上 下
9 / 14

9 間違った愛情(※アスター伯爵視点)

しおりを挟む
 いつまで経っても姉が来ないので探してみたら、義兄の執務室にいた。
 修羅場だった。


「さっさと謝っていらっしゃいよ!」

「もちろんでございます、レディ・カメロン。誠心誠意デラクール伯爵にお詫びを致します」

「ふざけないで。謝るべき相手はオリヴィアよ!!」


 姉に怒鳴りつけられて、フラムスティード伯爵が汗をかきながら頭を下げまくって出てきた。その後ろから娘のモイラも出てくる。相変わらず泣き腫らした目を伏せがちに、傷ついたような顔をしていた。
 が、私に気づき、キッと睨みつけてくる。
 無視して父親のほうに声をかけた。


「フラムスティード卿」

「あっ。これは、アスター卿。この度は姉君の晩餐会で大変な御無礼を働き、誠に申し訳──」

「誰に謝ってるの!? 私の弟なんか放っておきなさいよ!!」


 姉が吠えた。
 足音が迫る前にフラムスティード伯爵を行かせるべきだろう。


「さあ、行ってください。でもモイラ嬢は伴わないほうがいいでしょう。先方は本人だけでなく、御両親も傷ついていらっしゃる」

「承知しております。娘には部屋で支度をさせるつもりです。御挨拶が済み次第、我々は早急に立ち去らなければなりません」

「ちょっと、シャロン!? なにをグチャグチャ話し込んでるの!?」

「なんでもないです! さあ、行って!」


 フラムスティード伯爵はそそくさと歩いていった。
 あとには、こちらを睨みつけ佇むモイラが残った。


「私を恨むのは筋違いだ」

「あなたに私の気持ちはわからないでしょう」


 挑むような口調に、わずかとはいえ苛立ちが募る。
 腕組みをしていざ対峙すると、モイラも毅然とこちらを睨んだ。

 不可解だが、見当はついていた。


「君は、オリヴィアを愛しているんだろう?」

「そうよ」


 臆面もなく答える。


「祝福なんてできない。あの子は私のものだわ。今までも、……」

「これからもと言わないだけの分別はあるんだな」

「言ったでしょう? 自分のした事はわかっています」

「つまり自棄を起こしたのか。それでぶち壊してやろうって?」


 虫唾の走る女だ。
 だが、同情すべき点はある。

 これだけの美貌と血筋に恵まれながら求婚を断り続けている理由は、自身が爵位を継ぐというだけでなく、その性的趣向にあるのだろう。
 

「君は間違ってるよ」

「あなたの理解は求めていません」

「誰の理解も得られないだろう。本当に愛しているならオリヴィアを無残に傷つけはしないはずだ。君は結局、自分を愛しているんだよ。オリヴィアが誰かに奪われるのが恐いかい? でも、オリヴィアは人形じゃないんだ。君のものじゃない。今までも、これからも」

「自分だっていやらしい目であの子を狙っているくせに」

「君の理解は求めていない」


 うまく同情が示せなかった。
 モイラの敵意は、私が胸に秘めたオリヴィアへの好意を嗅ぎつけたからに他ならない。だが昨夜のように、誘惑を用いる気はないようだ。誘惑だったのかさえ怪しい。

 自棄になって、オリヴィアの婚約者を誑かしただけだ。
 レニー・ストックウィンを失格させるために。

 自らを破滅に追い込んでまで、オリヴィアの結婚を阻止したかったのか。
 それとも、ただ理性を失った強欲な愚者か。

 せめて前者である事を祈る。


「君は、同じ趣向の相手を見つけて、愛を育むべきだ。むりやり所有する事も、相手を作り変える事もできないのだから」

「あなたの指図は受けません」


 モイラは去った。
 
 執務室に入ると、苛立つ姉を義兄が扇子で扇いでいるところだった。


「お喋りは楽しめた? シャロン」

「まあまあですね」

「凄かったよ。ヴァレンティナは口ひとつで戦艦を沈めた」


 義兄がゆるく首をふり、感心している。

 フラムスティード領は海に面していて、伯爵は戦艦を所有している。
 国の要所でもあるフラムスティード伯領の、未来を有望視されてきた令嬢がやらかした不祥事。それが今後どのような波紋を生むか、想像してもあまり楽しくはない。


「義兄上の処にまず謝罪に来る辺り、フラムスティード卿は筋の通った方ですね」

「今後もう二度と招待しないわよ」

「性癖は親のせいではないですよ、姉上」

「ひん曲がってるのは性癖じゃなくて根性でしょ」

「君たちの会話はいつ聞いても飽きない」


 義兄はまだ感心している。
 これくらいおっとりしている人でないと、姉を受け止められないだろう。間を取り持って、本当によかった。正反対のふたりは本当に仲良くやっている。


「それで、どうなりそうです?」


 姉に尋ねた。


「母親のほうにも爵位を継がせないよう全部話すんですって。まあ、当然よね。女伯爵をやれる器じゃないわよ」

「そういう姉上はあくまで侯爵夫人ですからね。あまり暴れるもんじゃありませんよ。その美貌もいずれ老いに負けて、ただの意地悪な魔女みたいになるんですから。今のうちに力技以外も磨いておかないと、目も当てられなくなりますよ」

「誰の味方なの、シャロン」

「ヴァレンティナ、落ち着いて。ここに敵はいないよ」

「今のは充分、宣戦布告だったわ」


 これを相手にしているのだ。
 拗らせた小娘なんて、わけもない。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件

よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます 「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」 旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。 彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。 しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。 フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。 だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。 私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。 さて……誰に相談したら良いだろうか。

義父の借金でやくざに売られそうになりましたが、幼馴染みの若衆頭が助けてくれました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?

よどら文鳥
恋愛
 デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。  予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。 「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」 「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」  シェリルは何も事情を聞かされていなかった。 「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」  どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。 「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」 「はーい」  同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。  シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。  だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

【完結】婚約相手は私を愛してくれてはいますが病弱の幼馴染を大事にするので、私も婚約者のことを改めて考えてみることにします

よどら文鳥
恋愛
 私とバズドド様は政略結婚へ向けての婚約関係でありながら、恋愛結婚だとも思っています。それほどに愛し合っているのです。  このことは私たちが通う学園でも有名な話ではありますが、私に応援と同情をいただいてしまいます。この婚約を良く思ってはいないのでしょう。  ですが、バズドド様の幼馴染が遠くの地から王都へ帰ってきてからというもの、私たちの恋仲関係も変化してきました。  ある日、馬車内での出来事をきっかけに、私は本当にバズドド様のことを愛しているのか真剣に考えることになります。  その結果、私の考え方が大きく変わることになりました。

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

【完結】私より優先している相手が仮病だと、いい加減に気がついたらどうですか?〜病弱を訴えている婚約者の義妹は超が付くほど健康ですよ〜

よどら文鳥
恋愛
 ジュリエル=ディラウは、生まれながらに婚約者が決まっていた。  ハーベスト=ドルチャと正式に結婚する前に、一度彼の実家で同居をすることも決まっている。  同居生活が始まり、最初は順調かとジュリエルは思っていたが、ハーベストの義理の妹、シャロン=ドルチャは病弱だった。  ドルチャ家の人間はシャロンのことを溺愛しているため、折角のデートも病気を理由に断られてしまう。それが例え僅かな微熱でもだ。  あることがキッカケでシャロンの病気は実は仮病だとわかり、ジュリエルは真実を訴えようとする。  だが、シャロンを溺愛しているドルチャ家の人間は聞く耳持たず、更にジュリエルを苦しめるようになってしまった。  ハーベストは、ジュリエルが意図的に苦しめられていることを知らなかった。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

処理中です...