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3 妹が泣いて帰って来た日。

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 それからは、思わぬ地獄の日々だった。

 アルヴィンは私との婚約を破棄し、妹のエセルと結婚した。

 長い婚約期間の最後に暴力沙汰を起こしたと、なぜか噂が流れた。
 そんな事をするのはエセルしかいない。

 狂暴でいつも仏頂面している行き遅れのメルヴィン伯爵令嬢。

 私はもう21才。
 私は社交界での居場所を失った。

 少しひきこもって、泣いた。

 
「お祖母様。お父様、お母様」

「ヘレン……」

「ああ、ヘレン。可哀相に」

「こんなに覇気のない顔をして」


 たまに部屋を出ると、家族は私を労わり、慰めてくれる。
 けれど、惨めだった。

 そんなある日。

 驚くべき事が起きた。


「ヘレン! ヘレン!!」

「?」


 父の声が上ずっている。
 この興奮状態で半泣きの父から、私は舞い込んだ求婚について聞かされた。


「……え?」

「先日爵位を継がれたブルーノ大公パトリック2世が、強い御妃をお望みなんだよ!!」

「……それって……」

 
 私?


「そうだッ!!」


 こうして私は、会った事もないひとつ年下のブルーノ大公パトリック2世の、婚約者になった。現実味がなかったけれど、数日後にはこの縁談に奮起していた。

 私は、できれば男に生まれたかった。
 そして宮廷で働き、政治をしたかった。

 その夢は、叶わない夢。見果てぬ夢だったはずだった。


「……大公妃」


 一気に、チャンスが舞い降りた。

 私はブルーノ大公に失礼のないよう、そして自分の地位を盤石に築いていけるよう、より一層、極めて高い花嫁教育を受ける事になった。
 社交界に留まらない、王室での立ち居振る舞い。教養。礼節。

 私は急速に磨かれていった。
 
 笑顔の講師までついた。

 そして瞬く間に日々は過ぎていき、ブルーノ大公家の別荘で顔合わせ。
 

「あなたですね。お会いしたかった」


 ブルーノ大公は、背の高い屈強な、とても優しい顔のおっとりした青年だった。


「僕はこの通り、少し頼りないところがありますから。強くて信頼できる方に、妻になってほしかったのです」

「恐れ入ります」

「どうかパトリックと、そう呼んでください。ヘレン」


 私たちは、意外にも、一目で惹かれ合ったのだった。
 それから結婚式までの日々は、互いに手紙をやりとりし、愛を深めていった。

 と、そんな幸せと興奮に包まれていたメルヴィン伯爵家に、暗雲が立ち込めかけたけれどたいした事はなかった。所詮、大事の前の小事。
 離縁されたエセルが帰って来たのだ。


「聞いて! アルヴィンたら酷いのよ!! 妊娠が嘘だったからって凄く冷たく当たるようになったの! だから耐えられなかったのよ! 私だけを愛してくれる味方が必要だったの! それでコックと火遊びしただけなのに『離婚だぁぁぁ!』って私を家から追い出したのよ!? アルヴィンのせいなのに! わああぁんッ!!」


 誰も相手にしなかった。
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