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8 汚らわしい婚約の後始末
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「ああ、オリヴィア……!」
部屋に入ると、母が両手を広げて迎えてくれた。
「可哀相に」
「お母様……っ」
抱きしめられると、急に心が解れて、また涙がこみあげてくる。
「アスター卿、ありがとうございました」
「否、当然です。この辺りは庭みたいなものですから」
父とアスター伯爵が話をしている間、母が労わり、慰めてくれた。
母と並んで長椅子に座り、用意された朝食を少しずつ口に運ぶ。
私が飛び出した後、モイラが泣きながら私を探し回っていた事によって、事態はほぼ正確に広まってしまったらしい。意外だったのは、モイラがレニーとの汚らわしい行いを自ら説明したという事だ。
「裏切られた気分だわ」
母も憤慨している。
私はもう、幼馴染の性格や人格から、その正体がわからなくなってしまった。
レニーについては、父親であるフラナガン伯爵が取り急ぎ謝罪に部屋を訪れたらしい。婚約についてこちらの方針が決まったら、全面的に従うとの事だった。
「こちらから婚約を破棄した上で、慰謝料も取れますよ」
アスター伯爵が父に言った。
「私や姉夫婦が証人になりますから確実です」
「お気持ちはありがたいですが、……いくら金を積まれても、傷ついた娘の心は埋まりません」
「当然です。ただの慰謝料ですよ。金は、つまり落とし前、先方のとれる最大級の責任というだけです。あまり深く考える必要はありません。ただ遠慮して甘やかす事はありませんよ」
「そういうものですかな。まさか、こんな事になるとは」
「災難でしたね」
アスター伯爵は若く麗しい上に如何わしい噂があった人だけれど、今、父と話す姿は誠実でとても頼もしかった。
「あの頬は、フラムスティード伯爵が?」
「……」
わずかに声を潜めたアスター伯爵の言葉に、私は思わず、彼を見つめた。
父が私を視界に入れないよう横を向いて、彼に答えた。
「でしょうな。同じ父親として、娘の頬を打つなどとても考えられませんが……」
「まあ、母親がいたらそっちが打ったでしょうね」
赤く腫れたモイラの頬を見ても、私の心は動かなかった。
フラムスティード伯爵は厳しくても良識のある方で、普段であれば娘に手をあげるなど考えられない。客観的に、モイラはそれだけの事をしたというふうに納得するべきなのかもしれない。
モイラはフラムスティード伯爵令嬢であるとともに、イーグルトン伯爵令嬢でもある。彼女の母親がイーグルトンの女伯爵なのだ。そのためモイラはいずれどちらかの爵位を継ぐのは確実で、ともすればふたつの領地を治める女伯爵になる可能性もある立場だ。
だから誰の求婚も受けず、男性同様に領主としての教育も受けている。
私のような普通の伯爵令嬢からすれば、実際、格上なのだ。
だからといって、なにをしても許されるなんて事はないはず。
「……」
私は、許せない。
もう元には戻れない。
「そうだ。デラクール卿、このあとのご予定は? もしよければ、オリヴィアの気晴らしにぜひアスターへお立寄りください。美しい庭園と葡萄畑がありますよ。大きな池が屋敷の傍にありましてね、ボートがあります。ひょうたん型の中州もあります」
「水場がお好きな家系ですかな」
父は戸惑いをそんな言葉に変えて、アスター伯爵に答えた。
母が私の手を握り、
「葡萄畑……素敵……」
と呟いた。
部屋に入ると、母が両手を広げて迎えてくれた。
「可哀相に」
「お母様……っ」
抱きしめられると、急に心が解れて、また涙がこみあげてくる。
「アスター卿、ありがとうございました」
「否、当然です。この辺りは庭みたいなものですから」
父とアスター伯爵が話をしている間、母が労わり、慰めてくれた。
母と並んで長椅子に座り、用意された朝食を少しずつ口に運ぶ。
私が飛び出した後、モイラが泣きながら私を探し回っていた事によって、事態はほぼ正確に広まってしまったらしい。意外だったのは、モイラがレニーとの汚らわしい行いを自ら説明したという事だ。
「裏切られた気分だわ」
母も憤慨している。
私はもう、幼馴染の性格や人格から、その正体がわからなくなってしまった。
レニーについては、父親であるフラナガン伯爵が取り急ぎ謝罪に部屋を訪れたらしい。婚約についてこちらの方針が決まったら、全面的に従うとの事だった。
「こちらから婚約を破棄した上で、慰謝料も取れますよ」
アスター伯爵が父に言った。
「私や姉夫婦が証人になりますから確実です」
「お気持ちはありがたいですが、……いくら金を積まれても、傷ついた娘の心は埋まりません」
「当然です。ただの慰謝料ですよ。金は、つまり落とし前、先方のとれる最大級の責任というだけです。あまり深く考える必要はありません。ただ遠慮して甘やかす事はありませんよ」
「そういうものですかな。まさか、こんな事になるとは」
「災難でしたね」
アスター伯爵は若く麗しい上に如何わしい噂があった人だけれど、今、父と話す姿は誠実でとても頼もしかった。
「あの頬は、フラムスティード伯爵が?」
「……」
わずかに声を潜めたアスター伯爵の言葉に、私は思わず、彼を見つめた。
父が私を視界に入れないよう横を向いて、彼に答えた。
「でしょうな。同じ父親として、娘の頬を打つなどとても考えられませんが……」
「まあ、母親がいたらそっちが打ったでしょうね」
赤く腫れたモイラの頬を見ても、私の心は動かなかった。
フラムスティード伯爵は厳しくても良識のある方で、普段であれば娘に手をあげるなど考えられない。客観的に、モイラはそれだけの事をしたというふうに納得するべきなのかもしれない。
モイラはフラムスティード伯爵令嬢であるとともに、イーグルトン伯爵令嬢でもある。彼女の母親がイーグルトンの女伯爵なのだ。そのためモイラはいずれどちらかの爵位を継ぐのは確実で、ともすればふたつの領地を治める女伯爵になる可能性もある立場だ。
だから誰の求婚も受けず、男性同様に領主としての教育も受けている。
私のような普通の伯爵令嬢からすれば、実際、格上なのだ。
だからといって、なにをしても許されるなんて事はないはず。
「……」
私は、許せない。
もう元には戻れない。
「そうだ。デラクール卿、このあとのご予定は? もしよければ、オリヴィアの気晴らしにぜひアスターへお立寄りください。美しい庭園と葡萄畑がありますよ。大きな池が屋敷の傍にありましてね、ボートがあります。ひょうたん型の中州もあります」
「水場がお好きな家系ですかな」
父は戸惑いをそんな言葉に変えて、アスター伯爵に答えた。
母が私の手を握り、
「葡萄畑……素敵……」
と呟いた。
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