6 / 10
6 詰まなかった悪の種が花開く日。
しおりを挟む
心躍るような楽しみや、夫婦の営み、それに心地よい緊張感や達成感。
私の人生は問題なく続いていた。
そんな折、いつか現れるだろうという心積もりではいたあの妹が、姿を現した。
「閣下。この婦人は非道な母親の元に監禁され、社会と断絶され、このように貴重な時間を奪われて苦しみに耐え忍ぶしかなかったのであります。どうか恩情を賜りますよう──」
「……」
私は久しぶりに、こめかみに青筋がぬっと浮くのを感じた。
殊勝な面持ちで、太った中年貴族リーバー伯爵令息ハドリー・ハイランドの一歩後ろで膝をつき項垂れているのは、私の妹エセルだ。
母が、私の結婚の妨げにならないようにと、別荘を買い共に暮らしていた。非道な母親の元に監禁されたというのは嘘である事を、このハドリー卿は知らないのか騙されているのか、その真意はどうあれ今目の前にいる。
妹への怒りが沸き、ふと、重大な事に気づいた。
母の安否は、どうなのか。
「恩情と言うのは?」
パトリックが淡白な口調で問う。
「はい。非道な母親の逮捕、それに伴い財産の贈与、そしてそのような凶行を容認した家長たるメルヴィン伯爵への賠償責任を追及いたします」
「なるほど」
「!」
そのときだ。
私は、はっきり、妹がほくそ笑んだのを見た。
「お母様はどうしたの!?」
私は低く叫んでいた。
「わたくしの使用人総出でこの婦人を救出し、問題の母親は現在、修道院に預けております」
「あなた……!」
私は自分が止められなかった。
でも、夫が手をわずかにあげ、私を制した。そして無表情で一瞥をくれ、ハドリー卿のもとへ、大きな体で悠然と歩み寄っていった。
「残念ながら、貴殿は騙されている」
「はい?」
私は──私は、大公である夫に、委ねた。
拳を体の脇で震わせて、呼吸を整える。
……そう。
修道院であれば、万が一、母が負傷していても、手当てをされる。
ハドリー卿は、慈善を働いている気だ。母に非道な行いはしていない、はず。
「修道院へ預けたのは私の義母だ」
「えっ!?」
夫の言葉にハドリー卿が蒼褪めた。
そしてエセルを見遣るが、後の祭。
夫が、エセルの前に片膝をついた。
そして、その顔を、覗き込んだ。
「エセル」
そう低く呼びかけた時。
妹は顔をあげた。
「パトリック様ぁ!」
私の人生は問題なく続いていた。
そんな折、いつか現れるだろうという心積もりではいたあの妹が、姿を現した。
「閣下。この婦人は非道な母親の元に監禁され、社会と断絶され、このように貴重な時間を奪われて苦しみに耐え忍ぶしかなかったのであります。どうか恩情を賜りますよう──」
「……」
私は久しぶりに、こめかみに青筋がぬっと浮くのを感じた。
殊勝な面持ちで、太った中年貴族リーバー伯爵令息ハドリー・ハイランドの一歩後ろで膝をつき項垂れているのは、私の妹エセルだ。
母が、私の結婚の妨げにならないようにと、別荘を買い共に暮らしていた。非道な母親の元に監禁されたというのは嘘である事を、このハドリー卿は知らないのか騙されているのか、その真意はどうあれ今目の前にいる。
妹への怒りが沸き、ふと、重大な事に気づいた。
母の安否は、どうなのか。
「恩情と言うのは?」
パトリックが淡白な口調で問う。
「はい。非道な母親の逮捕、それに伴い財産の贈与、そしてそのような凶行を容認した家長たるメルヴィン伯爵への賠償責任を追及いたします」
「なるほど」
「!」
そのときだ。
私は、はっきり、妹がほくそ笑んだのを見た。
「お母様はどうしたの!?」
私は低く叫んでいた。
「わたくしの使用人総出でこの婦人を救出し、問題の母親は現在、修道院に預けております」
「あなた……!」
私は自分が止められなかった。
でも、夫が手をわずかにあげ、私を制した。そして無表情で一瞥をくれ、ハドリー卿のもとへ、大きな体で悠然と歩み寄っていった。
「残念ながら、貴殿は騙されている」
「はい?」
私は──私は、大公である夫に、委ねた。
拳を体の脇で震わせて、呼吸を整える。
……そう。
修道院であれば、万が一、母が負傷していても、手当てをされる。
ハドリー卿は、慈善を働いている気だ。母に非道な行いはしていない、はず。
「修道院へ預けたのは私の義母だ」
「えっ!?」
夫の言葉にハドリー卿が蒼褪めた。
そしてエセルを見遣るが、後の祭。
夫が、エセルの前に片膝をついた。
そして、その顔を、覗き込んだ。
「エセル」
そう低く呼びかけた時。
妹は顔をあげた。
「パトリック様ぁ!」
307
お気に入りに追加
6,043
あなたにおすすめの小説
妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします
リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。
違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。
真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。
──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。
大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。
いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ!
淑女の時間は終わりました。
これからは──ブチギレタイムと致します!!
======
筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
何でもオッケーな心の広い方向けです。
妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。
貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。
もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」
隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。
「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」
三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。
ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。
妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。
本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。
随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。
拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。
毒家族から逃亡、のち側妃
チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」
十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。
まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。
夢は自分で叶えなきゃ。
ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。
実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。
window
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。
そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。
しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。
不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。
「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」
リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。
幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。
平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。
【完結】何でも奪っていく妹が、どこまで奪っていくのか実験してみた
東堂大稀(旧:To-do)
恋愛
「リシェンヌとの婚約は破棄だ!」
その言葉が響いた瞬間、公爵令嬢リシェンヌと第三王子ヴィクトルとの十年続いた婚約が終わりを告げた。
「新たな婚約者は貴様の妹のロレッタだ!良いな!」
リシェンヌがめまいを覚える中、第三王子はさらに宣言する。
宣言する彼の横には、リシェンヌの二歳下の妹であるロレッタの嬉しそうな姿があった。
「お姉さま。私、ヴィクトル様のことが好きになってしまったの。ごめんなさいね」
まったく悪びれもしないロレッタの声がリシェンヌには呪いのように聞こえた。実の姉の婚約者を奪ったにもかかわらず、歪んだ喜びの表情を隠そうとしない。
その醜い笑みを、リシェンヌは呆然と見つめていた。
まただ……。
リシェンヌは絶望の中で思う。
彼女は妹が生まれた瞬間から、妹に奪われ続けてきたのだった……。
※全八話 一週間ほどで完結します。
【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?
なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」
顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される
大きな傷跡は残るだろう
キズモノのとなった私はもう要らないようだ
そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ
そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった
このキズの謎を知ったとき
アルベルト王子は永遠に後悔する事となる
永遠の後悔と
永遠の愛が生まれた日の物語
両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした
朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。
わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる