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7 ブルーノ大公が裁きを下す日。

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 妹が甘い声を張り上げて、夫の腕に絡みつく。


「なっ……あっ、えっ?」


 ハドリー卿は太った体で尻もちをついて、真っ赤になってふたりを見ていた。


「パトリック様ぁ。どうかこの私をお助けくださぁい!」

「……」


 我が妹ながら、悪寒が走った。
 その時、私は唐突に理解したのだ。

 私の妹は悪人なのだ、と。

 夫が、妹を腕に巻き付かせたまま、更に顔を寄せた。
 妹が嫣然と卑しい笑みを浮かべる。

 私は息を呑んだ。

 そして、夫は言った。


「ここまで上ってくれば誘惑できると思ったか?」

「……え?」


 困惑したように目を丸くする妹の顎に、夫の、自由なほうの指がかかる。


「驚くほど、似ていない」

「……」


 妹は負けを察したらしく、見た事もない表情を浮かべている。
 夫が力の失せた腕をふり解きながら、立ち上がり、私ではなく役人へ目を向けた。


「その女を逮捕しろ。メルヴィン伯爵夫人の救出へ向かう!」

「──」


 私は夫の背中に向かい駆けだしていた。


「来い」

「ひえっ!?」


 夫に持ち上げられたハドリー卿が、また真っ青になっている。夫に抱きつくつもりでいた私だけれど、傍へ寄るとついハドリー卿の胸倉を掴んだ。


「お母様になにかあれば殺すわよ」

「いえっ、そ、あ、やっ、あのっ」

「行こう」


 夫が逆の手を私の背に添え促す。
 その頃、既に捕縛されかかっていた妹が、これまで繰り返してきたのと同じように暴れて泣き喚いた。


「そんな! 酷いわ! 私はその女の妹なのよ!? 大公様ともあろう方が私を見棄てるのッ!? 私のほうがいい妻になるわよ!! 待って! 正気に戻ってッ!!」


 役人がハドリー卿を引き受ける。
 そして片腕で私をしっかり抱いた夫は、肩越しに妹へ冷たい視線を向けた。


「君は一線を越えた。なに、義妹に

「パトリック……!」

「好きなだけ叫び続ければいい」

「……!」


 いくら愚かな妹だとしても、それが幽閉生活を意味する事は理解できたらしかった。彼女の絶叫を聞き、私は夫に抱えられながら、歩き続けた。

 通路で私たちに出くわした詳細を知らない臣下や役人たちが、何事かと追随し、近くの者から説明を受ける。残る者と同行する者、準備する者、報せに走る者。それぞれが迅速に対応していく。

 私たちはぞろぞろと馬車に乗り込んだ。


「大丈夫だよ、ヘレン。僕がついている」


 夫はそう、私を励ました。
 私が涙を流さないのは、冷静だからではない。そういう性格だから。

 
「大丈夫」


 それでも夫は私を労わり、手を握り、肩を抱き、髪に優しいキスをする。


「……ええ、そうね。あなたがいる」


 結果的に非常に励まされ、私は理性を取り戻す事ができた。

 一途、母の預けられた修道院へと急ぐ。
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