り付けられていた。あれが神に背いた罪人の姿。
「……そうだ。地下の3番目の檻には、老人が……」
「?」
燭台に照らされた兄の顔は、かなり朦朧として、目が濁り、呂律が回らないためか涎も垂れている。
「自白剤だ」
アルセニオの耳打ちに、私は固唾を飲んだ。
覚悟してきたつもりだったけれど、尋問って、恐いわ。
私はしばらくの間、兄がメイラー侯爵家で行われていた悍ましい儀式について証言するのを聞いていた。その結果、兄が関わったのは、母子の遺体を売ったその一回きりだったようだとわかった。
「その後も淫婦との忌まわしい結婚で教会を穢し、穢れなき乙女と偽装結婚をし誇りを踏みにじったのか」
「……そうだ」
兄が卑しい笑みを浮かべ、答えた。
私はアルセニオにしっかり抱えられていたけれど、怒りで息があがってきて、更に強く抱えられた。
「なぜだ。悪魔がそうしろと囁いたのか? お前をけしかけたのか?」
あ、なるほど。
宗教裁判の尋問って、こういう感じなのね。
なんて事も、頭の片隅で思う。
「……悪魔?」
「そうだ。悪魔がお前に命じたのか? それとも、お前がその男を操っているのか?」
「……ハハ……違う。悪魔は私ではない……ッ。フロリアンだ!」
兄が怒鳴った。
異様な光景が輪をかけて異様で、その空気に呑み込まれ、変な汗が沸いてくる。
「お前がフロリアン伯爵では? 違うのか?」
「私の……父親の話だ……」
「?」
兄が呻りながら言った言葉に、私は目を剥いた。
突然、今までとは比べ物にならない恐怖が襲う。
けれどそれは直後に杞憂となった。
「あの……クソ親父……っ、あいつは、私を〝出来損ない〟と罵りやがった……! 相応しくないだの、失格だのと……一度だって認めた事はない! この私を生涯、見下し、蔑み、否定し続けた……! あいつが! こうさせたんだ!!」
「は?」
いけない。
つい、気持ちが口から洩れたわ。
「あいつは悪魔だ! 私の心を粉々にした! プライドも……っ、夢もっ、なにもかもだ! 私を汚点と言った! この私をフロリアン伯爵家の汚物だと……! 失敗作だと! だからこの私が、その言葉通り、フロリアン伯爵家を穢してやったのさ! 娼婦の血を混ぜて家名を地に落としてやった!」
兄は醜悪な笑みを浮かべ、唾を飛ばし、椅子をガタガタと揺らしている。
「その汚物まみれな跡取りを、ソニアに育てさせるんだ……! あの男が期待したレディはもう、私生児を産んだふしだらな女さ! ざまあみろ父上! フロリアン伯爵家は地に落ちたァ!!」
「!」
我慢ならなかった。
誰かの別荘か、空家かもしれない。そこまで大きくない屋敷の前に、それなりの馬車や馬が停まっている。そして、物々しい鍵付きの馬車も。
あれに囚われ、兄は監獄に向かうのだ。
「ソニア。無理だったら」
「いいえ? 初めて見るものだから、ギョッとしただけ」
「そうか。じゃあ、行こう」
アルセニオに肩を抱かれて中へ入ると、教会の聖騎士に止められた。
「私はバーヴァ伯爵。こちらはフロリアン伯爵令嬢だ。尋問立ち会いと証言のために呼ばれた」
「伺っております。神を欺かず、その口から出る言葉はすべて真実のみであると誓いますか?」
「誓います」
「どうぞ」
物々しい事この上ないわね。
改めて、兄の罪の重さと、宗教裁判への畏怖で震えたわ。
いくつか部屋を通り過ぎるうち、兄以外にも数人、尋問を受けているのだとわかった。
兄は娯楽室にいた。
判事と神父と聖騎士に囲まれ、椅子に縛り付けられていた。あれが神に背いた罪人の姿。
「……そうだ。地下の3番目の檻には、老人が……」
「?」
燭台に照らされた兄の顔は、かなり朦朧として、目が濁り、呂律が回らないためか涎も垂れている。
「自白剤だ」
アルセニオの耳打ちに、私は固唾を飲んだ。
覚悟してきたつもりだったけれど、尋問って、恐いわ。
私はしばらくの間、兄がメイラー侯爵家で行われていた悍ましい儀式について証言するのを聞いていた。その結果、兄が関わったのは、母子の遺体を売ったその一回きりだったようだとわかった。
「その後も淫婦との忌まわしい結婚で教会を穢し、穢れなき乙女と偽装結婚をし誇りを踏みにじったのか」
「……そうだ」
兄が卑しい笑みを浮かべ、答えた。
私はアルセニオにしっかり抱えられていたけれど、怒りで息があがってきて、更に強く抱えられた。
「なぜだ。悪魔がそうしろと囁いたのか? お前をけしかけたのか?」
あ、なるほど。
宗教裁判の尋問って、こういう感じなのね。
なんて事も、頭の片隅で思う。
「……悪魔?」
「そうだ。悪魔がお前に命じたのか? それとも、お前がその男を操っているのか?」
「……ハハ……違う。悪魔は私ではない……ッ。フロリアンだ!」
兄が怒鳴った。
異様な光景が輪をかけて異様で、その空気に呑み込まれ、変な汗が沸いてくる。
「お前がフロリアン伯爵では? 違うのか?」
「私の……父親の話だ……」
「?」
兄が呻りながら言った言葉に、私は目を剥いた。
突然、今までとは比べ物にならない恐怖が襲う。
けれどそれは直後に杞憂となった。
「あの……クソ親父……っ、あいつは、私を〝出来損ない〟と罵りやがった……! 相応しくないだの、失格だのと……一度だって認めた事はない! この私を生涯、見下し、蔑み、否定し続けた……! あいつが! こうさせたんだ!!」
「は?」
いけない。
つい、気持ちが口から洩れたわ。
「あいつは悪魔だ! 私の心を粉々にした! プライドも……っ、夢もっ、なにもかもだ! 私を汚点と言った! この私をフロリアン伯爵家の汚物だと……! 失敗作だと! だからこの私が、その言葉通り、フロリアン伯爵家を穢してやったのさ! 娼婦の血を混ぜて家名を地に落としてやった!」
兄は醜悪な笑みを浮かべ、唾を飛ばし、椅子をガタガタと揺らしている。
「その汚物まみれな跡取りを、ソニアに育てさせるんだ……! あの男が期待したレディはもう、私生児を産んだふしだらな女さ! ざまあみろ父上! フロリアン伯爵家は地に落ちたァ!!」
「!」
我慢ならなかった。
63
お気に入りに追加
1,227
あなたにおすすめの小説

王子からの縁談の話が来たのですが、双子の妹が私に成りすまして王子に会いに行きました。しかしその結果……
水上
恋愛
侯爵令嬢である私、エマ・ローリンズは、縁談の話を聞いて喜んでいた。
相手はなんと、この国の第三王子であるウィリアム・ガーヴィー様である。
思わぬ縁談だったけれど、本当に嬉しかった。
しかし、その喜びは、すぐに消え失せた。
それは、私の双子の妹であるヘレン・ローリンズのせいだ。
彼女と、彼女を溺愛している両親は、ヘレンこそが、ウィリアム王子にふさわしいと言い出し、とんでもない手段に出るのだった。
それは、妹のヘレンが私に成りすまして、王子に近づくというものだった。
私たちはそっくりの双子だから、確かに見た目で判断するのは難しい。
でも、そんなバカなこと、成功するはずがないがないと思っていた。
しかし、ヘレンは王宮に招かれ、幸せな生活を送り始めた。
一方、私は王子を騙そうとした罪で捕らえられてしまう。
すべて、ヘレンと両親の思惑通りに事が進んでいた。
しかし、そんなヘレンの幸せは、いつまでも続くことはなかった。
彼女は幸せの始まりだと思っていたようだけれど、それは地獄の始まりなのだった……。
※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
window
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。
しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。
それを指示したのは、妹であるエライザであった。
姉が幸せになることを憎んだのだ。
容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、
顔が醜いことから蔑まされてきた自分。
やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。
しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。
幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。
もう二度と死なない。
そう、心に決めて。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。
父親は怒り、修道院に入れようとする。
そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。
学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。
ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?

皆さん、覚悟してくださいね?
柚木ゆず
恋愛
わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。
さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。
……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。
※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

私は『選んだ』
ルーシャオ
恋愛
フィオレ侯爵家次女セラフィーヌは、いつも姉マルグレーテに『選ばさせられていた』。好きなお菓子も、ペットの犬も、ドレスもアクセサリも先に選ぶよう仕向けられ、そして当然のように姉に取られる。姉はそれを「先にいいものを選んで私に持ってきてくれている」と理解し、フィオレ侯爵も咎めることはない。
『選ばされて』姉に譲るセラフィーヌは、結婚相手までも同じように取られてしまう。姉はバルフォリア公爵家へ嫁ぐのに、セラフィーヌは貴族ですらない資産家のクレイトン卿の元へ嫁がされることに。
セラフィーヌはすっかり諦め、クレイトン卿が継承するという子爵領へ先に向かうよう家を追い出されるが、辿り着いた子爵領はすっかり自由で豊かな土地で——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる