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5 王子撃沈(※王子視点)
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「イーリス! さあっ、今日はマロングラッセだよぉ~!!」
「……!」
おや?
僕の可愛いお砂糖ちゃんが、ガチガチに固まっている。
トレイを持つ手が急に重さを自覚して、心にぐっと圧し掛かる。
「どうしたんだい? 具合が悪い?」
「……」
「もしかして、息を止めてる?」
「……」
なんという事だ!
甘い香りを嗅がないように、息を止めて狼狽している。
マロングラッセをふっくら可愛いイーリスの顔の右に左に前に上に下に、寄せてみる。
「イーリス、苦しいだろう? 息をしてごらん?」
「……っ」
大変だ。
顔が赤くなってきた。
「イっ、イーリス? どうしたんだい!? え? ちょっと待って?」
「殿下ッ!」
「ふぇ!?」
どこからともなく猛ダッシュしてきた謎の男が、僕とイーリスの間に割り込んだ。
「殿下。食べ物を与えないでください」
「えっ?」
「そしてイーリス嬢、あなたは息をしなさい。私の背中はミントの香り」
「ふはー」
「えっ!?」
な、ななな、なにが起きている!?
「私はクロード、専任コックに続き王妃アレクサンドラ様に自費で雇われた宮廷付きの医師です。我が主は宮廷に仕える御令嬢及び御夫人たちの健康にとーてーも心を配られております。男は身勝手ですからね。というわけで、イーリス嬢の肥満対策として、金輪際みだりに食べ物を与えないで頂きます殿下ッ!」
「なっ、なんだって……ッ!?」
ママンめ……!!
「そんなに拳を握りしめても無駄ですぞ、殿下。4つの劇場と3つの美術館を維持し、老若男女あらゆるレヴェルの芸術家のパトロンをやっちゃってるあなたには、もう専属パティシエやまして医師を雇う余裕はもうないはず! あなたの愛も金も、我が主には敵いません」
「く……ッ」
図星だ。
「イーリス嬢の事は忘れて、これまで通り芸術発展にのみ邁進されるのが賢明かと」
「……お砂糖ちゃん……ッ!」
「我が主はこうお考えです、殿下。イーリス嬢の健康を配慮できない者に愛を語る資格はないッ!」
「はうっ」
なんだこの男は……!
幼い頃から僕を否定しまくったあの母と同じ臭いがする……!
いや、現実的に匂っているのは本人の言う通り、爽やかなミントの香りだが。
そして僕の右手からひたすらマロングラッセの濃厚な甘い香りが……。
くそっ、混乱する!
僕はただ、イーリスに喜んでもらいたかっただけなのに……!!
「くんくんしない!」
「!」
なんという事だ。
イーリスは、この男の言いなりだ。
「いいじゃないか、匂いくらい……」
無慈悲な。
「殿下。臭覚は人を虜にするのです。そう! あなたの推進する、視覚や聴覚による陶酔の何倍も脳にこびりつくのですよ。記憶と空間認識に直接魔の手を伸ばすのが臭覚なのです! 去れ、悪魔よ」
つーっと、マロングラッセの乗ったトレイを男の人差し指が、押した。
そんな男の背中に顔を埋めて、イーリスが深呼吸を繰り返している。
「……!」
たった数時間、目を離しただけなのに……!
「さあ、イーリス嬢。行きましょう。お使いの途中でしょう?」
「そうでしたぁ……」
「いかがですか? ミントの爽やかな香りは」
「これはこれで素敵です……」
「そうでしょう、そうでしょう」
男は勝者の笑みを浮かべ、悠々とイーリスを伴い去っていく。
「……イーリス……」
可愛い後ろ姿が、滲んでいく。
やっと見つけた、僕の心の白い花。
たったひとつの安らぎ。
僕の愛が、奪われていく……。
「負けないぞ」
マロングラッセを持ち帰り甘党の画家にあげて、僕はミルクシェーキを瓶に注いで出直した。食べ物が駄目なら飲み物だ。
母の雇った男は宮廷の婦人に満遍なく貼りつき、見事に管理していて隙がなかった。顔がいいせいで、現れたとたん婦人たちの信頼を総なめしていて、本当に隙がない。
夜更け、イーリスの枕元への捧げものさえ、叶わなかった。
奴が、門番よろしく扉の脇にいた。椅子を置いて、足を組み腕組みをして居眠りしている。と思ったら僕をギロッと睨んだ。
「お前は吸血鬼か!」
「シーッ。殿下、安眠妨害は暴力です」
「く……っ」
なるほど、わかった。
母は、イーリスに僕を近づけない件について、本気だ。
「ママンめ……!」
「おやすみなさい、ヨハン殿下。よい夢を」
男がシッシッと、手を振った。
惨敗だ。
「……!」
おや?
僕の可愛いお砂糖ちゃんが、ガチガチに固まっている。
トレイを持つ手が急に重さを自覚して、心にぐっと圧し掛かる。
「どうしたんだい? 具合が悪い?」
「……」
「もしかして、息を止めてる?」
「……」
なんという事だ!
甘い香りを嗅がないように、息を止めて狼狽している。
マロングラッセをふっくら可愛いイーリスの顔の右に左に前に上に下に、寄せてみる。
「イーリス、苦しいだろう? 息をしてごらん?」
「……っ」
大変だ。
顔が赤くなってきた。
「イっ、イーリス? どうしたんだい!? え? ちょっと待って?」
「殿下ッ!」
「ふぇ!?」
どこからともなく猛ダッシュしてきた謎の男が、僕とイーリスの間に割り込んだ。
「殿下。食べ物を与えないでください」
「えっ?」
「そしてイーリス嬢、あなたは息をしなさい。私の背中はミントの香り」
「ふはー」
「えっ!?」
な、ななな、なにが起きている!?
「私はクロード、専任コックに続き王妃アレクサンドラ様に自費で雇われた宮廷付きの医師です。我が主は宮廷に仕える御令嬢及び御夫人たちの健康にとーてーも心を配られております。男は身勝手ですからね。というわけで、イーリス嬢の肥満対策として、金輪際みだりに食べ物を与えないで頂きます殿下ッ!」
「なっ、なんだって……ッ!?」
ママンめ……!!
「そんなに拳を握りしめても無駄ですぞ、殿下。4つの劇場と3つの美術館を維持し、老若男女あらゆるレヴェルの芸術家のパトロンをやっちゃってるあなたには、もう専属パティシエやまして医師を雇う余裕はもうないはず! あなたの愛も金も、我が主には敵いません」
「く……ッ」
図星だ。
「イーリス嬢の事は忘れて、これまで通り芸術発展にのみ邁進されるのが賢明かと」
「……お砂糖ちゃん……ッ!」
「我が主はこうお考えです、殿下。イーリス嬢の健康を配慮できない者に愛を語る資格はないッ!」
「はうっ」
なんだこの男は……!
幼い頃から僕を否定しまくったあの母と同じ臭いがする……!
いや、現実的に匂っているのは本人の言う通り、爽やかなミントの香りだが。
そして僕の右手からひたすらマロングラッセの濃厚な甘い香りが……。
くそっ、混乱する!
僕はただ、イーリスに喜んでもらいたかっただけなのに……!!
「くんくんしない!」
「!」
なんという事だ。
イーリスは、この男の言いなりだ。
「いいじゃないか、匂いくらい……」
無慈悲な。
「殿下。臭覚は人を虜にするのです。そう! あなたの推進する、視覚や聴覚による陶酔の何倍も脳にこびりつくのですよ。記憶と空間認識に直接魔の手を伸ばすのが臭覚なのです! 去れ、悪魔よ」
つーっと、マロングラッセの乗ったトレイを男の人差し指が、押した。
そんな男の背中に顔を埋めて、イーリスが深呼吸を繰り返している。
「……!」
たった数時間、目を離しただけなのに……!
「さあ、イーリス嬢。行きましょう。お使いの途中でしょう?」
「そうでしたぁ……」
「いかがですか? ミントの爽やかな香りは」
「これはこれで素敵です……」
「そうでしょう、そうでしょう」
男は勝者の笑みを浮かべ、悠々とイーリスを伴い去っていく。
「……イーリス……」
可愛い後ろ姿が、滲んでいく。
やっと見つけた、僕の心の白い花。
たったひとつの安らぎ。
僕の愛が、奪われていく……。
「負けないぞ」
マロングラッセを持ち帰り甘党の画家にあげて、僕はミルクシェーキを瓶に注いで出直した。食べ物が駄目なら飲み物だ。
母の雇った男は宮廷の婦人に満遍なく貼りつき、見事に管理していて隙がなかった。顔がいいせいで、現れたとたん婦人たちの信頼を総なめしていて、本当に隙がない。
夜更け、イーリスの枕元への捧げものさえ、叶わなかった。
奴が、門番よろしく扉の脇にいた。椅子を置いて、足を組み腕組みをして居眠りしている。と思ったら僕をギロッと睨んだ。
「お前は吸血鬼か!」
「シーッ。殿下、安眠妨害は暴力です」
「く……っ」
なるほど、わかった。
母は、イーリスに僕を近づけない件について、本気だ。
「ママンめ……!」
「おやすみなさい、ヨハン殿下。よい夢を」
男がシッシッと、手を振った。
惨敗だ。
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