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6 詰まなかった悪の種が花開く日。

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 心躍るような楽しみや、夫婦の営み、それに心地よい緊張感や達成感。
 私の人生は問題なく続いていた。

 そんな折、いつか現れるだろうという心積もりではいたあの妹が、姿を現した。


「閣下。この婦人は非道な母親の元に監禁され、社会と断絶され、このように貴重な時間を奪われて苦しみに耐え忍ぶしかなかったのであります。どうか恩情を賜りますよう──」

「……」


 私は久しぶりに、こめかみに青筋がぬっと浮くのを感じた。

 殊勝な面持ちで、太った中年貴族リーバー伯爵令息ハドリー・ハイランドの一歩後ろで膝をつき項垂れているのは、私の妹エセルだ。

 母が、私の結婚の妨げにならないようにと、別荘を買い共に暮らしていた。非道な母親の元に監禁されたというのは嘘である事を、このハドリー卿は知らないのか騙されているのか、その真意はどうあれ今目の前にいる。

 妹への怒りが沸き、ふと、重大な事に気づいた。
 母の安否は、どうなのか。


「恩情と言うのは?」


 パトリックが淡白な口調で問う。


「はい。非道な母親の逮捕、それに伴い財産の贈与、そしてそのような凶行を容認した家長たるメルヴィン伯爵への賠償責任を追及いたします」

「なるほど」

「!」


 そのときだ。
 私は、はっきり、妹がほくそ笑んだのを見た。


「お母様はどうしたの!?」


 私は低く叫んでいた。
 

「わたくしの使用人総出でこの婦人を救出し、問題の母親は現在、修道院に預けております」

「あなた……!」


 私は自分が止められなかった。
 でも、夫が手をわずかにあげ、私を制した。そして無表情で一瞥をくれ、ハドリー卿のもとへ、大きな体で悠然と歩み寄っていった。


「残念ながら、貴殿は騙されている」

「はい?」


 私は──私は、大公である夫に、委ねた。
 拳を体の脇で震わせて、呼吸を整える。

 ……そう。
 修道院であれば、万が一、母が負傷していても、手当てをされる。
 
 ハドリー卿は、慈善を働いている気だ。母に非道な行いはしていない、はず。


「修道院へ預けたのは私の義母だ」

「えっ!?」


 夫の言葉にハドリー卿が蒼褪めた。
 そしてエセルを見遣るが、後の祭。

 夫が、エセルの前に片膝をついた。
 そして、その顔を、覗き込んだ。


「エセル」


 そう低く呼びかけた時。
 妹は顔をあげた。


「パトリック様ぁ!」
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